普通のヒロインが欲しいだけ!

司尾文也

本編

小さい妹には願いがある

第1話 なので裏口入学しちゃいました

 桜の木の下で今、一人の少年が勇気を振り絞って愛の言葉を叫んでいた。

 彼の目の前にいるのは卒業証書の入った筒を胸に抱く中学三年生の少女。彼女は少年の言葉に驚きながらも、頬を染めて恥じらっている。

 舞い散る花吹雪の中でそんな青春ラブコメを演じているのは、二人とも俺の同級生だ。卒業して離れ離れになってしまう前に、愛の言葉を伝えておこうというわけだろう。実に素晴らしいことだ。見ているこっちが恥ずかしくなってくるぐらいの甘酸っぱい光景は羨ましいの一言に尽きる。


 そして数秒の間が空いた後、少女は少年が突き出していた手を握った。どうやら告白は上手くいったみたいだ。拍手喝采で称賛してやりたいところだが、そんな野暮なことはすまい。できたてほやほやのカップルは今まさに二人だけの時間に浸っているところだ。それを邪魔するのはいくらなんでも無神経が過ぎるだろう。


 さて、野次馬の一人でしかない俺は、あの二人に見つかる前にサッサと退散するとしよう。

 結局中学でも恋人はできなかった。俺はあの二人のように人並の恋愛をしたいだけなのに、何から何まで上手くいかず、三年もあった猶予はあっという間に過ぎ去って卒業の時を迎えてしまった。


 高校でこそ彼女を作りたい。いや、作ってみせる。とにかく普通の彼女だ。ナイフを振り回して発狂したり、出会ったその日に既成事実を作ろうとする頭のおかしい女ではなく、常識と良心を兼ね備えた極々一般的な倫理観を持つ女子と付き合いたい。

 そんな夢を叶えるため、高校は誰も俺のことなど知らなさそうな田舎へ進学することにした。心機一転、人間関係を全てリセットし、人生を一からやり直すぐらいの気持ちで、この春から俺は新しい環境へ飛び込むことになる。


 一番気がかりだった親父の説得も、拍子抜けするぐらいアッサリと達成できた。あの放任主義者といえど、今回ばかりは流石に反対してくると思っていたのに、二つ返事で了承を得られた時は罠じゃないかと思ったぐらいだ。普段なら絶対に止めてくる妹も、今回は不気味なほど大人しかった。


 将来進む道は既に決められているんだ。ならば高校ぐらい好きにさせてやろうという親心なのかもしれない。妹の方は……うん、何を考えているのかわからないが、親父が許可を出したからには何も手出しはできないはず。これで俺は気兼ねなく高校生活を楽しむことができるんだ。


 ────それから春休みという長いようで短い準備期間が過ぎ、ついに俺は高校の校門をくぐろうとしていた。

 しかし俺の足は、門の前でピタリと止まって動かない。なにも胸躍る新生活を前に緊張しているわけではない。ただここにいるはずのない人影が視界に入り、唖然としているだけだ。


「おはようございます。お兄様」


 彼女はぺこりとお辞儀をして、優雅に朝の挨拶を口にする。


「なんでお前がここにいる……? というより、その格好は……」

「私もお兄様と同じ学校に通うことにしたのです。これから三年間よろしくお願いしますね?」


 眉の上でパツンと平行に切り揃えられた前髪を揺らし、俺の妹は心底楽しそうに頬を緩ませる。ひたすら困惑する俺を見て面白がっているかのようだ。

 それがわかっていても、俺は動揺を抑えることができない。高校に先回りされていたことは想定内だ。彼女はそれぐらいやる女だということはわかっていた。

 想定外だったのは、彼女が俺と同じ高校の制服を着ているという点だ。まさかそこまでしてくるとは思わなかった。というより────


「お前、十三歳じゃなかったか……? まだ中学二年生のはずだよな?」

「はい、なので裏口入学しちゃいました」


 彼女はいたずらがバレた子供みたいにぺろりと舌を出す。


 常識と良心を兼ね備えた極々一般的な倫理観を持つ女子と付き合いたいと言ったが、やはりそれは叶わぬ願いだったかもしれない。

 今日は入学式に相応しい快晴の日であったが、俺の青春には既に暗雲どころか大型台風が直撃していたのだった。

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