ともすれば君は

駿河 健

第1話 異質な少女

 入学式そうそう、彼女はいなくなってしまったのだ。


 担任の引率があって、受験の時に見た顔がちらほらあるクラスメイト同士で体育館の花道の前に整列する。その時、彼女は唐突に列を離れてしまった。


「ちょ、ちょっとどこ行くの?」


 そんな担任の声も無視して、彼女は渡り廊下をすたすたと歩いて行った。顎くらいの高さで切りそろえられた綺麗な髪が風になびく。その様子を振り返って見ていると、俺の後ろの方から男子生徒の声が聞こえた。


「なんなんだろうな」


 クラスメイトの1人、野田とは少し話すようになっていた。出席番号順の席がすぐ前のやつで、入学式前に俺に早速話しかけてくれた。彼女が歩いていくのを訝いぶかしげに見る野田に、俺は肩をすくめて応える。


「さぁ」


 教室で野田と初めて話した時、俺の後ろの席に座っていたのがその子だった。受験の時に見たことがある子で、小柄であどけない印象を受ける顔立ちだった。


「よろしく」


 俺は野田がしてくれたように、後ろを向いて彼女に話しかけた。相手も、俺と同じように『よろしく』と返してくれると思ったが......。


「名前なんて言うの?」


「え、えっと、橋下。そっちは?」


 いきなり名前を聞かれすこし面食らってどもってしまった。


「下の名前は?」


 なんだか、会話が嚙み合わない。この時点で、俺は既にこの子から異質さを感じ取り始める。


「え、えっと、アクアだ」


「なんて漢字書くの?」


「海......って書く。はは、読めねぇよな......」


「あぁ、キラキラネームだね! でも、アクアってどっちかって言うと真水だよね? なのに海?」


 周りでその話が聞こえていた数人含め、俺は固まった。なぜそんな直球で、しかもわざわざそんな大声で言うのか。真水か海かなんて俺の知ったところではない。

 前を向くと、野田が同じく凍りついてこっちを見ていた。それから間もなく、後ろから声が聞こえてきた。


「あっ、失礼だったよね今の。ごめん! 私ね、藤原ふじわら紗奈さなって言うの」


 大抵の人はそうするだろうけど、俺は無視を決め込んだ。すると藤原が俺の肩をトントンと叩く。何かと思って振り返ると、藤原は小さな包装のチョコレートをひとつ俺に見せてきた。


「お詫びのしるしに、これ」


「ああ、どうも......」


 よく食べるやつだったので、俺はなんとも言えない感情でそれを受け取ろうとした。その時、野田が言った。


「きっしょ。なんだソイツ」


 藤原はそれを聞くと、俺から目を逸らしてちょっと眉をあげ、差し出したチョコを引っ込める。だが、俺は無類のチョコ好きだった。


「いや、ちょうだい」


「あ、うん」


「ありがとう」


 チョコを受け取ると、藤原はスンと無表情になった。何を考えているのか全く分からない。そこで野田が眉をひそめて言った。


「大丈夫か? そのチョコ」


「これ好きなんだよ」


 俺はそう言って包装を取ってそれを口に放り込んだ。彼女は若干の笑みを浮かべたようだった。その後の入学式で、彼女は消えたのだ。



 入学式の後、野田が家族の迎えで帰ってしまい、俺はひとりだった。

 そして帰り道で、俺はずっと行方不明だった藤原と会い、歩きながら目が合ったので、俺たちはそのまま話し始める。


「どこ行ってたんだ?」


「散歩。学校の中はどんな感じかなって。南館に各クラスのホームルームがあって、西館に音楽室、図書室、美術室、視聴覚室とか他にも特殊な教室がある。北館は職員室や理科室があるの。でもおもしろいのはここから。理科室が9個もあったの!」


「へ、へぇ~」


「物理とか地学とかそれぞれの分野に2個ずつ教室があるの。それで図書室にはね......」


 どこに行ったかを聞いただけだったのだが、彼女は自分が見た気になる物、面白かった物をひっきりなしに話し続け、その度に教室の位置関係や校舎の構造まで説明するので、俺はすっかりそれらを覚えてしまった。彼女とは電車の方面が同じで、電車の中でも俺は延々とその話を聞かされる事になった。とりあえず、俺はいったんこの子とは距離を置くことにした。

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