第19話 炎天下の十字路

 古典A 18点 化学基礎 41点 地理A 36点 英表 32点


 それが、前回彼女が赤点だった教科の今回の点数だ。そしてこの学校の赤点は40点。ほんの1教科だけは赤点から回避できたようだった。しかし...。


 生物基礎 34点


 新たな別の教科が赤点となり、結果的な赤点教科の数は変わらなかった。


「あ、古典の点数が前回の2倍だ。勉強の成果が出てる」


 彼女はそう言うと、流れるような仕草で回答用紙を半分に千切ろうとした。俺は手のひらで彼女のその手を机に押し付ける。


「待て待て教員の前でそれはマズい」


「ロックで良いじゃん。流血沙汰ですら無いし」


「いつからバンドマンになったんだよ」


「私キーボードって鍵盤が軽すぎて弾くの苦手なんだよね」


「じゃあ無理だな、諦めて復習でもしような」


「はぁ死にたい」


 彼女は両手を机の上に投げ出してうなだれた。しばらくして俺が睨んでいるのに気づくと、首を起こして頭を振り、顔周りの髪をよける。


「冗談だよ」


「そういう冗談は嫌いだ」


 彼女は自分の成績の個票をまじまじと見つめた。各教科の平均点数46、学年順位は184位/240人。


「あれ、でも藤原こないだは200位代じゃなかったか?」


「え、あ、うん。あれ、今回は184位だ!」


「今気付いたのか? 今まで個票のどこ見てたんだよ?」


「等間隔にインクが薄くなってる印刷が気になって」


「流石に目の付け所が違うな」


「橋下は何位?」


「121位だ。ちょうど真ん中くらいだな。だけど、前は119位だったんだよな」


「下がっちゃったんだ、残念。私よりは高いけど」


「うん」


 何の意味があるのか分からない嘘をついた。実際は......前回は140位かそこらだった。だが、彼女は他人の成功を妬むたち﹅﹅では無い。自分で理解出来ない行動をするようになったのは、いつからだろうか?


「そういえば、この辺に新しい本屋さん出来たらしいよ。行ってみない?」


「え、そうなの」


 学校の帰り道で、彼女はGoogleマップでその店を俺に見せた。三年の模試の準備とかで、学校は昼で終わったのだ。本屋はこの学校から十数分ほど歩いた所にある。その道中には戦時中の爆撃をまぬがれた寺院の門前町があった。木造の似たような建物ばかりで、道も京都のような南北の十字路ばかり。


「これ、たぶん迷子になっちゃうな。電車で一駅先まで乗ろう」


「あ、見てこんなとこにカフェある」


 彼女は、その門前町のど真ん中にあるらしい喫茶店に目を光らせた。写真にはツタに覆われた素朴な外観が映っていた。


「ここ行ってから本屋さん行こうよ」


「絶対迷子になる。というかなった」


「そういえばそんな事言ってたね」


 サッカー部にいたころの話だ。ある日顧問の代わりに別の変なオッサンが俺たちの監督について、学校の外を走らされることになったのだ。俺は門前町に迷い込み、数十分経ってからようやく野田に助けられたのだ。


「大丈夫、その時の橋下と違ってスマホあるから」


「まぁ俺は家にスマホ忘れて今日も持ってないけどな」


「大丈夫だって」


 不安だったが、彼女がこんなに楽しそうにしてるのを見るのは久しぶりだった。それに彼女の方から俺をふたりでカフェに──デートに誘ってくれている。断る理由など灰塵と帰す。


「それじゃ、行こうか」


「うん。私がマップ見て案内するよ」


「頼んだ」


 かくして、俺たちは十字路の続く迷宮に向かった。数分後、と言うよりは、完全に門前町の中に入り込んだ時、俺たちをアクシデントが襲った。


「あれ、マップが動かない」


「なんで」


 俺たちは近くの家の木のひさしの下に入った。彼女は片手に持っていたハンディ扇風機を自分の方に向けたまま俺に差し出してきた。どうやらスマホを操作する間私に向けて持っていろという事らしい。うぃぃんという振動が手に伝わる。そしてしばらくして、彼女は異常の原因を究明し、何故か自慢げに言った。


「通信容量使い切った」


 確か彼女はギガをチャージするためのパスコードを知らなかった。そして俺のスマホはなぜか今日に限って無い。俺も彼女も、ここら辺の人間では無い。よって、土地勘など一ミリたりとも存在しない。景色はどこを見渡しても似たようなものばかり。


 つまり、詰んだ。

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