第22話 焼肉ランチ
「ここだよ、安くて旨い焼肉ランチの店! しかも十五時までランチメニュー頼めるんだぜ!」
サトはあらかじめチェックしていた焼肉店の前で立ち止まり、腕時計を見た。
「まだ十四時半だから、ランチに間に合うぞ」
「ふぅん……ランチのコースは三段階あるのか……」
レンは店先に掲示してあるランチメニューが書かれたボードを見ながら言った。
そこには三つのコースの内容が書かれている。
「一番安いコースでも十分ボリュームがあるからな……この具沢山のスープだけでも腹いっぱいになりそう」
サトはショーケースに並んだサンプルをしげしげと眺めた。
「一番高いコースにしよう……今日はいい肉を食いたい」
「えっ、いいの? やったあ!」
レンの言葉にウキウキしながら、サトは店に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
店内は昼食時を少し過ぎていても、週末とあってそこそこ混んでいる。
「他にも頼みたいメニューがあったら、頼んでもいいぞ」
通されたテーブル席につき、メニュー表を眺めるサトにレンは言った。
「さっ、さすがは隊長……太っ腹! じゃあさ、タン塩頼んでいい?」
瞳を輝かせるサトに、レンは微かに笑って頷いた。
「俺はビールを頼もう……お前はどうする?」
「あ、いや、私は酒は飲めないんだ。オレンジジュースでいいよ」
「……そうなのか」
レンは頷くと近くにいる店員を呼び寄せる。
「ランチの特上コースとタン塩、オレンジジュースを二つずつお願いします」
レンが店員に伝えた言葉にサトは目をパチクリさせた。
店員は手にした伝票に数を書き込むと、テーブルのコンロに火をつけ、その場を去って行く。
「え……なんでビール頼まなかったの?」
サトが不思議そうに言った。
「別に……ただお前と同じものを頼みたかっただけだ」
「……別に気にしなくてもいいのに」
「飲みたくなったら後から注文する……それより、酒飲めないんだな」
「あぁ、一度飲んだことがあるんだけどさ、気持ち悪くなっちゃって……酒が飲めないから隊の連中からも飲みに誘われないし、なんか人生損してる気がするよ」
サトは苦笑いを浮かべながら言った。
「隊長は飲めるんだな……羨ましいよ」
「そうか? まあ、飲みに行くのもたまにしかないし、話すことも仕事のことだったりするから、そんなに楽しくないぞ」
「え? そうなんだ……てっきり趣味の話とかするのかと思ってた」
サトは意外だ、といった表情を浮かべる。
「おまたせしました、オレンジジュースです」
そこへオレンジジュースの瓶二本と、コップを二個持った店員がやってきた。そして慣れた手つきでジュースの蓋を外して去っていく。
「俺と同じ趣味をもってる奴は、周りにいないんだ」
オレンジジュースをコップに注ぎながら、レンは言った。
「へぇ、そうなんだ……ところで、隊長の趣味ってなに?」
サトもレンと同じようにジュースをコップに注ぐ。
「……読書」
「読書かあ……で、なに読むの?」
「小説も読むし漫画も読む」
漫画、と聞いてサトは図書室での事を思い出した。
「私も漫画は好きだよ。少女漫画は苦手だけどな……少年漫画とか青年男性向けの漫画が好きだな」
サトはオレンジジュースを口に運びながら言う。
「隊長は『女がそんなもの読むんだな』って言ってたけどさ、あの漫画は女性ファンも多いんだぜ。ストーリーも面白いし、キャラもかなり個性的でイケメン揃いだし」
「まあ、確かにそうだな……その考えは改めることにするよ……それにしても、ジュース甘いな」
真面目な顔でしみじみと言ったレンに、サトは思わず笑った。
「そりゃあ、オレンジジュースは子供向けの飲み物だからな……私のことは気にしないでビール頼めよ……ほら、ちょうど店員さんが肉を持ってきてくれたし」
「特上ランチにタン塩です」
店員がワゴンからテーブルに次々と品を置いていく。
「すみません、ビールをください……」
「ノンアルコールのビールはありますか?」
サトはレンに続いて店員に訊ねる。
「はい、ありますよ。ではビールとノンアルコールビールをお一つずつでよろしいですか?」
「はい」
サトは笑顔で店員に頷いた。
「……無理に俺に付き合わなくてもいいんだぞ?」
店員が去った後、コンロに肉を並べながらレンは言った。
「……いや、たまに飲むんだ……ノンアルコールのビール。味は嫌いじゃないから」
「……そうか……」
ジュウジュウと肉や野菜が焼けていく音と匂いが、白い煙と共に周囲に広がっていく。
「肉にはジュースより、ビールの方が合うしな」
「おまたせしました、ビールとノンアルコールビールです」
店員がビール瓶二本とコップ二個を置き、先程のジュースの時と同じように蓋を開けて去っていく。
「注いでやるよ」
サトがビール瓶を手にして笑った。
「……悪いな」
レンは微笑を浮かべてコップを手に取る。
金色の液体と白い泡が、美しいコントラストをコップの中に描く。
レンはノンアルコールビールの瓶を手にすると、サトの手の中にあるコップに中身を注いだ。
「乾杯!」
サトは満面に笑みを浮かべて、レンのコップに自分のコップを合わせた。
レストランのグラスとは違い、上品な音は立たなかったがそんなことはどうでも良かった。
「肉、焼けた!」
レンは嬉しそうに焼けた肉とノンアルコールビールを楽しむサトを、目を細めて見つめていたのだった。
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