第31話 猫耳の魔法使い

 俺はもう、彼女から全く目を離さないようにした。体が小さく足音の小さい彼女の消え方はもはや芸術的だ。彼女のほんの少し後ろを歩き、常に彼女の方に顔を向ける。


 彼女は道中で見つけた全ての売店に入っていった。どの店もすみからすみまで見て廻り、時おり商品を手にとってじっくりと観察する。そんなことを繰り返す中で、彼女は魔法使いのマントを手に取った。


「よし、これ買う」


「もしかして今着る?」


「もちろん」


「暑いからやめといた方が良いよ。あの日差しの中で黒はきつくないか」


「まぁでも生地薄いし大丈夫だよ。日除けにもなるし」


 彼女はそう言ってから別のコーナーへ行き、魔法使いの杖も選び始めた。そして20分くらい経って、ようやく1つに決めてレジへ持っていき、なんの躊躇もなく財布から万札を3枚出してそれらを購入した。


「まぁ大体分かってたけど、2万超えてたのか。帰りの電車賃とか大丈夫? 昼食くらいなら俺が奢っても良いんだけどさ」


「まだ5万くらいあるから大丈夫」


「おぉ、なら大丈夫か」


「でしょ!」


 彼女はそう言ってから店の外でマントを着て、箱から杖を出して手に取る。俺はスマホでその写真を20枚ほど撮り、彼女が地面に置いた紙袋や杖の箱をまとめて手に持った。


「藤原、なんかバイトとかやってる? 夏休み入ってから」


「ええ!? 私に務まるバイトなんて無いよ。あぁ、今日のお金はお年玉から引っ張り出してきたの。最近お母さんが『ちょっとなら使っても良い』って、今までの渡してくれたから」


「お年玉が親に吸収されてないパターンってこの世に存在したんだ」


「まぁ学費とかには使われてたけどね」


 渡してもらったお年玉がいくらかは知らないが、2万を超える額は『ちょっと』とは言い難いだろう。それにおそらく、彼女はそこから金を出してゲームに課金している。そう考えると、最近の違和感がすっと解けた感じがした。一度で良いからそんな風にお年玉を使ってみたいものだ。


 そうしてまた売店を廻っているうちに、俺は猫耳カチューシャを目の端に捉えた。何種類か売っていたので、俺は後ろから彼女の両肩を持ってその場まで連れて行った。


「この中で一番藤原に似合うものを買うので、ひとつずつ試着させます」


「え、あぁ、うん」


 10時ごろに遊園地に到着して今とうに11時を過ぎたわけだが、俺たちはまだ何のアトラクションにも乗っていない。そのことは若干気になってはいたが、俺は慌てる事なく猫耳カチューシャをひとつひとつ彼女に合わせていった。


 彼女はひっきりなしに店の中を見まわしていて、その様は本当に子猫そのものだ。正直全ての猫耳カチューシャで彼女の写真を撮りたかったが、買う前の物を撮影するのはなんとなく気が引けたので我慢した。


 やがて俺はひとつを手に取ってレジに通す。2,200円とまぁ予想通り高かったが、彼女の髪と同じ色でよく似あう。彼女の来ている魔法使いのコスチュームとも親和性が高かった。俺は店の外に出るなり彼女の数十枚の写真を撮る。


「なんかモデルになった気分」


「藤原専属ならいくらでもカメラマン出来るよ俺」


 たまにこういうことを言ってみても、彼女には全く響かない。彼女もアニメやラノベを読むならそういうことに少しくらい気づいても構わないと思うが、彼女はまさにラノベの主人公のように鈍感だった。


「大丈夫? 暑くないか」


「割と普通だよ」


「じゃ、このままジェットコースター向かうか」


「うん!」


 その時、その場に少し強い風が吹き始めた。彼女は自分のマントがそれにはためくのを見るなり風上に向かって走り出す。ジェットコースターはそっちじゃない!


 そうして、入園から一時間半が経ってからやっと目的地のジェットコースターにたどり着いた。長蛇の列だったが、屋根があったので炎天下に長時間立つことは避けられそうだった。順路を進んで最後尾に並ぶと、俺は道中の自販機で買った意味不明な値段のスポーツドリンクを彼女に渡す。待ち時間は50分。


 その50分をちょっとした雑談とスマホゲームで過ごした俺たちは、難なくジェットコースターの順番を迎えた。幸運なことに一番前の席に座れそうだ。そしてついに、その乗車プラットホームに前の客を乗せたプテラノドンのジェットコースターが入って来た。

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