明日のためにその3 明日のオフィス移転

 「この一帯が『赤葉あかばライフベース』と言うことになる」

 神奈川県相模国市さがみのくにし赤葉あかば。山梨との県境にある山のなか。そこに森也しんやをはじめ、瀬奈せな、つかさ、さくら、かあら、それに、ふぁいからりーふの五人と、富士ふじ幕府ばくふの主要メンバーが集まっている。そのメンバーを前に森也は説明した。

 「本丸に相当するのが野外ライブ会場。その周辺に太陽電池を設置した観光農園を整備。その農園で採れた食材で料理を提供するオーベルジュ――宿泊施設付きのレストランも用意する」

 「宿泊施設付きのレストラン? ホテルとかじゃなくて?」と、さくら。

 「ホテルだと仰々ぎょうぎょうしくなりすぎだからな。泊まる方にも気合いが必要になる。ここはもっと気軽に、週末ごとにやってきて非日常を満喫まんきつし、そのついでに一週間分の食材とエネルギーを買って帰る。そう言う場所だからな。気楽に泊まれるオーベルジュにした」

 「なるほど」

 「しかし、『ライフベース』とは? 『ソーラーファーム』ではなかったのか?」

 今度はかあらが質問した。

 「ここは単に太陽電池で発電するだけの場所じゃない。水・食糧・エネルギーを同時生産し、さらに各種芸能やイベントも体験できる。日々の生活のすべてを得られる場所だ。そのために『ライフベース』と名付けることにした。『城』というのはもともと生活の中心地でもあるわけだからな。『ライフベース』というルビを当てても不自然ではないしな」

 「なるほど。納得した」

 理屈が通っていないことには絶対に承服しょうふくしないが、理屈さえ通っていれば簡単に納得するかあらである。森也の言葉に素直にうなずいた。

 「だけど……」と、さくら。小首をかしげながら言った。

 「計画を立ててからまだ数ヶ月でしょう? その間に野外ステージやら、レストランやら、よく作れたわね」

 「それに関してはおれも感心している。本当、よく出来たな」

 と、森也は建設担当のふたり、あかね瀬奈せな青木あおきつかさのふたりを見ながら言った。

 若き工務店店主と伝統工芸の担い手は共に『えっへん!』とばかりに胸を張った。嫌味いやみのない、素直な自慢振りが気持ちいい。

 「ふふん。この赤葉の地に根を張って生きてきた茜工務店の実力、めるなよ。古くからのツテや、高校時代の同級生にも片っ端から声をかけて人数そろえて、やってやったさ」

 と、瀬奈。胸を張った姿勢で『男の子っぽく』鼻などこすりながら自慢げ。

 「あたしも各務かがみ彫刻ちょうこくの仲間を集めて内装、頑張りました」

 と、つかさ。こちらもガッツポーズなどして得意満面。

 森也はふたりに向かってうなずいた。

 「大したものだよ、ふたりとも。お前たちがいてくれてよかった。お前たち抜きでは計画を立てることはできても実現は出来なかったからな。礼を言う。あかりどう」

 森也はふたりに向かってそう言うと、頭をさげた。

 ――言葉にして伝えなければ決して理解し合うことは出来ない。

 父親からそのことを学んだ森也である。意識して、思いを言葉にして伝えるよう努めている。

 瀬奈とつかさのふたりは森也に頭をさげられて、照れくさそうな表情をしながらも誇らしげだった。

 「ふっふ~ん、『赤葉あかばライフベース』ねえ」

そこへ、赤葉あかばがしゃしゃり出てきて森也にぴったりくっついた。自分の左腕を森也の左腕に巻き付け、右腕は肩に乗せ、恋人気取りである。腕に押しつけられて変形した胸を見れば、誰もが息を呑むことだろう。瀬奈とつかさ、ついでにさくらの眉が一気に吊りあがる。

 「つまりはこの赤葉さまの城ってわけね。さっすが、兄貴。わかってるじゃない」

 「そんなわけないだろ。『赤葉ライフベース』の赤葉は『赤葉地区』の赤葉だ」

 「またまたあ~。無理しなくていいって。わかってるよお~、あたしへのひそかなラブコールだってことはね」

 「そんなわけないだろうが! 『赤葉ライフベース』って言う名前は、お前が参加する前から決まってたんだ!」

 瀬奈が思わず『男子モード』に入って叫ぶと、つかさも言った。

 「だいたい、何でそんなにくっついてるの 迷惑でしょ!」

 「なに言ってるの。アイドルに抱きつかれて喜ばない男がいるわけないじゃない」

 「ぐっ……」

 あまりにも正しい言葉なので瀬奈も、つかさも、答えに詰まった。

 「あ、赤葉ちゃん、そのへんで……」

 いちいち挑発的な赤葉の態度を心配して、白葉しろはがオロオロと口を挟んだ。

 「そうよ。いちいち失礼すぎるわ」

 と、黒葉くろはも注意する。と言うより『責める』口調に近い。

 『ふっふっ~ん』と、赤葉は仲間ふたりの言葉を鼻息ひとつで受け流し、森也にくっついたまま言った。

 「でさあ、兄貴。あたし、考えたんだけど」

 「なにを?」

 「あたしたちはこれから富士ふじ幕府ばくふのタレントとして、北条家アイドルとして、全国制覇を狙うわけじゃない」

 「だな」

 全国各地にライフベースとしての『城』を配置し、戦国時代の大名に模したアイドルたちがそのライフベースを奪い合う『プロジェクト・太陽ドル』。ふぁいからりーふは富士幕府に所属するアイドル。富士幕府は『三代目北条家』を名乗っている。そのため、ふぁいからりーふも自動的に北条家アイドルと言うことになる。

 赤葉は森也にくっついたままつづけた。

 「これからはこの赤葉ライフベースがあたしたちの拠点。全国制覇を成し遂げるためには厳しいレッスンもしなくちゃいけないし、ここのステージに慣れる必要もある。となれば、毎日だって全員でこの場に集まる必要がある」

 「その通りだな」

 「でも、全員、住んでいるとこもバラバラなのに毎日、集まるなんて面倒じゃない? いくら、部屋えもんがあるからって毎日、送り迎えするなんて兄貴も面倒だろうし」

 「移動中、他人に邪魔されずに仕事が出来るからそうでもないが……」

 森也はそう言ったが、そんな言葉を気に懸ける赤葉ではない。

 「と言うわけで……あたしたちも兄貴の家に住むことにした!」

 「ええっ~!」

 と、その場に絶叫が響いた。

 叫ばなかったのは、かあらただひとり。とくに大きな声で叫んだのは白葉と黒葉。同じふぁいからりーふのメンバーが心底驚いているところから赤葉がひとりで勝手にそう決めたのは明らかだった。

 「そうすれば送り迎えの手間もいらなくなるしさ。毎日、一緒に暮らしていればチームワークだってとりやすくなる。良いアイディアでしょ」

 と、赤葉。まわりの反応などお構いなし。赤葉のなかではすでに完全な決定事項であるらしい。

 「なに言ってるの⁉ それはだめでしょ!」

 「そうだ! あり得ない!」

 「絶対ダメ!」

 「あ、赤葉ちゃん……。さすがに身内でもない男の人の家に住むのはちょっと……」

 「迷惑すぎるでしょ!」

 「あたしは実家住まいだから下宿はむずかしいと思うけど」

 「お母さんも心配~。さすがにみんなが殿方の家に住むなんてねえ~」

 さくらが、瀬奈せなが、つかさが、白葉しろはが、黒葉くろはが、青葉あおばが、そして、黄葉おうはが、口々に言う。反対しなかったのはただひとり、かあらだけである。かの人だけは反対どころか積極的に賛成に回った。

 「それは確かに良いアイディアだと思う。いちいち送り迎えするより、一緒に住んだ方が効率が良い。わたしは賛成だ。ぜひ、住むといい」

 と、自身、居候いそうろうのくせにまるで家の主人であるかのごとく言ってしまうあたりがインド育ちのメンタリティ。日本的な遠慮というものがまったくない。さくらがあわてて言った。

 「ちょ、ちょっと、かあら! なに言ってるの⁉」

 「? なぜ、君が反対する? わたしを兄上の家に呼んだのは君だろう。なにがちがう?」

 「それは……! あなたは放っておいたらご飯も食べずに、ひからびそうだったから……」

 「それを言ったら、あたしもかなりの汚部屋おへや住まいだよ」

 赤葉が恥じるどころか威張いばったように言う。

 さくらはその言葉に思わず『ゴミに埋もれた部屋のなか、歌とダンスのレッスンに没頭ぼっとうする』赤葉の姿を思い描いてしまった。おそらく、その場にいる全員がそうだったろう。かあらをただひとりの例外として。アイドル家業には真剣そのものだが、それ以外のことはなにもしない。そんなマンガ的な展開かあまりにも納得できるキャラの赤葉であった。

 「たしかに、効率的ではあるが……」と、森也。

 「さすがにお前たち全員を住まわせるほどの広さはないぞ」

 「大丈夫だいじょうぶ。どうせ、アイドルにとって、家なんて帰って寝るだけの場所なんだから。あたしは兄貴と相部屋だってかまわないから」

 ペロッと舌など出してそう言ってのける赤葉である。

 「なおさらダメ!」

 さくら、瀬奈、つかさの声が見事に一致した。

 「心配は無用だ!」

 ピンチに現れるヒーローのごときりん! とした声がして、お人形のように小柄で愛らしい女性と、ビジネススーツに身を包んだクールビューティーが現れた。富士幕府将軍北条三世赤岩あかいわあきらと、ふぁいからりーふが所属する芸能プロ『ハンターキャッツ』の社長、倉田くらたあおいである。

 「わたしと葵とで瀬奈の祖母どのと話を付けてきたところだ」

 「おばあちゃんと?」

 思い掛けない言葉に瀬奈が目を丸くする。

 瀬奈の祖母、茜工務店の先々代社長の妻にして赤葉地区の長老格、出穂ずいほばあさんである。

 茜家は昔から赤葉地区の顔役として高い影響力を誇ってきた。とくに出穂ばあさんの場合、最年長グループの一員であり、地域の住人全員、生まれた頃から知っている。地域の人間にとっては生まれた頃の話から子供時代の黒歴史に至るまですべて知られているわけで、誰も頭があがらない存在である。その出穂ばあさんと話を付けてきたとは?

 「『ハンターキャッツ』の方が動くことにしたのよ」

 と、社長の葵が説明した。

 「つまり、本社をこの赤葉地区に移転すると言うこと」

 「移転⁉」

 と、赤葉。めずらしくビックリした表情である。

 「そうよ、赤葉。あなたの言うとおり、バラバラに住んでいるタレントをいちいち送り迎えするなんて効率が悪いものね。それぐらいなら本社をここに構えて全員、一緒に住まわせてしまった方が良いわ。幸い、ネットの発達でどこにいても世界中を相手に商売できる時代だしね。それに……」

 葵はいったん、言葉を切ってからつづけた。

 「ここなら仕事もいろいろあるしね。駆け出しのタレントなんて他の仕事もこなさないと暮らしていけないし。ここなら、普段はオーベルジュで働いて、週末はステージに立つ、なんて言うことも出来るしね。駆け出しのタレントにはうってつけの環境だわ」

 「というわで、だ」

 と、あきら。小さな体を思い切り反り返らせ、両手を腰に当てて『ふんぬ!』とばかりに威張ってみせる。

 「わたしと葵とで瀬奈の祖母どのに話を付けてきたのだ。この地域の空き家を『ハンターキャッツ』の本社及びタレント寮として使用できるようにな」

 「そ、それはいい! ぜひ、そうして! 改修が必要なら最優先でやるから!」

 やたらあわてた様子で言い立てたのは瀬奈である。

 「感謝するわ。と言うことで、ふぁいからりーふ。来なさい。タレント寮に案内するわ」

 「え~。あたし、兄貴の家の方が良いんだけど」

 社長の言葉に赤葉が不満を漏らす。頬をふくらませたその表情はたしかに『アイドル全開!』という感じで可愛らしい。

 「来なさい」

 「は~い」

 強い口調で社長に言われ――。

 結局は従う赤葉であった。

 ふぁいからりーふの五人が葵に連れられて去って行ったあと、森也は呟いた。

 「さて、これで送り迎えの件は解消されたと。で……」

 森也はさくら、瀬奈、つかさの三人を順々に見た。

 「……お前たちはなんでおれをにらんでるんだ?」

 「なんなんだ、あの赤葉というやつ。『メスガキ』ってやつか?」と、瀬奈。

 「まあ、その要素が強いのはたしかだな。けどまあ、アイドルなんてあれぐらいでないと務まらないしな」

 「……兄さん。赤葉に対してはなんか甘くない?」

 「……森也さん。ああいうタイプが好みだったんですか?」

 さくらとつかさも睨みながら言う。

 「おれはかわっていない。ただ、赤葉がオーバーアクションだからそう感じるだけだ。赤葉の性格に関しては……まあ、ああいう正直なタイプはきらいじゃない」

 自分を囲む女子たちの真理を知ってか知らすが――。

 わざわざ不安をあおる森也であった。

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