ラスト4 ペンと家出
「ありがとう。仲間にも読んでもらったが皆、褒めていた」
「あ、ありがとうございます……!」
ボーイッシュ。
童顔。
清楚かわいい。
「借りていた原稿を返すから、都合のいいときにカフェに来てって」
学校でさくらからそう伝えられた。もちろん、その日の放課後に出向くことに即決した。その日は学校でも一日中、そわそわした様子で上の空だった。教師から気もそぞろな様子を注意されもした。日頃、品行方正で手のかからない優等生として知られている
学校が終わってカフェに向かう途中の道でも、さくらが『だいじょうぶ? 心臓発作とか起こしちゃうんじゃない?』と、心配になるぐらい緊張していた。当然、その緊張は
――どうしよう、なにを言われるんだろう?
その思いで頭がいっぱいで他のことが目に入っていない。
その気持ちはもちろん、
――あの頃は純真だったなあ。
つくづくとそう思う。
なにしろ、ろくに人と関わったことのない身だったので致し方ない。まだまだ精神の成長も遅かったし。昨年、まだ入社間もない
ともあれ、
「欠点はいくつかあるが、まずは完成させているというだけで立派だ。マンガ家の卵のなかには描いては投げだし、描いては投げだしを繰り返し、結局、一作も完成させないうちに辞めていく、という人間も少なくないからな。『きちんと完成させている』という点だけでマンガ家としての適正がある」
「描き出したマンガを完成させない人なんているんですか⁉」
「けっこう、多いんだな、それが。そう言うタイプに限って『完成させずにいるといずれ、マンガを描くこと自体が出来なくなる』と、何度言われてもかわらないしな」
「せっかく描いたマンガを完成させないなんて。作品に対する愛ってものがないの⁉」
――ま、それは全編、力を込めて、丁寧に描いていることからも予想できていたけどな。自作に対する責任感があるのは頼もしい。
「最初から最後まで力を抜かず、丁寧に描ききっているのも大したものだ。新人には最初にとばしすぎて、最後はガス欠になるタイプも多いんだがな。最後まできっちり力を入れて描きあげることの出来る気力と体力は素晴らしい」
褒められるたび、
「なにより、君の作品はキャラに魅力がある。作中人物が『人間』として自然に描けている。これは練習して身につくものじゃない。君自身の持って生まれたセンス、君のマンガ家としての武器だ。その点は
言われて、
「さて。そこで、君に提案がある」
「提案?」
いきなりの言葉に――。
「そうだ。その提案のためにまずは
「はい、もちろんです!」
「では……」
聞いているうちに
「……というわけで、おれたちはいま、四つの手順に取り組んでいる。必要とした人材のうち科学者、アイドル、アスリートはそろった。ただひとり、おれのペンになってくれる人間がいない。おれのアイディアを一般受けするマンガという形で描き、世界中に広める。その役割を果たしてくれる人間がな」
「そ、その役をボクにやれって……?」
ゴクリ、と、
「強制はしない。決めるのは君だ。正直、おれと組んだからと言って売れるとは限らない。君の将来を保証できるわけでもない。それに、君ならおれと組まなくてもプロのマンガ家になれる可能性は高い。こうして出会ったのも縁。今回の件を引き受けるかどうかとは関係なしに、君がマンガ家を目指すなら反則にならない範囲で協力はする。
もちろん、プロになるだけがマンガを描く道ではない。メインの仕事は別に持ちマンガは副業、あるいは趣味と割り切って描いていくのも立派な道だ。いまは誰でも投稿サイトで気軽に自作を公開できるし、そこで稼ぐことも出来る。メインの仕事とするのはまだまだ厳しいが、小遣い稼ぎ程度ならそう難しいことはない」
「だが、君は絵柄といい、作風といい、おれとの相性は良い。なにより、きわめて希少なおれのファン。それだけ、おれのアイディアに共感してくれる人間は少ない。君はきわめて貴重な人間だ。組んでもらいたいと、おれは思っている」
「……やる」
「やる、やります、やらせてください! ボクは
やらせてください、お願いします!
「ありがとう、感謝する」
「そう言ってくれるのは嬉しい。しかし、実際に組んで仕事をするとなると問題がある」
「問題?」
「君はまだ未成年。親の保護を受けている身だ。親の許可なしに仕事に就かせるわけにはいかない。まずは、親の許可をきちんと取ってきてくれ。すべてはそれからだ」
「はい!」
と、
その夜。
「……ねえ、兄さん。親の説得、
さくらが気遣わしげななかに、ちょっぴり非難を込めた様子で言った。そこには、
――なつみのときにはみんなで家まで行って、説得したのに。
と言う不満も込められていた。
「子供がマンガ家になることを認める親なんて、まだまだ少ないわよ?」
ヒロが編集者としての立場からそう言った。
「若い新人を担当すると親と揉めることも多いって、先輩たちが良く言っているもの」
「そもそも、一五の娘ひとりに親の説得を押しつけるなど理不尽であろう」
あきらも例の将軍口調でそう言った。
「助力を提案したのは我々の方なのだ。我々から出向くのが筋であろう」
「そうよねえ。いくら、知らない人間と会うのが苦手でもこれはあんまりだわ」
と、姉の
まわりを囲む女性陣からの集中砲火に、
「だろうな」
と、
「マンガ家なんてなんの保証もない職業だ。たいていの親は子供にはもっと安定した職について欲しいと望む。とくに
「それがわかっているならなおさら、我々全員で説得に赴くべきだろう。なぜ、一五の娘ひとりに押しつけた?」
あきらがはっきりと非難の口調で言った。さくらも口には出さないものの責める視線で見つめている。
「だからこそ、だ。実際に、マンガ家なんてものはなんの保証もない職業なんだ。親に頼ったり、バイトしたりしながら必死に描いて、それでもデビューできずにいつの間にやら三〇代。それで、定職にも就けていない。そんな人間が普通にいるんだ。
幸運にもデビューできたからと言って安心できるわけじゃない。人気が出なければすぐに捨てられる。人気が出れば出たで、今度は無数の同業者との生存競争。負ければいい歳して失業者。勝てばさらなる競争と妬みそねみにさらされる。文字通り、百鬼夜行の世界だ。そんなことはおれがいちいち言わなくても、骨身に染みて知っているだろう」
さくらをのぞく三人が深い実感を込めてうなずいた。
それぞれに『プロ』としてマンガに関わっている三人である。マンガ家を夢見たばかりに、社会の底辺を這いずるような生き方をする羽目になった人間のひとりやふたり、三人や四人は知っている。
「それに耐えて結果を出せるかどうかは結局、マンガに対して、本気で『やりたい』と思っているかどうかだ。親に反対されてあきらめることが出来る程度の思いなら、そんなものは『やりたいこと』とは言わない。反対されようがどうしようがやらずにはいられない。それが『やりたいこと』だ。それだけの思いがないなら、最初からプロなんて目指さない方がいい。趣味の漫画描きにとどまっていた方が幸せだ。いまはそれでも立派に多くの読者に自作を読んでもらえる時代なんだからな。その環境のなかで、あえて『プロ』として誘うからにはそれだけの熱意を見せてもらわないとな。親に反対されたら家出してくる。それぐらいの決意と根性を見せてくれなければとても、誘うわけにはいかんよ」
だから、わざわざ、この家までの道のりを教えておいたんだ。
「……そういうこと。兄さんやっぱり、ちゃんと計画して行動してたんだ」
「当たり前だろ。おれはそう言う人間だ。そして、もし、それだけの根性を見せたなら、そのときがおれたちの出番だ。家に出向いて説得する。そのときは
「任せろ! 前途ある若者の夢を邪魔させはせん!」
「まあ、あたしも編集者としてマンガ家の卵に手を貸す立場だし……」
あきらとヒロがそう言ったまさにそのときだ。
「まさか……」
「来たのかな?」
さくらが
ふたりは立ちあがると、そろって玄関に向かった。ドアを開けた。するとそこにはたしかに決意に満ちた表情の
「親に反対されたんで家出してきました! なんでもするからここに置いてください!」
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