序の三

 森也は二本の指を立てたまま言った。

 「手順のふたつ目。娯楽産業による世界支配」

 「娯楽産業による世界支配?」

 またしても飛び出した聞き慣れない言葉に一同が身を乗り出した。

 とくにひかるは子供であるだけに、めったに聞けない『おとなの会話』に興味津々きょうみしんしんなのだろう。一際、大きく身を乗り出している。

 森也はそんなひかるをじっと見つめた。

 その視線の真剣さは、見られたひかるが思わずビクッと身をすくませるほどのものだった。

 森也は冷徹れいてつに聞こえるほど真摯しんしな声を出した。

 「おれは子供にうそとごまかしは言わない主義だ。だから、本当のことを言う。本当の意味で人間を動かすことの出来る唯一の動機。それは金だ。金だけが本当の意味で人間を動かす。争った方が金になると思えば争うし、友好的に振る舞った方が金になると判断すれば友好的になる。それが人間という生き物だ」

 「それはまた……ふたもない話だな」

 あきらが居心地悪そうに言った。

 ヒーロー物を描いている身として、いわゆる『きれい事』を描くことも多いし、きれい事を信じているからこそヒーロー物を描いている。そんなあきらにとって『身も蓋もない現実』とは、心の底でどうしても反発しあうものがあるのである。

 それは、あきらに限ったことではない。

 トウノも、瀬奈せなも、つかさも、さくらに至るまで全員、多かれ少なかれ同じ表情を浮かべている。

 身も蓋もない残酷な現実なんて見たくない。

 人間、誰しもそんな面はもっているものだ。

 唯一の例外がひかるだった。

 ひかるだけが嫌悪や反発の表情を示すことなく森也の言葉を熱心に聞き入っている。『大好きなお兄ちゃんの言うことだから』というわけではない。

 子供だからだ。

 子供だからこそ『子供扱いせずに』本当のことを話してくれるのが嬉しい。『たかが子供』ではなく『ひとりの人間』としてきちんと認めてもらえているのが嬉しい。だからこそ、真剣に耳を傾ける。

 森也はつづけた。

 「現実なんてそんなものだ。決して格好良いものではないし、きれいなものでもない。そんな現実は見たくもないし、聞きたくもない。そう思う人間も多いだろう。だが、そのことを認めなければ正しい道など選べはしない。

 奴隷制度が廃止されたのは人間性が向上したからじゃない。経済の発展によって、奴隷たちに給料を渡して従業員にした方が購買層こうばいそうが広がり、金になるようになったからだ。

 児童労働がなくなったのは倫理りんりの問題じゃない。技術の発展によって未熟みじゅくな子供を働かせるより、高度な教育を受けた技術者を雇った方が金になるようになったからだ。

 一〇歳児を月一万で雇って花を売らせる人間と、高度な教育を受けた技術者に月一〇〇万払ってパソコンを作らせる人間。どちらが稼げると思う?」

 「そりゃあ……パソコンを作らせる人間の方だろうけど」

 渋々しぶしぶ、という感じでさくらが答えた。

 森也はうなずいた。

 「そういうことだ。子供を無学な子供のまま働かせるより、高度な教育を与え、技術者としてから雇った方が金になる。それがわかったからこそ児童労働はなくなっていった。人間性など関係ない。金がすべてだ。

 たしかに、それは『みにくい現実』だ。目をそらしたくなるのもわかる。人々がある日、良心りょうしんに目覚め、子供たちを労働という重荷から解放した。そんなファンタジーにひたっていたいとのはもっともだ。

 しかし、これは逆に言えば、金ですべては解決できると言うことだ。

 『こうした方がもっと金になる』

 そう納得させることさえ出来れば、どんなことでも実現できる。

 そこでだ。争いのない、友好的な世界で最も利益を得るのは誰だ? それが娯楽産業だ。日々の食事にも事欠く人間はアニメDVDを買ったりはしない。空襲に怯える人間は遊園地に遊びに行ったりしない。娯楽産業こそこの世でもっとも、豊かで友好的な暮らしを送る人間を必要としている。その娯楽産業が世界を支配すれば争いのない、友好的な世界を維持するために全力を尽くす。あくまでも自分たちが『より稼ぐ』ためにな」

 「それは、そうなのかも知れないけど……」

 と、さくらが納得しきれないといった様子で言った。

 身も蓋もない現実ばかりを聞かされてやはり、心のどこかに『反発したい、言い負かしてやりたい』という思いがあるのだ。

 「じゃあ、なんでいままで出来なかったの?」

 「いままで、そんなことをやろうとした人間がいるか?」

 「……いないと思う」

 「そういうことだ。いままで娯楽産業による世界支配を掲げ、実現させようとした人間などいない。やろうとした人間がいないから実現しなかった。それだけのことだ。それをおれたちがやる。おれたち富士ふじ幕府ばくふが歴史上はじめて『娯楽産業による世界支配』をかかげげ、実現のために行動する」

 「どうやる?」

 あきらがたずねた。

 さすがに、剣道全国大会常連と言うべきか。真剣になったときのあきらには仕合しあいを前にした武芸者のようなりんとした鋭さが満ちている。

 森也はあきら以上の真摯しんしさと鋭さで語った。

 「世界中の娯楽産業の関係者に呼びかける。小はネットで活動するアマチュアから、大は世界中に映画を配給する大会社の社長に至るまで。そうして世界中から資金を集める。その資金を使い、相手が民主国家なら自前の候補者を送り込み、金の力で当選させる。非民主国家が相手なら権力者に賄賂を贈り、酒池肉林しゅちにくりんという檻のなかに閉じ込める。そうして現実から隔離かくりしておいて実権を握る。それで、共通の理念をもつ人間の手で世界を動かすことができるようになる」

 「ならば……!」

 森也の言葉を受けて――。

 あきらが重々しく口を開いた。こう言うときの赤岩あきらは体が何倍にもふくれあがり、まるで仁王像にでもなったかのような迫力がある。黙って立っていればお人形のように小柄で愛らしい外見だと言うのに、その姿からは想像も付かないほどの貫禄である。

 「世界中に呼びかけるのはこのわたし、富士幕府将軍赤岩あきらの役目だな。任せるがいい、藍条! この赤岩あきら、見事に世界中の娯楽産業をまとめあげて見せようぞ」

 「あたしもやるわ!」

 トウノが言った。

 かの人にしてはめずらしく、やけに真剣な様子である。

 「あたしだって、母親。戦争なんかに娘を殺させるわけにはいかないもの」

 普段の態度が態度なので忘れられがちだが、かの人はまちがいなく『母』なのだった。

 森也はうなずいた。

 「そうだ。それはすでに世界的に名前を知られているふたりの役目だ。そして――」

 森也は右手に指の三本目を立てた。

 「手順、三つ目……」

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