伯爵令嬢に婚約破棄された最強の魔法剣士は見習い冒険者の教育係になる〜「あなたとよりを戻しても良くってよ」と言われても、優しい教え子がいるので、こちらから願い下げだ〜
神伊 咲児
第1話 婚約破棄
「ゼイグランド・オルゼ。あなたとの婚約は破棄します」
と言ったのは俺の婚約者、ミレーネア伯爵令嬢である。
俺は瞬くだけ。
なにせ、ここは貴族が集う社交界。
その数は100人を超える。
そんな場所で言うことなのだろうか?
冗談なのかもしれない。
などと救いを求めるような思考が一瞬だけ頭を過ぎる。
しかし、それは明らかに甘い考えだと思い知らされた。
彼女の隣りには端整な顔立ちのアレックス公爵が立っていたのだ。
彼は白い歯を見せながら勝ち誇ったように振る舞う。
「おお。ゼイグランド殿。あなたはなんと哀れな存在なのだ!」
どういう意味だ?
「一介の騎士団長程度の人間が、この美しいミレーネアの婚約者などに相応しいわけがないだろう」
確かにそうかもしれない。
彼女のような美人が、俺の婚約者になるのは不釣り合いだったのかもしれないな。
しかし、彼女は初めての恋人だった。そんな人に婚約破棄を突きつけられるなんて、混乱せずにはいられないだろう。
思えば、婚約のきっかけは、ミレーネアの方からだった……。
1年前。
あの時、彼女は19歳で俺と同じ歳だった。
目の前に立つ彼女は、頬を赤く染めていた。
「わ、
初めてだった。
モテない人生だった俺に、彼女ができた。
しかも、かなりの美貌だ。
彼女の髪はエメラルドのように輝いていた。
その目は猫のように魅惑的で、見つめられると心が騒ぐ。
肌は白磁のようで気品に満ちていた。
俺は夢中になった。
毎日が薔薇色とはこのことだろう。
無表情だとよく言われる俺だったが、明らかに笑うことが増えた。
それから直ぐに婚約して、本当に最高の人生だった。
だから、俺は彼女のために必死に努力をして騎士団長になったんだ。
彼女に似合う男になるために。
俺は求めるように見つめた。
「ミレーネア……」
嘘だと言ってくれ。
しかし、彼女は笑う。
そこに一切の憐れみはない。
ただ、無邪気に、その振る舞いが当然とでもいうように。
「あははは! 何、その顔! あはははは! あなたと本気で付き合っていると思っていたのかしら? あははは! 本当に、あなたってバカなんだから。あはははは!」
とても信じられないが、これが彼女の本心なのだろう。
彼女と付き合って1年。
俺は……遊ばれていたということか。
「嫌ですわ。その陰気臭い顔ぉ」
「はははは。男が笑顔を見せるのは紳士の嗜みですよ」
公爵の歯がキランと輝く。
その笑顔にミレーネアは恍惚する。
彼の胸に寄りかかった。
「アレックス様ぁ。見てくださいまし。この指輪ぁ……」
それは俺の努力の結晶だ……。
800万コズンで購入した、金でできた婚約指輪。
給料の3ヶ月どころではない。騎士団長1年分の借金をして、俺は彼女にプレゼントを送ったんだ。
「ブハハハ。なんですかな? そのゴミは?」
「本当ですわ! こんなゴミをプレゼントするなんてどういうつもりかしら? 本当にどうしようもない男ですわね」
「君にはこの指輪が似合うよ」
「まぁ、大きなダイヤモンド!」
明らかに俺のより高い……。
「こんな指輪。ゴミですわ」
ポイっ!
と、ゴミ箱に捨てる。
ああ……。
信じられん。
給料の1年分がゴミ箱に入った。
「ブハハハハ! 無様ですな。ゼイグランド殿! 子供のおもちゃじゃないのだから! あんな質素な指輪がミレーネアに似合うはずがないだろう! グハハハハ!」
アレックス公爵の笑いに釣られて、会場のみんなもクスクスと笑い始めた。
なぜ俺は笑われているのだろう?
「アハハハハハハハハ!」
「クスクス。いやねぇ。未練ったらしい男って」
「騎士団長レベルでミレーネア様はないわね」
「身の程を弁えた方がいいですな。ククク」
もうそこから記憶がなかった。
ただ、彼女の甲高い笑い声が頭の中で共鳴する。
「あははは! 哀れな男ですわ! あはははは!!」
帰宅後。
直ぐにベッドに座った。
そのまま朝を迎える。
「……俺は、振られたのか」
なんだかまだ信じられない。
夢であって欲しいと思ったが、どうやら現実のようだ。
彼女は、ミレーネアは……。
性格が終わっている。
初めての彼女だったので気がつかなかった。
いや、薄々気づいてはいたが目を瞑っていたのだ。
それが明確になった。
絶望していても仕方がない。
俺には800万コズンの借金があるのだ。
騎士団長の仕事なら1年以上はただ働きだろう。
「……ダメだ。まるっきりやる気が起きん」
3日ほど部屋に閉じ籠る。
その間は何も手がつかず、ずっと天井を眺めるだけだった。
心の傷は時間が解決した。
俺は今、王城へと向かっている。
そして、
「騎士団長。辞めます」
無謀な退職。
しかし、こればかりはどうしようもなかった。
ミレーネアのためになった職種を、いつまでも続けることはできないのだ。
さてそうなると、800万の返済方法だが、やはり、得意の剣技で身を立てるのが効率的だろう。
そもそも騎士団長になる前は魔剣士として冒険者ギルドに登録していたのだからな。
俺は、以前に所属していたギルド【新緑の咆哮】を訪ねた。
1階はギルドの受付と酒場。
2階はギルド長のいる事務所だ。
まずは受付に声をかけようか。
「ビッグはいますか?」
「ああ。ゼイさん、お久しぶりですね。今日は騎士団関係の依頼でしょうか?」
団長はさっき辞めて来たからな。
「今日は、ギルド長に相談があってきたんだよ。ビッグは2階でしょうか?」
「ビッグさんは先月にお亡くなりになられましたよ」
「何!?」
「ボーギャックドラゴンの討伐で深手を追ってしまったんです。ゼイさんにもお知らせはしたのですが、その時は騎士団の仕事で忙しいみたいでしたから、訃報の連絡が届かなかったんですね」
「そうだったのか」
「今は、ハーマンさんが新しいギルド長です」
知らない冒険者だな。
しかし、ビッグの跡を継いでいるのなら、その腕は認められているのだろう。
俺はギルド員の案内で2階の事務所に行った。
「ほぅ……。ロントモアーズ騎士団長殿が、こんな場所になんの御用でしょう?」
それは銀髪の女だった。
美しい顔立ち。左目には眼帯をしている。
露出の多い出立ちで、その大きな胸は今にもはみ出しそうに揺れていた。
「君がギルド長のハーマンさん?」
「ハーマン・シュア・ゴーネッドだ。呼び捨てで結構。フランクにいこう」
「ゼイグランド・オルゼだ。では、俺も呼び捨てにしてくれ」
「うむ。そうさせてもらう。それで何用だ? 王都でもやり手の騎士団長がこんな所に来るなんてな」
「俺を知っているのか?」
「新緑の咆哮で、お前の名前を知らぬ者はいないだろう。漆黒の魔法剣士ゼイグランド」
「昔の名だよ」
「そうか……。今は騎士団長だったな」
「もう辞めたんだ」
「え?」
「さっき辞めて来た。だから、ここで働きたい。雇ってくれ」
「ふぅむ。王城の騎士団長といえば名誉職じゃないか。どうして辞めたんだ?」
「色々あってね」
「……そういえば、噂は聞いた。伯爵令嬢と婚約破棄になったとか」
やれやれ。
もう、こんな所にまで流れて来てるのか。
しかし、隠したところでバレることだからな。
「振られたんだよ。それで、心機一転。新しい人生を始めようと思ったんだ」
「なるほど……。それなら打ってつけの仕事があるな」
「なんでも言ってくれ。報酬さえ良ければ条件は問わない」
「このギルドがお世話になっている御人がいてな。その方は侯爵と商人。このギルドに多大な貢献をしている存在だ」
「ふむ」
「そのお2人には娘がいてな。このギルドで冒険者になりたいそうなんだ」
「……変わっているな。ギルドの仕事は危険なのに」
「そうだな。一歩間違えば死ぬ」
「断った方がいい」
「そうもいかん。先方には恩がある。ギルドとしては条件を飲みたい。そこでだ」
彼女はニヤリと笑った。
「お前に教育係をして欲しいのだ」
「教育係?」
「2人とも17歳の少女でな。ギルドとしては絶対に死なす訳にはいかん。だから、強い冒険者に育てて欲しいのだ」
なんだか面倒な臭いがするな。
「2人ともやる気があってな。目標はS級冒険者なんだ」
「S級冒険者は努力だけではなれない。ステータスに特化した才能がないと無理だ」
これは当たり前の話。
俺は生まれた時から腕力と魔力の数値が高かったからな。
だから、魔法と剣を使う、魔法剣士になれた。
「その辺は大丈夫さ。2人とも天才だからな」
天才?
「なら、俺の教育なんていらないんじゃ?」
「念には念を、さ。ふふふ」
うーーむ。
「報酬は出来高性だ」
「なんだそれは?」
「2人は冒険者に未登録なんだ。よって、D級試験から受けてもらう。そこからS級まで。その昇級によって報酬を支払うという条件さ」
等級は全部で5段階。S A B C D だ。
その昇級で報酬がもらえるなら5回分となるな。
「1つ昇級するたびに200万コズン払おう」
「そんなに!?」
「どうだ、悪くないだろう?」
それなら4回昇級させれば800万コズンに到達する。
「わかった。やってみよう」
「では、テストさせてもらう」
「え?」
「お前の能力を試すのさ。こんなに良い条件で、他の冒険者がやらないわけはないだろう?」
「ふむ。それはそうだな」
つまり、それなりに能力の高い人間じゃないと教育係はできないわけだ。
どんなテストをするのだろう?
そう思った瞬間。彼女は短剣を投げて来た。
俺はそのグルップを掴む。
「何をする!?」
「つ、掴んだ!?」
「……避けた時、後ろで被害が出るかもしれないからな」
「……グリップを掴んでいるのは何故だ?」
「刃先に毒が塗っているかもしれないだろ。用心さ」
「……い、一瞬でそれを判断したのか?」
「癖だよ」
「フフフ……。流石は漆黒の魔法剣士だ。返り血は全てマントで受けるらしいな。幾度と重なった返り血を受けたマントは漆黒に染まったという」
「単なる噂だ。その証拠に、マントは定期的に洗っているから血の臭いなんてしないんだ」
「フフフ。よし。じゃあ、最後のテストだ」
「もうテストが始まっていたのか」
「いきなりで悪かったが、そういうことだ。それでは最後のテストだが、ステータスで判断したい。先方のご両親に教育係の能力値を知らせる必要があるからな」
「なるほど。別に構わないが、数値の合格ラインはどれくらいなんだ?」
「それはこちらで判断させてもらう。まずは見せてくれ」
「わかった」
俺はウインドウを表示させた。
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