第7話 一日目の思い出
「お、おかえりなさいませ、お嬢様」
執事の衣装に身を包み、普段はマッシュにしている髪をコンビニで売ってたGATSBYのジェルで7:3に分けた俺は来客にそう言った。
「ふおお はしもっちカッコいい〜!! ええ衣装すごい似合ってるよはしもっち〜!!」
「それなー?? 写真撮ろう写真撮ろう」
俺がシフトに入っている時にちょうどサッカー部のマネージャー達がやってきた。
「あっはるともいんじゃん、おいでよー!」
「おーう」
マネさんのひとりに呼ばれて野田もやって来た。5人で一緒に写真を撮ってから、テーブルに案内してメニューを渡す。執事喫茶は文化祭開始早々から大盛況で、教室の前には長蛇の列が出来ていた。
藤原が担当した衣装が良かったからだろう、と俺は思っている。スラックスとシャツは制服を使い、その上から着るものを買った。それを着た宣伝係がプラカードを持って廊下に立つだけで多くの人の目を引き、この教室へと足を赴かせた。
文化祭は二日間開催なのだが、俺たちがシフトで入っていた1日目の午前だけで売上ノルマを達成してしまい在庫が半分以上無くなってしまった。
「すげーな俺たち!!」
「売上1番取れんじゃね?」
野田は俺に小分けのバウムクーヘンをひとつ投げてよこした。俺たちはそこでそれといくつかのお菓子を腹に入れ、衣装を脱いでサイフの入った鞄を背負った。
「あーこらお前ら金払えー!」
「やべ、逃げろ」
次のシフトの女子が俺の鞄を掴もうとしたが、なんとか野田と一緒に教室から逃げ出した。
「よし、ほかの奴らと合流しよう」
そうして俺たちはマネージャーを含めたサッカー部の6人で文化祭をまわり始めた。男女比は3:3で、ふたりで入るアトラクションは男女で組むようになり、そのメンバーは固定化されていった。
射的やお化け屋敷、演劇、科学部の実験体験や水鉄砲のサバゲ。ユネスコ部ではバングラディシュから取り寄せた謎のアクセサリーのバザーをやっていて、俺はペンダントをひとつ買って首から下げた。
「あ、良いなそれ。私も買お」
俺と一緒に行動してた女子──寺坂がそう言って色違いのペンダントを買った。お揃いに......したかったのだろう。寺坂は部活で水休憩の時、いつも真っ先に俺にボトルを持ってきてくれる子だ。
「じゃあ、そろそろ教室の方に戻るか」
野田が言った。時間が来ていたのだ。それをうけて俺たち6人は校舎の方に戻り始める。するとその帰り道、ピアノで「Flower Dance」を弾くのが聞こえてきた。
「誰だろう?綺麗な音色」
「めっちゃ上手いね」
「あそこだ、多目的室」
野田が指差した先に、小さな人だかりが出来ていた。行って見てみると.....忍者?の格好をした藤原がピアノを弾いていた。
「忍者がピアノ弾いてる...」
「クオリティ高いな、誰だろあれ」
「指と目しか出てないから分かんないね。ていうかピアノ上手い」
彼女の細くしなやかな指は、よく跳ねる粒をころころと転がすように音を奏でている。ふと、藤原の忍者の頭巾の隙間から目がこっちを見た。その内に野田が彼女が藤原である事に気づく。
「あぁ、あれ、藤原......かなぁ? 小柄だし、いかにも藤原がやりそうな感じだ」
「藤原って聞いたことあるかも。バレー部と文芸部で兼部してる子でしょ?」
「え、すご!ピアノも上手いし」
「でもなんか、すごい嫌われてるっぽいよ。バレー部でも問題ばっか起こしてるとか」
寺坂が言った。
「まぁそうだろうな」
「へぇ、そういう感じなんだ...。ピアノすっごい綺麗なのに」
藤原が弾き終わる頃、あたりの人だかりは随分と大きくなっていたが予定の時間を過ぎていたらしかった。教員連中の呼びかけで皆んな慌てて教室に戻らざるを得なく、その日結局俺は藤原と喋ることが出来なかった。何故か終礼に姿を現さなかったのだ。
俺は執事のコスプレをして喫茶店の給仕をし、複数の男女でいろんなアトラクションをまわった。しかし俺の文化祭一日目の思い出は、ピアノの音色が響く中、ほんの一瞬こちらを見た藤原の涼しげな目元だった。
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