第18話 理由
「そっか、シノ物流の人達は皆優しいねぇ」
いつもチカと二人で昼休みを過ごす公園で、チカは笑って言った。
二人はいつものようにベンチに腰掛けながら、昼食をとっている。
「うん……ほんとに心苦しいったらないよ……」
サトはげんなりとして手にしたおにぎりを齧った。
おにぎりは祖母が握ったもので、中にごろっとした鮭が入っている。
「アイダさんもオオタさんも、私を思って言ってくれたんだと思うとさ……」
「うん……そうだよね……でもいいじゃない。今後の参考にすれば。オオタさんの話は、私も参考にしたいからよく覚えておこう」
チカは昼食のサンドイッチを口に運びながら言った。チカの昼食はいつもの自分の手製のものだ。
「……まあ、チカの役に立ったならいいか……」
少しだけ気を取り直し、サトは微笑を浮かべた。
「……実はサトに言えずにいたんだけど、私ももらったんだ、エンゲージリング」
「えっ」
サトは目を丸くして、はにかんだような笑みを浮かべるチカを見つめた。
「そりゃめでたい!」
少しの間を置いて、サトはパッと表情を輝かせた。
「ありがとう、職場には内緒だから指輪はお出かけの時にしかつけられないのが残念だけど」
「……そっかあ……式は来年?」
「うん、一年後位かな……今彼と式場を選んでるところなんだ」
式場、との言葉にサトがハッとする。
「そうか……一般的には式を挙げるもんだもんな……両家顔合わせとかしてさあ……擬装結婚には必要ないけど」
「まあ、そうだね……擬装ならね」
言いながら、チカはちらりとサトの薬指で輝く指輪を見た。
「擬装だよ。指輪を返す時に使う箱も、ちゃんと持ってるし」
「そうなんだ……なぁんか、複雑なんだよなぁ……」
チカはふと表情を曇らせた。
「病気のお父さんの為とは言え、薬指に指輪を嵌めてるのって、サトは辛くないの?」
チカからの指摘に、サトの胸はドキリとした。
「そりゃ、エンゲージリングは単なる指輪だけどさ……嵌めてる間はずっとその存在を感じるし……サトの性格上、それってすごくストレスになりそうな気がするんだよね」
「……さすがチカ……ほんと、奴に成功報酬を倍以上請求してやろうと思ってるんだ」
サトは真面目な表情で言った。
「うん、それでいいと思う」
チカも真摯な表情で頷く。
「そういえば、動物園に行ったんだっけ? 二回目のデートで」
「あ、そうそう忘れてた……動物園でチカにお土産を買ったんだった」
チカに話題を振られ、サトは思い出したようにポケットから手のひらに乗るサイズのぬいぐるみを取り出した。
「わあ、かわいい! ペンギンだぁ!」
チカはそれを受け取るとにこにこと笑った。
「ありがとう……サトは? なにか記念に買った?」
「私は……ふふっ」
「?」
サトが笑いをこらえながらチカに示したのは、ハシビロコウのぬいぐるみだった。やはり、手のひらに乗る位のサイズのものだ。
「ハシビロコウ? サト、この鳥好きなんだ?」
「……これ、隊長にそっくりで可笑しかったんだよ!」
サトは必死に笑いを噛み殺しながら言った。
「……楽しかったんだね、動物園」
チカは穏やかな笑顔を浮かべて言った。
「……まあ、行ったの久々だったしね……なぁ、チカ……」
ふと真面目な表情になってサトは言った。
「相手の手を取りたくなるのって、なんでだと思う?」
「え? 手を取る……って……手を繋ぐってこと?」
チカは少し考えながら問い返す。
「……まあ、傍から見たら手を繋いでるように見えるんだろうけど」
ゴニョゴニョとした口調でサトは言った。
「……手、繋いだんだ? やるな、ヒラド隊長」
「……い、いや、そうしたのは私なんだ」
「えっ?」
予想外の答えにチカは絶句した。
「……そうだったの? サト……いつから……」
「いや違う、奴に好意なんてないんだ! それなのに、どうしてそんな行動したのか自分でもよくわからなくて……」
困惑したような表情で俯くサトを、チカはじっと見つめた。
「なにか、きっかけとかあった?」
「うん……なんかさ、寂しそうに見えたんだ……その時だけだけど……そう思ったら体が勝手に動いてた」
「寂しそう、か……確かに普段のヒラド隊長からは、そんな感じは少しもしないよね……」
言いながら、チカは社内でのレンの姿を思い出す。
一個隊の長ということもあるだろうが、いつもパリッとしたような雰囲気を醸し出している。それでいて甘いマスクをしているから、事務方の女子社員に隠れファンが多いのだ。当然“寂しい”などという感情など無縁に思える。
「……放っとけないって……思ったんでしょ、サトは……それは恋愛感情からじゃなかったかもしれないけど、ヒラド隊長は嬉しかったんじゃないかな?」
チカの言葉に、サトはハッとした。
「私も嬉しかったもの……海から連れ出されて『放っといて』って言った私を、サトがただじっと抱きしめてくれたあの時」
チカはその当時の事を思い出し、目を細めた。
「……あの後、二人して風邪ひいたっけな」
サトも思い出したように言い、笑った。
「……そうか、だからあの時手を離さなかったのかあいつは……」
サトは呟き、晴天の空を見上げた。
「なんかスッキリした気がする。ありがとう、チカ」
「ううん……」
サトから笑顔を向けられ、つられたように笑ったチカの胸には、ほんの少しだけレンを羨む気持ちが湧いていたのだった。
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