深海海底都市

板チョコ

「人間嫌いの」第五都市

第1話「出会い」

 まるで水の中に居るように、こもった泡が弾ける音が聞こえる。身を包む重さも感じる。しかし不思議と寒さは感じない。それが潜水服のようなもののおかげだとわかったのは、覚めた視界が丸く切り取られていたからだ。

 どうやら此処は本当に水の中らしい、水圧に負けそうになりながらも体を起こす。


「あ! 起きた! キー、人間さん起きたよー!」


 視界を金髪の女の子が覗き込んだ後に、ピンク色の尾が覆う。そして泳ぐことによって押し出された水でまたベッドに倒れ込んでしまう。なんて強烈なパワーなんだ。当たらなくて良かった。

 ピンクの尾を持った子が戻ってきた。人間のような姿をした男の子も一緒に泳いで来たが、彼の手は水かきの部分が大きく首にエラのようなものがついている。


「ねーねー人間さん! 人間さん何処から来たの? やっぱり地上だよね!?」

「ルーン、お前の質問はあ、と、だ。どうも、人間さん」


 どうも、と手を上げられたのでこちらはぺこりとお辞儀をしてみる。そうすると男の子は笑顔になってくれた。


「礼儀正しいんですね。では早速質問なんですけど、貴方のお名前は?」

「……アンカー。だったはず」


 自分の名前を口に出す。あぁそうだ、自分はアンカーだ。思い出した。自分は人間でアンカーである、それ以外を思い出せないことも。


「だったはず。もしかして記憶が曖昧なんですか……?」


 えー!? と隣で驚く女の子。男の子はふむ、と考え込む。


「じゃ、じゃあさ……どうやって此処まで来たのかも覚えてないの!?」


 それも覚えていないから頷いた。そんなー!? と明らかに落胆する彼女を無視して考え込んでいた彼は話を続けた。


「では、此処がどのような場所かもご存じないようですね」

「てかキー、この人間さん声とか背丈的に私達と年齢同じくらいじゃない? そんなかしこまらなくても」

「うるさいなーお前は! お前はあ、と、だ!」

「いでで」


 頬をつねられる元気な中学生くらいに見える彼女と、それに明らかに苛立つ同い年くらいの男の子を見て困惑する。自分は何を見せられているのだろう。つまらなくはないが、正直此処が何処かの説明を早くしてほしい。そうしないと、自分が何故此処に来たのかもきっとわからないままだから。


「と、すみませんね」


 困惑する自分に気づいたらしく、男の子は苦笑して自己紹介をしてくれる。


「申し遅れましたが、俺、じゃなくて私はキー・グリーンヒルと申します。このうっせぇのはルーンです」

「うっせぇって! 酷いなぁ。あ、ルーン・イディアだよ! よろしくね」


 ルーンと名乗った子は自分の手を握りぶんぶんと振り回す。握手のつもりなのだろう。それをキーが注意する。どうやらこの二人はいつもこんなノリのようだ。なんだか羨ましい。きっと此処に自分が知る人も、自分を知る人も居ないだろうから。


「はー……ルーンが居るといつもこうだよ。気を取り直して此処について説明しますと、此処は五つある魚人達の都市の内一つです。通称第五都市……まぁ名前の通り五番目にできた都市ですね」

「乗り物の開発は盛んだけどそれ以外はなーんにもない! つまんない都市だよ」

「……まぁ、否定はしないけど」


 魚人というのは、きっと彼らのような存在のことを言うのだろう。人間と魚の特徴を併せ持つ存在。そして此処は乗り物の開発が盛んらしい。……水中の乗り物、一体どんな形をして何で動かしているのだろうか。


「とにかくっ! 見た方がわかりやすいよ。行こっ」


 握りっぱなしだった腕を引っ張られ、ふわりとベッドから地面に着地する。それを確認してから……思いっきり引っ張られる! 折角地に足ついたというのに、また体が浮く。


「待てルーン! そもそもこの都市は……!」


 何か言いたげなキーを置いて、彼女と自分は家の外に飛び出した。

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