美奈子ちゃんの憂鬱 カップと嫉妬とお引っ越し
綿屋伊織
第1話
瀬戸綾乃の日記より
明日はせっかくの休日ですから、水瀬君とどこかに遊びに行こうと思います。
でも、悠理君は忙しいそうです。
理由は、昨日来日したばかりのルシフェルさんの新居の準備があるそうです。
あの女、私の悠理君をコキ使おうというのですか?
戦友だかなんだか知りませんけど、幼なじみ兼クラスメート兼婚約者の無敵トリプルコンボ保持者の私の許可なく悠理君を使う事なんて、人道の観点から許されることではありません。
ムカつきましたから、悠理君におねだりして、準備に参加させていただきました。
悠理君は一晩、大けがが原因で入院するそうですけど、誰の仕業でしょう?
何より、あの女、けが人に引っ越しを手伝わせようと言うのですか?
ムカつき度が鰻登りです。人の迷惑を顧みないなんて、いつか、天罰が下ります。
ええ。きっと。
朝早くから家を出て、悠理君の家へ。
お義父様とお義母様まで来ていらして、ちょっと驚きました。
でも、いいチャンスです。
悠理君の妻の地位は、この私にのみ、ふさわしいことを再認識していただく、またとないチャンスです。
はりきって行きましょう。
10時過ぎにデパートに行きました。
まずはルシフェルさんの制服です。
トップアイドルの私のプロポーションに比べれば、こんな異国育ちの小娘なぞ。
ふふっ。
さて、
ルシフェルさんのサイズは……。
バスト……
バスト……
き、97?
97センチ……
ま、負けた……
負けました……。
完敗というか、むしろ惨敗です。
15センチ……15センチも違うなんて……。
何を食べればこんなに大きくなるんでしょうか。
牛乳は、毎日飲んでいるんですが……。
で、でも、まだ、ウェストは私も52センチ、細さでは自信が……
「49センチ?うーん。サイズ大丈夫かしら?」
お義母様の心配そうな声が試着室から聞こえてくる。
に、2連発で敗北です。
巨乳に柳腰とはよくいいますけど、この子、本当に人類なんでしょうか?
結局、サイズ(特に胸)の問題から、制服はフルオーダー。
私の時は、Mサイズで全部なんとかなったのに……。
神様は不公平です。
お義母様がルシフェルさんの下着まで選び出しましたので、付き合います。
あ、このブラ可愛いけど……パッドが入らないならダメですね。
「カップのサイズは……Dじゃ足りないわね」
「……」
赤面しながらポソポソとお義母様の耳元で何かをささやくルシフェルさん。
「まぁ、じゃあ私と同じね。うーん。でも、そうなるとサイズが……ないわね」
「?」意味がよくわかりません。
「Fカップってなると、もう専門店行かないと……」
Fって、人類がつけられるカップなんでしょうか?
……か、悲しくありません!む、虚しくなんて……う、うぅぅぅぅっ。
専門店に行くというルシフェルさんとお義母様を見送って、私は悠理君の所に行きました。
Fカップには興味があるんですけど、でも、見た時の自分のダメージを想像すると……。
「やあ綾乃ちゃん」
家具売り場にはお義父様がいらっしゃいました。
「おじ様、もう家具は決められたんですか?」
「ん?ああ、あれ位で丁度いいと思ってね」
指さした先にあったのは、『ブライダル家具』コーナー。
あのアマ、殺す。
もう殺す。
何様だか知りませんが、お義父様に新婚家具を買わせるとは……(激怒)
お義父様の見ていないところで、タンスを殴ってしまいました。
もろすぎます。
この程度で粉々なんて、ダメですねぇ。
店員さんと警備員さんが近づいてきました。
首根っこ掴まれた位で笑顔を失うようでは、販売員失格です。
首をねじ切る一歩手前にしてさしあげつつ、少ぉしお話ししてあげたら、問題ないと半泣きで逃げていきました。
店員がこの程度では、扱う品物も大したことないですね。
ま、あの女の使うモノですから、知ったことではありませんけど。
「……悠理、何モタモタしている!早くしろ!」
お義父様の声が飛ぶ。
家具売り場にいた人達全員の視線が注がれているのがわかります。
少し、恥ずかしいです。
「は、はぃぃぃっ」
タンスコーナーの後ろからよろよろ出てきたのは、ベット。
じゃなくて、ベットを抱えた悠理君。
紐でくくられた布団が背中にくくられています。
「会計が終わったらさっさと家に持って行け!」
「は、はぃぃぃっ」
シュンッ
一瞬で悠理君の姿が消える。
「あ、あの?」
「テレポートだよ。すぐに戻ってくる。で?遥香達は?」
「下着の専門店に行きました。いいのがないそうで」
「ああ。サイズがサイズだからなぁ」
納得という顔のお義父様。
ぅぅぅっ……。
「でも、なんだかすごい買い物ですね」
「ん?まぁ、この位はなぁ」
お義父様は、なぜか少し、寂しげに見えました。
「まるでお嫁に娘を送り出すような心境ですか?」
お義父様に許されるかもしれないギリギリのイヤミです。
「近いが違うな」
「?」
「……あの子も騎士だ。どっちが先に死ぬかわからない。なら、生きている内に出来る限りのことはしておいてあげたい。ま、そういうことだ」
「そういう、ものですか?」
「ああ」
お義父様は、その後、私の頭を撫でながら言いました。
「次は、綾乃ちゃんの嫁入り道具が待っているけどな」
し、幸せです……。
ちゃんと定まった未来のことまで考えていてくださったなんて!!
お義父様。私、絶対に義理の娘として生涯お仕えいたします!
私が感動に浸っている時です。
パッと、強い光がさしたかと思うと、何だかおしりの辺りに違和感を感じます。
誰かにおしりを撫でられているような感じ。
恐る恐る後ろを見ると、何故か私のスカートが盛り上がっていました。
「―――プハッ」
スカートの中から顔を出して来たのは、悠理君。
悠理君自身、びっくりした顔で私を見つめています。
よかった。
勝負下着にしておいて。
恥ずかしいですけど、悠理君ですから。
頭蓋粉砕骨折程度で済ませてあげましょう。
「ご、ごめんね綾乃ちゃん。位置を間違えちゃって」
ゴツンッ
私の手より先に、お義父様のゲンコツが悠理君の頭に炸裂しました。
「このバカモン!わざとやったな!?」
悠理君の胸ぐらを掴むお義父様の目は、尋常じゃないほどの光を放っています。
「じ、事故ですぅ」
「ウソを言え!何色だった!?言え!見たんだろう!?しっかりその眼で!」
宙に浮いていた私の一撃の喰らわせ所が決まりました。
お義父様、お覚悟を―――。
「あきれた」
お昼は市内のレストランです。
悠理君達が、親子で頭にタンコブを作ってきた原因を知ったお義母様の第一声がこれ。
ちなみに、お義父様、お義母様、そしてあの女。向かって私達夫婦(きゃっ)です。
「何をやっているんですか。全く」
「おじ様、不潔」あの女が図々しくもおっしゃいました。
「うっ―――」
「じ、事故みたいなモノですから」
さりげなくフォローを入れる、我ながらそつのなさに惚れ惚れします。
「悠君も悠君です。事故とはいえ、女の子のスカートに顔を突っ込むなんて、恥を知りなさい!」
「反省しています」
チラリとあの女の顔色をうかがう悠理君。
なぜ、私の顔を見ないのでしょうか。
この女も、何故か私の顔をチラチラ見ながら言います。
「未亜さんから色々聞いているよ?ダメだよ?男の子なのはわかるけど」
「未亜ちゃんから?」
「うん。あと美奈子ちゃんや博雅君とかからも」
「え!?」
びっくりする悠理君。
「ど、どういうこと?」
「ほらメールアドレス教えてもらってからずっとメールでやりとりしていたの」
「じゃ、ルシフェ、ひょっとして」
「私、水瀬君より学校のこと詳しいかもよ?」
「学校の創立は?」
「1925年」
「生徒会長は?」
「75代生徒会長で四方堂緑、2年A組」
悠理君との間で一問一答が繰り返されている中、私は内心で焦っていました。
こ、この女、未亜ちゃん達まで味方につけているのですか!?
未亜ちゃんをコキ使って、学校にいられなくしてやるという、私のすばらしい作戦は、根底から覆されることになります。
これは、マズいです。
「綾乃ちゃんの裏のあだ名は?」
「清純風武闘派アイドル、またはブラッティープリンセス」
「そ、そこまで知っているなんて―――」
止めて欲しいんですけど。
「す、すごいよ!ブラッティープリンセスなんて、羽山君と秋篠君と僕の間でしか通じないのに!」
どういうことか、後でたっぷり聞かせてもらいましょう。悠理君?
そして帰宅。
あの女の手伝いのため、部屋に行きました。
そして、私達は二人っきりになりました。
事故に見せかけて始末も考えたのですが、相手は世界最強の魔法騎士。
それに、もっと効果的に殺すことを考えましょう。
「あの……」
この女が、心配そうな顔で声をかけてきました。
「何です?」
「……迷惑、かな」
「?」
「私が、学校に通うのは、迷惑、なのかな」
わかっているんですね。
「いっ、いえ?そんなこと、ありませんよ!みんな楽しみにしてますよ?品田君達なんて内緒で歓迎パーティ開いて驚かせてやろうって」
「……でも、瀬戸さんは、迷惑そうだよ?」
「え?」
「私、迷惑がられて生きてきたから、そういうのは敏感なのね?今日一日、瀬戸さん、すごく迷惑って顔だったから―――」
「そ、そんなことありません」
思いっきりあります。
はっきりいって迷惑です。
「ごめんね。あの、迷惑にならないようにするから」
出来るもんならやってみてください。
「ただ、教えて欲しいことが」
「何ですか?」
「私、何で迷惑なの?」
「―――戦友って、どういう意味ですか?」
言葉が止まらなかった。
「戦友って言葉、私にはわかりません。でも、私は悠理君が好きです。好きな人がどういう関係であれ、他の女と一緒に住むのを大目に見るほど、私は寛大でもバカでもドンカンでもありません!」
「……」
この女、きょとんとした顔あと、突然吹き出しました。
人をバカにしています。
「何がおかしいんですか?」
「ご、ごめんなさい……で、でもね?」
涙を浮かべるほどおかしかったのでしょうか?
「わ、私、水瀬君を恋人にして、人生フイにするつもり、ないもん」
「はい?」
「悪いけど、あんなヘンな子、恋人にしたら大変だよ?」
「す、すでに大変なんですけど」
「瀬戸さん、みんなから言われているよ?物好きだって」
「ヴッ……」
「ねぇ、瀬戸さん?」
じっと見つめてくる顔を、思わず見つめ返してしまいました。
芸能界でも滅多にいない、というか、張り合える子が、すぐには思いつかないほどの美少女なのは、百万歩譲って認めましょう。
「なっ、何ですか?」
「水瀬君の、どこがいいわけ?」
「そ、それは―――」
まるで誘導尋問にひっかかった容疑者のように、私はこの女の言われるがまま、誰にも言ったことすらないことまで、全てをしゃべり続けてしまいました。
ルシフェル・ナナリ―――
私がこの女を好きになるまで、しばらくの時間が必要みたいです。
美奈子ちゃんの憂鬱 カップと嫉妬とお引っ越し 綿屋伊織 @iori-wataya
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