プロジェクト5 アイドルの内紛を阻止せよ!

 「白葉しろははいい、実にいい! あのように健気けなげな娘、幸せにしてやらなければおとこすたる! と言うわけで、ふぁいからりーふを我が富士幕府の看板アイドルユニットとして採用する! ふぁいからりーふを使ってプロジェクト・太陽ソラドルを推進する! ふぁいからりーふを世界を照らす光にするのだ! 将軍さまの決定だ。異議は認めん」

 ライブからの帰り、森也しんやの家に乗り込んで、『我こそ主!』とばかりにビールをあおりながらそう宣言するあきらであった。

 「いいの?」

 「まあ、将軍さまの決定だからなあ」

 さくらのいぶかしそうな視線に対し、そう答える森也であった。

 「トップの無茶振りを実現させるのがおれの役割だしな」

 「でも、白葉に売れっ子アイドルとか、とても出来そうにないんだけど」

 「しかし、熱意はある」

 上機嫌でビールをあおるあきらに聞かれないよう小声でささやく妹に対し、森也はきっぱりと言いきった。その言葉の力強さはさくらが驚くほどのものだった。

 「技術がないなら上達させれば良いだけだし、やる気があれば、ある程度は上達する。不器用な人間が不器用なりに頑張って、少しずつでも成長していく姿が人を惹きつけるのはたしかだしな。しかし、赤岩あかいわ白葉しろは赤葉あかばの熱意はたしかだが、他の三人はわからんぞ。それに、ああもチームがバラバラでは役に立たん」

 「ならば、何とかしろ」

 それが、あきらの答えだった。

 「そこを何とかするのがお前の役目だ。将軍命令だ。何とかしろ」

 「なんとかしよう」

 「できるの⁉」

 あまりと言えばあまりに安請け合いする兄の態度に、さくらは思わず叫んでいた。

 「可能性はある」

 それが、森也の答えだった。

 「たしかに、ふぁいからりーふはチームワークだけではなく、キャラクター的にもバラバラだ。ヲタ以外には見分けもつかないぐらい似たようなやつばかりを集めたアイドルユニットとはまったくちがう。しかし、だからこそ、大化けの可能性もある。赤葉と白葉。あのふたりがうまく機能すれば……」

 あのふたりがうまく機能すれば……。

 森也はそう強調したあと、言った。

 「ワールドカップ三連覇を果たした、サッカー・ブラジル代表ともなれる」

 「ブラジル?」

 森也が唐突に『ブラジル』などと言った意味がわからず――。

 さくらは目を丸くしたのだった。


 その日、森也はさくらを引き連れ、『ハンターキャッツ』に向かった。ふぁいからりーふメンバーそれぞれと会うために。

 「白葉とはライブのときに話したから今日はあとの四人、とくに、赤葉が目的だ」

 森也はそう言った。

 『ハンターキャッツ』社長、倉田くらたあおいの許可を得て、四人それぞれと出会う段取りを付けた。まずは一番の目当てと言った、センターであり、エースの赤葉。赤葉はダンスの自主訓練中であり、レオタード姿で全身に汗をかいて稽古に励んでいた。その姿は『鬼気迫る』と言ってもいいぐらいのもので、見ているだけで赤葉の真剣さが伝わってくる。本気でなにかに打ち込んだことのないさくらでさえ圧倒されてしまう、それほどの姿だった。

 訓練が一段落したところで赤葉に近づき、声をかける。

 「なんだ。この間の雑魚ざこマンガ家じゃない。何か用? あたしは稽古で忙しいんだけど」

 森也の存在に気付くやいなや、赤葉は開口一番、そう言ってのけた。

その言い草に腹を立てたのはさくらの方で、森也は表情ひとつかえなかった。赤葉の性格はすでにわかっていたし、雑魚マンガ家であることは自覚しているので腹は立たない。森也が勝負している『戦場』は別にある。

 一言言ってやろうと身を乗り出したさくらを制しつつ、森也は赤葉に言った。

 「今日は赤岩あきらの指示を受けてきた」

 「レッドの兄貴の?」

 ああ、と、赤葉は納得しつつ小馬鹿にする態度をとった。

 「そうやって、売れっ子マンガ家の威を借りてマウントをとろうって言うんだ。雑魚だと思ってたけどほんとに雑魚なのね。恥ずかしくない?」

 真顔でそう言ってのける赤葉である。腹を立てるさくらをとめるのはなかなか大変だったが、森也はつづけた。

 「おれのことをどう思おうと構わんが、今回の件にはふぁいからがチャンスを得られるかどうかがかかっている。チャンスが欲しいならおれの質問に正直に答えろ。いいな」

 「な、なにを答えろって言うのよ……?」

 森也が怒りもせず静かに、しかし、重みを込めてそう言ってきたことで、

 ――な、なによ、こいつ。もしかして、ただの雑魚じゃないわけ?

 そんな風に思ったのだろう。

 赤葉は気圧されたような表情になった。

 森也はかまわずにつづけた。

 「お前は白葉にひどく敵意を抱いている。ユニットをバラバラにするのも顧みないほどにな。なぜ、そこまで白葉を憎む? その理由を答えてもらおう」

 「白葉が足手まといだからよ!」

 赤葉は吐き捨てるように叫んだ。よほど不満が溜まっていたのだろう。その一言を皮切りに怒濤の勢いで言葉が流れ出してきた。

 「あたしは一番になりたいの! 誰よりも売れて、誰よりも人気になって、誰よりも輝きたい! 昔はバレエの世界でやろうと思っていたけど、そこには同い年のとんでもない天才が、ふたりもいた。バレエをしている限り、あのふたりには勝てない。バレエの世界じゃ一番になれない。そのことがわかった。一番になれないことがわかっているのにイジイジつづけるなてあたしの生き方じゃない。だから、バレエをやめて、アイドルになった……」

 「アイドルとしてなら一番になれるのか?」

 「言いたいことはわかるわよ。でも、アイドル業界ではあのふたりみたいな圧倒的な才能に会ったことはない。あたしは絶対、この世界で一番になってみせる。そのためには白葉みたいな役立たずに足を引っ張られるわけにはいかないの!」

 「白葉は役立たずか?」

 「役立たず以外のなんだって言うのよ⁉ 歌も踊りも下手くそ、見た目も地味て平凡、トークで観客を盛りあげることだって出来やしない。だいたい、なんであんなやつがチームリーダーなのよ⁉ あたしの方がずっとふさわしいでしょ!」

 赤葉は思い切り叫んだ。その表情が激しい悔しさに染まっている。

 「もともと、あたしはユニットなんて組みたくなかった。白葉みたいな役立たずに足を引っ張られたくなかったから。でも、社長に言われて仕方なく……。だったら、せめて、自分がリーダーになって引っ張りたい。そう思うことのなにが悪いの⁉ 実力はまちがいなく、あたしが一番なのよ。一番の実力者がリーダーになるべきでしょ!」

 「なるほど。白葉より自分の方がリーダーにふさわしい。自分こそがリーダーになるべきだ。そう言いたいわけだな?」

 「その通りよ」

 「お前の言い分はわかった。それで、白葉をどうしたいんだ?」

 「決まってるでしょ。あんなやつはさっさとクビにしてもっとマシなメンバーを入れたいのよ。社長にもずっと言ってるのに『他にタレントがいないから』って、そればっかり。だったら、早くソロ活動させてって言っても許してくれないし……」

 赤葉は苛々と、いまにも爆発しそうな表情で言う。このままストレスを溜め込んでいったら、観客の見守るステージの上で白葉をぶん殴りかねない。

 「そんなに売れたいならどうしてもっと大きなプロに入らなかったんだ? 売れる・売れないは所属するプロの力にるところも大きい。それぐらいはわかっているだろう?」

 森也に問われ、赤葉は両手を腰に付けた『ふん!』とばかりに答えた。

 「決まってるでしょ。小さいプロならすぐにデビューできるじゃない」

 「なるほど。大手の営業力より、すぐに舞台に立てることを選んだわけか」

 「そういうことよ。営業力なんてあたしが売れればそれですむことなんだから」

 自分の力でやってみせる。

 プロを目指す人間の多くが、そのスタートで一度は言う言葉だ。実際には、その言葉を堅実に出来る人間などめったにいないのだが……。

 「わかった。率直に語ってくれて感謝する。ありがとう」

 森也はそう言って、頭をさげた。その態度に――。

 赤葉はちょっと驚いたような表情をして見せた。


 森也はさくらを連れてその場をあとにした。赤葉から離れると、さくらが途端に怒った口調で話しかけて来た。赤葉の態度にまだ腹を立てているのだ。

 「なによ、あの失礼な態度。ほとんど初対面の相手をいきなり雑魚呼ばわりなんて。兄さん、なんで、一言ぐらい言ってやらなかったのよ?」

 「赤葉はお前と同じ高校一年生。まだ一五歳の子供だぞ。そんな子供に成熟なんて求めちゃいない。これから成長すればいいことだ。そして――」

 「そして?」

 「子供を成長させるのは、おとなの役目だ」


 「赤葉のあの威張り散らした態度が気に入らないのよ」

 赤葉との関係を森也に問われ、黒葉くろははそう吐き捨てた。

 黒葉は典型的なモデル体型でスリムで長身。森也より明らかに五センチは背が高い。森也の身長はおよそ一七三センチ。その森也より五センチ高いとなればおよそ一七八センチあることになる。日本人女性としてはめずらしい、一八〇近い長身なわけだ。

 その黒葉はいま、アイドルと言うにはおとなっぽ過ぎるモデル系の美貌に怒りをたぎらせ、赤葉のことを責め立てている。

 「どれだけメジャーになりたいのか知らないけど、そんなの自分ひとりの勝手な思いじゃない。他人に押しつけていいことじゃないでしょ。それなのに、何かにつけて威張り散らして、他人を責めて。とくに、白葉に対してはいつもあの調子。白葉がおとなしくて何も言い返せないものだから調子に乗って……」

 「それで、白葉をかばっているわけか?」

 「そうよ。あんなおとなしい子がいじめられるの、黙って見ていられないでしょ。大体、そんなに売れたいならもっと大きなプロに行けばよかったんじゃない。本人に実力がないから大手プロに行けなかっただけなのに、なにを威張ってるのよ」

 「つまり、赤葉が売れたい、売れたいと必死になって、売れないのを他人のせいにして責め立てているのが気に入らない。そう言うことでいいか?」

 「……ええ」

 「しかし、お前だってアイドルになっているからには『メジャーになりたい』という思いはあるんだろう? それなのに、赤葉の必死さが気に入らないのか?」

 「わたしは……」

 黒葉はその美貌を忌々しそうにゆがめて見せた。顔を背けた。悔しさを滲ませながら言った。

 「見ればわかるでしょう。この身長。成人男性のあなたより背が高いのよ。子供の頃から大きくて、たいていの男子より背が高かったから『大女』呼ばわりされて……」

 ――背が高くてスリムなんて格好いいと思うけど、いやなこともあるんだ。

 悔しそうに語る黒葉を見て、さくらは思った。

 ――そう言えば、中学のときも男子より背の高い女子はいろいろ言われたり、気にしてたりしてたっけ。

 そのことを思い出し、黒葉に同情したくなるさくらだった。

 「だから、『そういう世界』に入っちゃえばいやなことを言われることもなくなると思って入っただけで、別にメジャーになりたいとかは……」

 口調がどこか後ろめたい様子なのは、そんな理由で芸能界入りしたことに対する負い目があるからなのだろう。本人にとって、芸能界入りは一種の現実逃避だったろう。しかし、いざ、芸能界入りしてみるとそこにはなんとしてもメジャーになってやろうとギラギラしている人間たちであふれていた。みんな、そのために死ぬほどの努力をしていた。その姿を目の当たりにして『それなのに自分は……』という思いを抱くようになっていったのだろう。

 森也は黒葉の態度からそう察した。

 「なるほど。よくわかった。言いにくいことを正直に話してくれたこと、感謝する。ありがとう。では、今回はこれで失礼する。近いうちにまた会うことになると思う。そのときはまた、よろしく頼む」

 「え、ええ……」

 おそらくは、森也が自分が芸能界入りした動機を責めないことが意外だったのだろう。少し戸惑った様子で森也を見送る黒葉だった。


 「あたしは別に意識して芸能界入りしたんじゃないんだけど……」

 青葉あおばはそう話しはじめた。

 透明感のある整った顔立ちで『美少女』という表現を使うなら五人のうちでも随一だろう。表情の変化が少なく、無表情系クールビューテーと言った印象だが、話し方は妙にほんわかしている。

 ――な、なんか、この子は『天然』って感じね。

 さくらは戸惑いを隠せなかった。いかにも『野心家』と言う感じでギラギラしている赤葉。重い過去を背負っていそうな黒葉。そのふたりを見てきたあとだけに、このほんわか振りが際だって見える。

 「ただ、両親も兄も音楽家で、あたしも小さい頃から歌が好きでよく歌っていたから。それに、業界の人ともずっと顔見知りだったから、気が付いたら自分も芸能界入りしていたの」

 「……なるほど。音楽一家の出ならそう言うこともありうるか。しかし、それなら歌姫のほうが似合うだろう? なんで、アイドルなんだ?」

 「いつの間にか」

 「いつの間にか、か」

 「うん」


 「お母さんねえ、演劇の子役出身だから、みんなをまとめるのは慣れてるだろうって言われて、まとめ役を頼まれちゃったの」

 黄葉おうはは自分で自分のことを『お母さん』と呼びながらそう説明した。

 ――自分で自分をお母さんって。

 さくらはさすがにそう思った。

 黄葉だって他の皆と同じ高校一年生、まだ一五歳。そんな少女が自分で自分のことを『お母さん』と呼ぶのは、さすがに違和感が……。

 ――全然ないわね。

 さくらはむしろ、納得してしまった。

 身長は黒葉に次いでメンバーのなかで二番目に高い。しかも、モデル体型の黒葉とちがい、ふっくらした女性的な体付き。とくに、胸がよく目立つ。顔立ちも黒葉とはちがう意味でおとなっぽい。正確には、全体から感じられる雰囲気が一〇代とは思えない印象なのだ。

 やけにおっとりしていて、青葉とはちがう意味で天然ぽい。片手を頬に当てながら話すその仕種も、口調も、妙にのんびりしていて聞いているとお昼寝したくなってくる。子守歌を歌わせたら右に出るものはいないだろう。

 ――これはたしかに『お母さん』だわ。

 そう、うなずくしかないさくらだった。

 「『まとめ役を頼まれた』と言うことは、自分で参加したわけじゃいと言うことか?」

 「ええ~。お母さんはお母さんだから、主役はあの子たちで、お母さんはあくまで世話役だと思ってるわ」

 「……なるほど。しかし、『ハンターキャッツ』に入る前から演劇はしていたわけだよな。子役として名が通っていたと聞いているが、演劇はどうしてはじめたんだ?」

 「お母さんのお母さんが習い事として演劇学校に通わせたの。そうしたら、なんか人気になっちゃって、気が付いたら舞台に立つようになっていたのよねえ。だから、お母さんとしてはあんまり『自分はプロ』とか言う意識とかないんだけど」

 「……そうか」

 森也はそう言うと、まるで眠気を振り払うかのように頭を振った。

 「率直に話してくれて感謝する。ありがとう。さくら、用件はすんだ。とりあえず、帰るぞ」

 「……うん。これ以上、ここにいたら眠っちゃいそうだもんね」

 「もう帰っちゃうの? また来てね、ばいば~い」

 と、笑顔で手など振ってみせる黄葉である。どこまでも――。

 『おっとりお母さん』なのだった。


 「……なんか、それぞれの意味ですごい子たちだったね」

 家に帰ったあと、さくらは森也にそう話しかけた。

 森也が、離れとして作られた書庫のなかでなにやら本を探しているときのことである。 「『すごい子たち』とはどういう意味だ?」

 同じく、書庫で本を探していたかあらが尋ねた。

 「ある意味、あなたの同類ってこと」

 「よくわからないが、なにやら興味深いな。わたしもぜひお近づきになってデータを集め、詳細に分析してみたいものだ」

 「出来るさ」と、森也。

 「あいつらも今後は同じプロジェクトに参加するんだからな」

 「じゃあ、兄さん、やっぱり……」

 「ああ。あいつらを使ってプロジェクト・太陽ドルを展開する」

 「それはおもしろい。機材の開発は任せてくれ」と、かあら。

 「でも……」と、さくらが首をかしげた。

 「あんなバラバラで役に立つの? とても『ユニット』って感じじゃなかったけど」

 「たしかにあいつらはバラバラだ。しかし、だからこそ、うまくハマればとんでもない力を発揮する。とりあえず、こいつを読んでもらう」

 森也は膨大な本のなから一冊の本を取り出した。


 『常勝キャプテンの法則』(サム・ウォーカー 近藤隆文訳 早川書房)

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