美奈子ちゃんの憂鬱 転校生は世界最強!?

綿屋伊織

第1話

 ルシフェル・ナナリ。

 戦争の英雄。英国神聖国教騎士団を突然退団してから数ヶ月。数千億円にまで跳ね上がった契約金額と熾烈な獲得合戦がマスコミを賑わせたが、結局、彼女は皇室近衛騎士団へ入団する。

 その入団条件。

 それは「学校へ通わせてくれること」だった。

 明光学園編入試験全科目満点の記録と共に、彼女は明光学園へ編入することになる。

 これはその頃のお話。



 桜井美奈子の日記より


 その日の朝、瀬戸さんの機嫌は最悪だった。


 教室に入るなり、ピリピリとした殺気すら放っている。


 また水瀬君が何かしでかしたんだろう。


 「ど、どうしたの?」

 心配になったから、声だけかけてみた。


 「みんな、酷いです!薄情です!」

 みんな?ということは、怒りの矛先は、水瀬君じゃない。

 私達に向いている?


 「な、何が?」

 「今日は、何の日かわかっていますか!?」

 「えっと、1950年にジェーン台風でしょ?1977年は王貞治756号ホームラン」

 「違うよ美奈子ちゃん。今日はぁ、ドラえもんの誕生日!」

 あっ、そうか!

 「違いますっ!」

 「わかってるよぉ。ルシフェルちゃんの記念すべき初登校日でしょう?」

 未亜が突っ込む。

 そうだ。

 今日はルシフェルさんの初登校日。

 一大イベントの日だ。

 「そうです!半世紀前のジェーン台風の死傷者ではすまない危険な日なのに……どうしてみんな……」

 瀬戸さん、何を言っているんだろう。

 「だって、みんな興味津々で、学校前にはマスコミも」

 「あんな危険人物!学校にどうして近づけるんですか!?」

 「き、危険人物って……」

 「私は前から対策を講じてきました!この前、陸軍にもお願いしました!」

 「なっ、何を?」

 「あの危険人物をこの世から抹殺するために反応弾(核爆弾)貸して下さいって!」

 「……」

 「……」

 瀬戸さんの表情からして、どうやら本当に頼んだらしい。

 思わず未亜とお互いを見合った後、瀬戸さんに言った。

 「断られた……よね。当然」

 「反応弾がだめなら、せめて気化爆弾とか、殺傷力の強い兵器貸してくれといっても聞いてもらえず……」

 瀬戸さんの声は次第に涙声に変わっていく。

 「ぐすっ。近衛でメサイア動かそうとしたら、これも許してもらえず……思いっきり怒られて」

 「当たり前だって」

 「綾乃ちゃん……それ、ボケ……だよね」

 未亜。多分、それははっきり違うと思うよ?

 「私は本気ですっ!」

 瀬戸さんはムキになって怒鳴った。

 ほらね?

 「ならせめてと思って、家にあった薙刀持ちだそうとしたら、今度はお母さんから」

 「親として当然だよ」

 「そうだよぉ。娘を人殺しにしたい親なんていないって」

 「……で、ですけど、あの女は、どうあっても!」

 「大体、なんでぇルシフェルちゃんが敵なのぉ?」

 「悠理君と同じ屋根の下、暮らそうなんて、この世で許されることではありませんっ!」

 「綾乃ちゃんならいいんだ」

 「当たり前ですっ!妻なんですからっ!」

 「……そういっていたら、おはよう。水瀬君」

 水瀬君が入ってきた。

 「あ、おはよう。桜井さんに未亜ちゃん。それに綾乃ちゃん」

 「なんで私が最後なんですか!?」

 瀬戸さんが怒鳴る。

 「えっ?」

 「私が最初じゃなきゃ挨拶ではありませんっ!」

 うわっ。理不尽。

 「そ、そうなの?……ところで綾乃ちゃん」

 「何です?」

 「おばさんからでね?荷物検査するから、カバンだして」

 「えっ?」

 「カバン」

 「だっ、だめですっ!」

 瀬戸さんは、突然、カバンを抱きしめた。

 「これには女の子の秘密が!」

 「確認の電話をHR前に入れないと、綾乃ちゃんを家から追い出すって、おばさんが」

 ぐいっ。水瀬はカバンをすばやく取り上げると、中に手を入れた。

 そして……

 「綾乃ちゃん?何これ」

 呆れるしかなかった。

 カバンから出てきたもの。


 包丁

 メリケンサック

 砂の詰まった細長い袋

 紐

 よくわかんないけど、化学薬品が入っているらしい瓶。


 そして……


 「こんなモノ、どこで手に入れたの!」

 水瀬君が怒った代物。

 それは……

 「あっ、あの……倉橋の家から」

 「没収っ!」

 「そんなぁ!」

 「そりゃそうだよぉ」未亜も呆れるしかなかった。

 「拳銃なんて、女の子が持っていいモノじゃないよぉ」

 「それだけじゃないよ。これプラスチック爆弾じゃない!」

 

 瀬戸さん、最近どんどん犯罪者になっている。


 「あと仕上げ」

 そう言った水瀬君が突然、瀬戸さんの肩から腕にかけて触りだした。

 「きゃっ!ゆ、悠理君!こんな所じゃダメですっ!」

 「だめ。HRまで時間がない」

 「やっ!そっ、そんな所まで!」


 ぽいぽいぽい。


 そんな音を立てて瀬戸さんのあちこちから出てきたモノ。


 ワイヤーカッター

 ポリカーネイド製ナイフ

 特殊警棒

 催涙スプレー

 棒手裏剣


 「はい。終わり。全部没収」

 「……はぁ……はぁ……悠理君。続きは夜、二人きりで」

 熱っぽい、うるんだ声の瀬戸さんだけど、水瀬君はそっけなかった。

 「今日、仕事でしょ?というか、瀬戸さん。戦争でもするの?」

 「あの女が存在する所、そこはすなわち戦場ですっ!」

 そう、怒鳴られても……。


 「綾乃ちゃん」水瀬君も困惑気味だ。

 「お願いだから、ルシフェと友達になってあげて。いい娘なんだよ?」

 「知りません」

 もう、瀬戸さん意地になってるな。これ。


 HR。

 南雲先生に連れられて入ってきたルシフェルさん。

 世界最強騎士。

 生きた英雄。

 ……その肩書きがなくても、彼女は一人の女性として十分スゴい!

 本当、同い年とは思えないほど綺麗。

 長い艶やかな髪。

 白い透き通るような肌。

 うらやましさ炸裂のボディライン。

 同じ制服着ている分、その偉大さを痛感させられる。

 

 男女問わず、生徒達からは賞賛のため息が出る。

 ただ一人、敵意丸出しで睨み続ける瀬戸さんを除いて―――


 「まぁ、今更なにをかいわんや。だ」

 南雲先生は言った。


 「ルシフェル・ミナセだ」


 「えっ?」

 瀬戸さんが呆然とした顔になる。


 南雲先生がルシフェルさんについて説明している言葉は、多分、瀬戸さんには聞こえていないな。

 ああ。

 肩が小刻みに震えて……髪が逆立ち始めた。

 うわっ。

 怖いっ!!


 バンッ!


 突然、室内に風が流れた。


 あれ?


 風が止んだ後、気がついたけど、瀬戸さんと水瀬君の姿が消えた。


 教壇のルシフェルさんがきょとんとしている。


 「ああ。少……じゃない。ルシフェル。気にするな。とりあえず水瀬とはそういう関係だ。なぁみんな。これでは区別が付きづらいだろう。どうだ?今まで通り、ルシフェル・ナナリで通しては」

 「賛成!」


 ルシフェルさんの席は、私の隣。そして反対側は秋篠君の席。


 「よろしくね」と声をかけたら、

 「こちらこそよろしくお願いします」と返された。

 本当、礼儀正しい子だと思う。


 HRが終わった途端、みんなが一斉にルシフェルさんの席へ殺到!

 怒濤の質問攻めが始まった。

 驚いていたルシフェルさん。それでも懸命に質問に答えていく。

 「ねぇ!ルシフェルさんって、向こうに彼氏いなかったの!?」

 「シャンプー何使っているの!?」

 「部活は!?」

 等々……。

 ルシフェルさん。これも通過儀礼。頑張って。


 質問攻めが一段落したのは、お昼休みに入ってからだ。

 「あの……桜井さん。ありがとう」

 ルシフェルさんが言った。

 「桜井さんの読み通りに動いている。驚いたけど、でも、助かった」

 「ううん。大体、予想はついているから。ところでルシフェルさん。お昼は?」

 「うん。お弁当……みんな、どこで食べているの?」

 「教室か、食堂ね。一緒に食べよ?」

 「うん」

 ニコリとほほえむだけで、本当に絵になるよなぁ。ルシフェルさんって。


 食事はルシフェルさん、未亜、そして私の三人で机をあわせて。

 「でさぁ。ルシフェルちゃんはぁ」

 未亜がパンをかじりながら訊ねた。

 「入団契約金ってどれくらいもらっているの?」

 「額面は80億円」

 「はちっ!?」

 驚いた。

 やっぱり、スゴいんだなぁ。

 「でも、少なくない?」

 未亜。80億円のどこが?

 「中東のどこだっけ?4000億円つけた国あったでしょう?」

 「でも、こうやって学校これるほうが大切」

 「偉いっ!」

 こらっ未亜っ!ルシフェルさんの頭を撫でないっ!

 「所で……」

 ルシフェルさんが誰を捜しているのかはわかる。

 「あーっ。水瀬君ね?」

 「うん。瀬戸さんの姿も」

 「……あの二人なら」

 未亜が遠い目をしながら言った。

 「地獄、かな?」

 「そうねぇ……」


 罪人(しかもえん罪)が水瀬君。

 獄卒が瀬戸さん。

 ……いい加減、見慣れてきた絵面だな。

 

 「地獄?」きょとんとするルシフェルさん。

 「どういう、こと?」

 「ああ。気にしないで。ここじゃ、日常茶飯事だから」

 「?」


 結局、二人は放課後まで戻らなかった。

 ルシフェルさんも心配だからと、探すのを手伝ってくれた。

 校舎裏を一人で歩く瀬戸さんを見つけたのは、それからすぐ。

 ルシフェルさんの姿を見た途端、敵意むき出しになったけど……

 

 ルシフェルさんに頼まれて、ルシフェルさんと瀬戸さんを二人っきりに。


 私と未亜はその間に、桜の木の下へ埋められた水瀬君を掘り出しにかかった。

 未亜、救急車呼んで。

 違うっ!葬儀屋じゃないっ!


 ルシフェル・ミナセ


 その名は当然。

 何故?

 日本国籍取得する時、ルシフェルさんは養子縁組しているから。

 親は水瀬君のご両親。

 ナナリから姓が変わるのは当たり前。

 つまり、今のルシフェルさんは、水瀬家の養女にして、水瀬君のお姉さんなのだ。

 「ルシフェル・ナナリ、水瀬家へ養子縁組!」は、もうマスコミに何度も取り上げられた話題なのに、瀬戸さんが知らなかったことにむしろ驚いた。

 それさえ知っていれば、水瀬君はこうはならなかったのに。

 「何で言わなかったんですか!」とは水瀬君に対する瀬戸さんの弁。

 ……調べようよ。瀬戸さん。


 数日後―――


 「お姉様」

 教室に入ってきたルシフェルさんをそう呼んだのは、瀬戸さん。

 ちょっと前まで敵とかなんとか言っていたクセに。今や誰より親身になってルシフェルさんに接している。


 その日のお昼のこと。

 「ところで」ルシフェルさんが困惑気味に私に尋ねてきた。

 「何?」

 「お姉さまって、どういう意味?」

 「英語でシスター?」

 「うーん」ルシフェルさんは納得出来ない様子だ。

 「どうしたの?」

 「あのね?下駄箱に手紙が入っていて」

 「ラブレター!?」

 「ほとんど女の子からなの。その全部に“お姉さまになってください”って」

 「……未亜、説明お願い」


 未亜が熱心に説明し、それを横で暴走しないように時折、突っ込む。

 その間、私は真剣に聞くルシフェルさんの顔を見つめながら、ぼんやりと考えた。

 とにかく、ルシフェルさんは瀬戸さんを押さえた。

 当然、水瀬君が逆らえるはずがない。

 力関係から言えば、これでルシフェルさんは校内一を誇る水瀬君より強い立場に立つ。


 うん。

 やっぱり最強……なんだな。


 あ、ルシフェルさん?

 集中治療室から水瀬君が出られるの、いつ頃か知ってる?


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