第2話 憎悪の種

 入学からはや一ヶ月が経ち、俺と野田はサッカー部に入部した。お互い中学からサッカーをやっていたのもあり、その話で盛り上がってその流れで一緒に仮入部に行ったのだ。 野田は俺より下手だった。入部したのは全部で7人。先輩方については特筆すべき事も無かった。そして入部届の締切が終わった次の日たまたま朝一人だった俺は、後ろの席の女子─この一ヶ月も授業中やその他諸々で奇行を繰り返していた藤原に話しかけた。


「部活、入った?」


「入ったよ」


「入部届を出せたのか!締め切りまでに」


「家の人が持たせてくれたよ。学校から帰る直前にLINEもくれたから」


「なるほど」


 確かに小学校時代は配布物には保護者の事を『おうちの人』と書いてあったが、『家の人が持たせてくれた』という言い方には違和感が残った。


「で、どこに入ったの?」


「職員室」


「そうじゃねぇよ。部活。何部に入ったんだよ」


「バレー部と文芸部」


「バレー部?」


「そう」


 文芸部は分かる。歴史に地理、数I数Bコミュ英その他諸々ありとあらゆる教師に嫌われている中、藤原は現代文の教師には気に入られていた。だがバレー部?クラスで完全に孤立している彼女が?それにこれは偏見だが女子バレー部ってのはいじめとかの類がエグそうだ。サッカー部もだけれど。


「意外だ。運動するようには見えなかった」


「体が小さいから?」


「それと団体競技をする様に見えなかったな」


「たまには群れてもいいかなって」


 明らかに見下してる。彼女は何かと他人を見下す発言が多かった。だが悪意を持っているようには見えず、あたかもそれが普通のような雰囲気さえ出していた。


「きっとすぐハブられる」


「別にハブられるのは慣れてる。でももし何かされたりしたら毅然と振る舞うよ。藤原家は借りを返す」


「変なドラマの見過ぎだろ」


「知ってるの!?」


「トイレ行ってくる」


 嫌な予感がしたので俺はそそくさと席を立った。あのキラキラした目、そのドラマについて延々と語られるに違いない。彼女の口は弾の尽きないマシンガンだ。銃身が焦げても撃つのをやめない。こないだ俺に光とか時間がどうのこうのと喉が枯れるまで話し続けて次の日体調不良で学校を休んだ。


 彼女いわく、光の速度で進んで時間が止まるのなら光が地球を七周半するのに一秒時間が進むのはおかしいらしい。どこかで見たのか彼女自身が考えたのか、妙に完成された理論を延々と語られた。そんな事を考えてる暇があったらもう少し小テストを頑張れよ!


「よう橋下。災難だったな、トイレ行こうぜ」


「おう」


 教室から出ようとしたら野田がいた。机にリュックを置きに行ってから俺の横を歩く。


「何の話を聞かされそうになってたんだ?」


「あいつが見てたマイナーなドラマを俺が知ってたんだ」


「うわぁ絶対めんどくせぇ」


「だろ?」


 そうして俺は野田と一緒にトイレに退散したが、それは姑息な手段だった。席に戻るや否や、俺は彼女のマシンガントークで蜂の巣にされた。だが幸い彼女は俺の返事を求めなかった。たまに俺に問いかけることがあるが、無視しててもすぐ続きを話し始める。はなから聞く気など無いんだろう。


 授業が始まって彼女の声が全く聞こえなくなった。不気味だったので後ろを振り返ってみると、机に突っ伏して寝息を立てている。教師は何も言わなかった。わざわざ起こして下らない揚げ足取りや違う解釈を語られたく無かったのだろう。


 小テストではゴミのような点数しか取れないのに、高校の範囲では説明できないような高度すぎる質問をし、まれに教師がそれについて説明し始めてもしばらく立てば全く話を聞いていない彼女。更に、勝手に他人のペンや消しゴムなどを使って何も言わず去っていく。教師に限らず、周りからの悪意は次第に露骨さを増していった。

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