第24話 ウサギと恐竜

「ただいまぁ」

「あら、お帰りなさいサト……あら、なにを買ってきたの? その袋?」

 祖母が帰ってきたばかりのサトに訊ねる。その手には膨らんだ白いビニール製のショッピングバッグが握られていた。

「あぁ、これ? 見てこれ! じゃーん!」

 サトはにこにこと笑って、袋からレンにもらった恐竜のぬいぐるみを取り出した。

「まあ、ぬいぐるみ!」

「そう、トリケラトプス! なんと、プテラノドンもあるんだよ!」

「そう、良かったわねぇ……私はあまり恐竜のことは詳しくないけれど……あ、それもしかして、彼氏さんからのプレゼントかしら?」

 にこにこと笑って問う祖母の台詞に、サトは思いっきり眉根を寄せた。

「ばあちゃん、あいつは彼氏じゃなくて単なる会社の上司だから! これはさ、買ったんじゃなくて、ゲームセンターのクレーンゲームの景品なんだよ」

「ゲームの景品なの? まあ、随分立派なのねぇ」

 祖母はサトから手渡されたトリケラトプスのぬいぐるみをしげしげと見つめながら言った。

「トリケラトプスはね、このツノと襟飾りが可愛いポイントなんだ!」

 サトは懸命に祖母にアピールした。

「そうなの……なんだか動物のサイに似てるわねぇ……目はつぶらで可愛らしいけど」

「……ばあちゃんは、ウサギのぬいぐるみの方が好きそうだよね」

「そうね、私はウサギさん好きよ」

 サトの言葉に、祖母はにこりと微笑んだ。

「あいつ、ちゃんとお母さんに渡したかな……」

 ふとサトはレンがクレーンゲームで取ったウサギのぬいぐるみを思い出した。

 淡いベージュカラーも可愛らしい、ウサギのぬいぐるみだ。

「おぉ、サト……帰ったか」

 二人が話しているところにヤジロウが顔を出す。

「勝負には勝ったかのぅ?」

「えっ……いや、その」

 ヤジロウからのストレートな問に、サトは気まずそうな表情になって視線を逸した。

「ぜ、全敗した……」

「なんじゃ、負けたのか……情けないのぉ」

 ヤジロウは大きなため息を吐きながら言った。

「ま、負けたって言っても、ゲームセンターのゲームでだからね!」

 サトは悔し紛れの言い訳をヤジロウに向かって叫ぶ。

「じゃあ、このぬいぐるみを取ったのも彼氏さんってことなのかしら? ふふ、やっぱりサトへのプレゼントなのね……優しい人なのねぇ、彼氏さん」

 祖母は穏やかな笑みを浮かべながら言った。

「ばあちゃん! 彼氏彼氏って、彼氏じゃないってば! もう、着替えてくる!」

「はいはい、大事なぬいぐるみ忘れないでね」

 叫ぶサトに、祖母はトリケラトプスのぬいぐるみを手渡す。

「あ、ありがとう」

 それをおずおずと受け取ると、サトは足早に自室へと向かった。

「さてと、じゃあ晩御飯の準備をしましょうかね」

 祖母はダイニングキッチンへと足を向ける。

「今日の課題は無事達成したのかのぅ……反省会が楽しみじゃわい」

 ヤジロウはその場で一人、ニヤリと笑っていたのだった。


「ただいま……」

「お帰りなさい、レン」

 母は帰宅した息子を玄関まで出迎えた。

「……これ」

 レンは自室に引き上げる前に母を振り返り、手にした袋から淡いベージュカラーのウサギのぬいぐるみを取り出した。

「……これは、いらないって言われたから」

 レンはウサギのぬいぐるみを見つめながらぼそりと言った。

「……これ、母さんにくれるの?」

「……そうしろって……言われたから」

「……そうなの……ありがとう……」

 母は微笑を浮かべ、レンからウサギのぬいぐるみを受け取る。

「優しい人なのね……あなたがお嫁さんに選んだお嬢さんは」

 母は目を細めてウサギのぬいぐるみをじっと見つめた。

「……どんな女性なのかしら……早く会ってみたいわ」

「……ウサギより恐竜を選ぶような女性だよ……じゃあ、おやすみ」

 レンは静かに言い踵を返したが、ふと足を止めた。

「……母さん、なにか食べるものある?」

「……晩御飯? ……あなたの分、作ってあるわよ」

「わかった。後で食べる……ありがとう」

 小さな声で礼を言い、レンは再び自室に向かって歩き始める。

 遠ざかるその背を、母はウサギのぬいぐるみを抱きしめながら見つめていたのだった。

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