第3話 探索

 明らかに無人の廃墟に美加は途方に暮れる。

 恭平はこういった廃墟巡りをするのが好きだと言っていた。ひょっとするとこの中に入ったものの何か事故があって出られないのかもしれない。

 さびついた門扉に手をかけて揺さぶってみるが、キイと音はすれども開きそうになかった。


 手を離すと赤さびが掌にこびりついている。

 金気臭さが鼻についた。

 まるで掌から大量出血したようだ。

 気持ち悪くなり両手を打ち合わせて赤さびを払う。


 目の端を小さなものが飛んでいた。

 両手で挟むようにして叩く。手を開くと予想通りやぶ蚊だった。

 ぺちゃんこになった蚊から赤い血がにじんでいる。

 ちぇ。どうも立っている間に蚊に刺されたらしい。虫よけを持ってこなかったことが悔やまれた。

 さてどうしたものか。


 じっとしているとまた蚊に刺されそうなので、ぐるぐると歩き回りながら考える。

 警察に電話をして調べてもらうにしても、これだけの情報では出動してくれるかどうか分からなかった。

 それに恭平が住居侵入の罪に問われてしまうかもしれない。

 助けを求められているのなら迷うことは無いが、宙ぶらりんの状態だった。


 決心がつかないまま。美加は念のためスマートフォンを取り出して位置情報共有アプリを立ち上げる。

 画面を見るとやはり恭平を示す丸は表示されていなかった。

 美加はそこで何か変だと気が付く。


 自分の位置を示す青い三角のマークがホテルの前に表示されていなかった。

 少し縮尺を変えてみると県道のそばに三角のマークが現れる。

 GPSの精度の問題なのか、地図情報との連動がうまくいっていないのか分からないが、どうも位置がずれているようだった。


 慌てて警察に電話をしないで良かったと思いながら、では恭平はどこにいるのだろうかと考える。

 先ほど歩いていた県道に自分がいると表示されていることは……。

 あまり方向感覚に優れているわけではない美加だったが、どうやら正しい恭平の位置はこの道の先だと見当をつけた。

 よく見れば道はまだホテルの先へと続いている。


 美加はホテルのひび割れたコンクリートの壁沿いに道を辿っていった。

 壁が尽きると道は折れ曲がり、小川の上に小さな石造りの橋がかかっている。その先に白い小さな車が止まっているのが見えた。

 今いる位置からはフロントガラスに反射する光で中に人がいるのかどうか分からない。


 まあ、あそこまで行ってみれば分かるでしょ。

 美加は残りの百メートル弱を進む。

 ひょっとすると恭平が運転に疲れて眠っちゃって、スマートフォンの電池が切れただけだったりして。

 いきなり私が現れたら恭平驚くだろうな。やばい。どうやってこの位置を探り当てたのか不審がられてアプリ仕込んだのバレちゃうかも。どうやって言い訳しようかな。

 そんな暢気なことを考えながら車に近づき運転席側に回り込んだ。


 腰をかがめ手をかざして車内を覗き込む。

 運転席、助手席ともに人の姿はなかった。

 後部座席で横になっているのかな?

 今度は後ろの窓から覗き込むが、やはりこちらにも人の姿は見えない。


 あれ? 恭平はどこに行っちゃったんだろう?

 疑問と共にこの車は全然関係ない人のものかもしれないということに美加は思いいたった。

 身を起こして美加は周囲を見回す。

 車の後方には崖があり、そこには車では入れないような幅の小さな隧道が暗い口を開けていた。


 その手前には工事現場によく置いてある柵がある。

 オレンジ色のブランコみたいな形状の外枠から下がったオレンジと黒のストライプの部分には木の板がくくりつけられていた。

 立入禁止。

 少し消えかかっていたが文字はそう読める。


 その奥の隧道の中は暗くどうなっているか分からない。立入禁止の文字が無くてもあまり入りたくなる雰囲気ではなかった。

 あの中に恭平がいるのかな?

 美加はあまり気が進まなかったが隧道の方に数歩足を踏み出す。

 急に辺りが暗くなった。


 振り仰げば太陽を雲が隠している。

 ざあっと木々を揺らして風が吹き、金属製の柵の板を揺らした。

 キイキイ。

 蝉しぐれに混じってうらぶれた音が響く。

 美加は急にうすら寒くなった気がして両手を体に巻き付けた。


 隧道の中から美加のことを見ている存在がいるような気がしてならない。

 恭平なら不審そうな顔をしながらも出てきて美加に声をかけるはずだ。

 車の方を振り返り、先にあちらを調べた方がいいかもしれない。隧道は立入禁止となっているしね。

 自分をそう納得させると車の方へと引き返した。


 何か音がしたような気がして隧道の方を振り返る。

 再び雲の中から現れた太陽が柵を照らしているだけだった。

 気のせいか。何を私は神経質になっているんだろう。

 苦笑を漏らした美加は下腹に力をこめると大股で白い自動車へと近づいた。

 もう一度、運転席の窓に近づいて先ほどより念入りに中をのぞきこむ。


 車内の暗さに目が慣れると運転席の座面に布のようなものが置いてあるのが見えた。

 なんか見覚えがあるような気がして目を凝らす。

 あ。美加は座面にある布が恭平が良く着ているシャツに似ていることに気が付いて小さな声を漏らした。

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