第17話 不思議な力

 テスト初日の朝、俺は駅で会った藤原を見て驚いた。彼女の目の下にとんでもないクマが出来ていたのだ。たしかに昨夜は、俺と一緒に夜の10時まで自習室にいた。でもそれはいつもの事で、その時にはこんなクマは出来ていなかった。


「藤原、どうしたんだよそのクマ!?」


「へへ、一晩で範囲の青チャート一周してやった」


「徹夜......したのか? 一体今度は何のスイッチが入ったんだよ。夜はコンサータ切れて、寝られずにはいられないんだろ?」


「がんばった」


「今日のテスト古典と世界史と生物だぞ」


「え?」


「藤原......今日が何曜日が分かってるか?」


「月曜日?」


「木曜日だよ昨日学校来たろ」


「あ〜」


 気の抜けた声でそう言った彼女の目はうつろだ。俺がため息をついていると、ホームに電車の接近を知らせる放送が鳴った。いつもの通りなら、電車の席はガラガラだ。


「起こしてやるから、座ったら出来るだけ寝てろよな」


「コンサータ飲んでるから寝られない」


「じゃあ力抜いて、目閉じてろよ。倒れちゃうぞ」


「別に徹夜くらい今までにもしたことあるよ」


「いいから」


 電車で座り、最初は藤原は俺の言う通り目を閉じていた。しかし数分後にはスマホを取り出して授業ノートの写真を見ていた。いった何のスイッチが入ってしまったのか。それにしても、彼女はずっと死んだ魚のような目をしていた。


「降りるぞ」


「あ、うん」


 別にフラついている様子は無い。だが、いつもより歩くのが遅かった。彼女は普通より歩くのが早く、普段なら小さな体でせかせかと歩いているが今朝はまるで違う。


 そして学校に着き、俺は藤原の机に古典のまとめノートを広げる。前に野田が俺の机に向かってやっていたように、椅子に逆向きに座り背もたれを抱え込む。そして数分後。


「なんにも......覚えてないじゃないか」


 彼女は小首を傾げて髪を揺らす。そのボブヘアーはいつものように綺麗ではなく、まさに今の彼女に似つかわしいアホ毛だらけだ。古典文法を驚くほど何も分かっていない。成長したところと言えば、以前よりは単語を覚えている程度だ。


「世界史も、見とくか」


「うん」


 そうこうしていると、登校してきた野田が俺の方をみて「よっ」と軽く手を上げた。俺も同じように軽く手を振り返したが、少しして自分から目を逸らした。しばらくすると、俺の後ろで野田の机にかつての友達が何人か集まっている。


 別のクラスの奴なんかは、教室に入り、横目に俺と藤原の事をちらりと見てから野田の机を取り囲む。こちらの顔を覗き込んでくる奴もいた。俺はそいつらを頑張って無視して藤原とのテスト勉強に勤しんだ。


 テスト用紙を配られ、何十分かで解き、十五分の休憩で次のテストの勉強の確認をする。そうしてその日のテストは終わった。提出物の回収も終わった後、藤原が自慢げに言う。


「全部出せた」


「当たり前なんだけど、よく頑張ったな。学食行こうぜ。でも今日はその後帰ろう」


「なんで?」


「藤原は今すぐにでも寝た方が良いだろ。寝れなくても、休む」


「あっそっか」


「俺もそうするつもり。あ、むしろ昼寝がっつりして、超早朝とかに起きて勉強しようぜ。通話とか繋いで」


「え~昼夜逆転?」


「土日で戻せば良いんだよ。なんなら一周させてもいい。とりあえず、今出来るだけ早く寝るのが先決だよ」


 ふたりで学食に行き、俺はいつも通りに鶏南蛮すだちうどんの大と二個セットの唐揚げを頼んだが、藤原は紙コップ一杯のポテトだけだった。そういえば最近、昼に食欲が湧かないとか言っていた。しかし、彼女はそのポテトすら少し残した。


「橋下食べて」


「良いけど......もう徹夜なんてするなよ。ただでさえコンサータ?で体に負担かかってんだから」


「うん、分かった」


「家でちゃんと食えよな」


「うん......」


 そうして俺たちは家に帰り、これでもかと言うほど昼寝をした。夜に一度起きて晩御飯を食べ、また寝る。そして深夜か早朝か分からない翌日の三時に通話を繋いだ。


 俺もそうだが、彼女もぐっすり眠れたらしく目もぱっちりと言った具合だ。彼女は妙にテンションが高かったが、四時間ほどふたりでみっちりと勉強出来、二日目のテストはお互いバッチリだった。昨日今日と、彼女には不思議な力が湧いているようだ。


 ひとつ気になったのは、その日も彼女の目のクマが取れていなかったことだった。だが、明日は土曜でいくらでも寝られるので俺は深く考えなかった。

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