分からないものはこわい
千子
第1話
数百年前、宇宙から神様が来た。
何を言っているか分からないかもしれないが、過疎化の進んだこの村ではそうやってお社にある黒い数センチの毛が生えた黒いまりもみたいな物を神様と呼んで祀っている。
なんでも、数百年前に空から隕石みたいに落ちてきて、それ以来村の守り神として祀っているらしい。
幸い落ちたのが山中だったから怪我人もいなくて良かったらしいけれど、クーデターが出来るほどの衝撃だったとか。
だからってなんでそれを神様として祀るのかよく分かんないが、この神様、隕石にしては毛が生えているし何より食べるのだ。
お供物を差し出しておけばいいんだけれど、それがないとそこら辺の木や動物を食べてしまう。
最早神様というより厄災じゃないかって思うし、数百年前に落下してきた時には不気味な物体、怪しげな物体、妖怪かとも思われ研究され当時の首都から偉い学者先生も呼んで解明してもらおうとしたけれど、結局正体は分からずじまい。
しかもその時は今よりもっと小さかったらしく、手のひらで収まるサイズだったらしい。
お社の中を興味本位で見た今は俺の膝くらいある。
そんな訳のわからない物体と数百年、この村は暮らしてきた。
それが壊れたのは数週間前。
過疎化したこの土地は移住者を募集していて、そこに農業をやりたいという若者がやってきた。
そして神様を物珍し気に村人から聞いた些細と共に写真をSNSに投稿すると、一気に人が押し寄せてきた。
俺は生まれる前から神様がいたから特別感なんてなかったが、意味がわからないものが都会の連中になんらかの興味を惹かれたんだろう。
そうすると今度は村の連中だ。
今までひっそりと神様を祀っていたお社をテーマパークみたいにしだした。
神様と触れ合おうなんて馬鹿げた名称で、神様に供物を差し出すイベントまで開催されている。
観光客はおっかなびっくりで未知の生物に餌という生肉を与えてははしゃいでいた。
何がそんなに面白いのか俺にはまったく分からなかった。
だって、何かも分からない存在なんだぜ?
この数百年、この村にいたかもしれないけどその存在は未だに分からない。
分からないものはこわい。
他の連中はそうは思わないようで、祀っていた筈の神様で遊んでいる。
付喪神とかいうだろう?
あいつもそんな風に数百年祀られている間に意思でも持って本当に神様になっていたらどうすんだろう?
この時までは俺も過疎った村が少しの賑わいを見せるのを喜びつつ神様のあまりの扱いに釈然としないものを感じていた。
事件が起きたのは一週間後だった。
俺は出店のたこ焼き目当てで偶然居合わせただけだけど、その光景は目から焼きついて離れない。
神様が人間を食べ始めたんだ。
お供物をしていたのに。祀っていたのに。
いつものように供物を捧げて記念写真を撮る観光客をぴょんと飛び上がり頭からバリッと食べていった。
そうしたら神様に細い棒のような足が生えた。
そのまま走り回って他の人間を食べる度に手が出来て、大きな一つ目が出来て、大きな口が出来た。
その場にいた人々から阿鼻叫喚の騒ぎが聞こえる。
観光客も車に乗って一目散に逃げ出した。
俺は慌てて走って帰ると家族の靴が揃っていることを確認し家の鍵を閉めて家族の安否を確認した。
みんな居て不安そうにしていた。
父さんが「大丈夫だ。大丈夫」と震えを押し殺していうものだから従うしかない。
念の為自室にも鍵を閉め窓の鍵が掛かっているのを確認してカーテンを閉じてヘッドフォンで耳を塞いだ。
悲鳴は一晩中続いた。
寝れない夜を過ごし、翌朝明るくなったので恐る恐る少しだけカーテンを開けたら、その隙間越しに神様と目が合った。
ぎょろりとした目玉でこちらを見詰めていた。
俺は人生で一番声が出た。
食べられる!!
カーテンを閉めて窓から離れると、神様は窓をドンドンと叩いて開けようとしてくるが、窓は破られない。
「大丈夫か!?」
父さんがドア越しに訊ねてくれるがこのドアをもし開けて神様が家族を見付けたらと思うと開けられない。
「大丈夫、まだ大丈夫」
震える声で答えると、父さんはこっちに避難してこいというが、そちら側から鍵は掛けられない。
どうしようか悩んでいる間にやがて諦めたのか静かになった。
もう一度、ほんの少しだけカーテンを開けるとそこには何もいなかった。
俺はほっとして自室から出てリビングに集まっていた家族と合流した。
「ああ、良かった!無事だったんだな!」
父さんと母さんに抱かれて、ようやく人心地着いて恐怖が一気に寄せてきて少し泣いてしまった。
そこからは静かだった。
家族で村中の知り合いに連絡して安否を確かめた。
数名、連絡がつかない人がいたけれど、そういうことなんだろう。
皆、自宅から窺うだけだったけれど、神様の姿はどこにも見当たらなかった。
二日して、村人で話し合って外へ出てみた。
村の中は酷い有様だった。
神様の食べこぼしかのような手足や頭が散乱していて、あまりの惨状に嘔吐した。
警察には家に出る前から電話してあったからかすぐにきてくれたが、あまりの惨劇に絶句していた。
神様がやったと言って信じてもらえるだろうか?
いいや、それより神様はどこへ?
神様は山へ行ったのかもしれない。
それじゃあどうしようも出来ない。
元から人間が相手に出来るやつじゃない。
でも、また目の前に現れたら?
俺達は神様のいる山と村を放り投げて各地へ逃げていった。
もう遠く離れたところまで引っ越したが、今でもあのぎょろりとした目玉を思い出す。
あれは神様でもなんでもなかったんだ。
やっぱり、なんでも祀ってはいけない。
なんで急に神様があんな凶行に及んだか分からないが、わからないものを考えても仕方がない。
分からないものはこわい。
分からないものはこわい 千子 @flanche
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます