第7話 野菜炒めは涙の味

 帰宅後――。


「………………」

「………………」


 台所に立つ俺と天使さんの前に並んでいたのは、キャベツや豚のこま切れ肉などの野菜炒めに使う食材たち。もちろん、調味料もスタンバイオーケーだ。


「よーしっ! 頑張るぞー!!」


 隣の天使さんは気合十分といった顔で腕を突き上げる。


「お、おおぉー……」


 控えめなガッツポーズをしながら、その目はチラチラと天使さんの服装へと向いていた。


「…………っ」


 天使さんと天使の力を使って作り出した白のエプロンの組み合わせは、まさに至高の一言だった。


「………………」

梨久りくくん?」

「……あっ。えっと、まずは手を洗いましょう……っ!」

「う、うんっ」


 ――なに動揺してるんだ、俺……。


 いくら、今の天使さんが台所に立つ母親に似ているからって……。


「洗ったよーっ」

「……あ。手を洗ったら、まずは包丁を持つところから始めましょう……っ」

「うん。えっと……こうかな?」

「合っていますけど、刃の先端を上に向けないようにしてください。危ないですから」

「わかった!」


 いい返事だが、怪しいことこの上ない。


 ――ふぅ……。今まで、数えきれないくらい作ってきた料理だけど。誰かと一緒に作ったことがないから、なんだか緊張するな……。


「――大丈夫だよ、梨久りくくんっ」

「……そう言うなら、今すぐに包丁の先端を下げてください」

「あ、あははは……っ」


 ――ほんとに、大丈夫なのか……?


 ……。

 …………。

 ………………。


 最初は不安だったが、さすが天使と言ったところか。天使さんの飲み込みは早く、料理経験者のような手捌きであっという間に食材を切り終えた。


「まず、中火で熱したフライパンで豚のこま切れ肉を炒めていきます」

「うんっ」


 豚肉は念入りに火を通しておかないと危険なため、焦がさないように気をつけながらじっくり焼いていく。


「きちんと火が通ったら、塩こしょうで味付けをして一度取り出します」

「オッケー♪」


 一旦、用意していたさらに肉を移すと、フライパンの油をキッチンペーパーで軽く拭き取る。


「次にフライパンを強火で熱してから、ニンジン、もやし、キャベツを順に炒めていきます」

「その順番って、なにか理由があるの?」

「火が通るのに時間がかかるものから入れていかないと、他のものが焦げちゃうんですよ」

「へぇ~」


 それから天使さんが食材を炒めること、数分。


「キャベツがしんなりしてきたら、さっき炒めた豚のこま切れ肉と好きなソースを入れて、味をなじませます」


 ――ここまでくれば、あとは器に盛りつけて……


「完成~~~っ♪」


 天使さんの声が部屋中に響き渡った――。






 その後。


 出かける前にセットしていった炊飯器からご飯を茶碗によそうと、お湯を注ぐだけでできるインスタントの味噌汁を用意する。


 ほんとは冷蔵庫の味噌で造りたかったが、野菜炒めに時間を取られて作る気が失せてしまった。


 ――まぁ、インスタントも美味しいし……。


 と自分に言い聞かせながら、野菜炒めを盛った皿をテーブルの上に置いた。


 ――食欲をそそる見た目と香ばしい香り……。うんっ、完璧だ……っ。


 ぐぅううう~~~。


「ん?」

「あぁ……えへへへっ……。もう我慢できないみたい……っ」

「……ふっ。じゃあ、食べましょうか」

「うんっ!!」


 俺がローテーブルを挟んで向かい合うようにして座ると、


「いただきます」

「いただきますっ!」


 早速、天使さんは豚肉とキャベツをゆっくりと口に運んだ。


「……っ!! 梨久りくくん! これ……美味しい~~~♪♪♪」


 それは、お日様のような眩しい笑顔だった。


「喜んでもらえてよかったです。頑張って教えた甲斐があります」

「えへへっ。あっ、梨久りくくんも早く、早くっ!」

「はいはい。さあー、どれどれ……」


 緊張した面持ちの天使さんに見つめられながら、箸で掴んだ豚肉とキャベツを口に運んだ瞬間、




「――――――――――――ッ」




 俺は目を見開き、体が金縛りのようにピクリとも動かなくなった。


「……っ!!?  梨久りくくん……?」

「あ……ああ……っ」




 俺の頬に…――――――涙が伝った。

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