夜ごとに呼ぶ声

 相棒のマーシャが死んだ。自分で腹を刺したそうだ。

 知らせを受け取っても「ああ、そうか」としか思えなかった。


 仕方がない。あたしたちは殺しすぎた。殺して殺して、殺し続けて……お次は自分が殺されるはずだったのに、その前に戦争が終わってしまった。

 だったら、自分で死ぬしかない。


 マーシャは狙撃手、あたしは観測手。

 あたしはマーシャに線を引いて見せる。確実に敵を殺すための。

 マーシャは引き金を引いてその線をなぞる。そして確実に敵の生命を刈り取る。

 そんなことを繰り返して、あたしたちが殺した数は、三桁を過ぎてから数えるのをやめた。


 あたしは敵の断末魔を見る。

 あるいはスコープの中で、はみ出たはらわたを必死で押さえて転がりまわってる。

 あるいは胸から真っ赤な霧を吹きあげながら崩れ落ちていく。

 誰もがこちらを恨めしそうににらみつけて、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、何かを叫んでいた。


 マーシャは敵の最期を見ない。撃ちぬいたら弾を入れ替えて、次の獲物のことしか考えない。それがあの子狙撃手の仕事だから。撃ちぬかれた獲物がどうなったか、確認するのはあたし観測手の仕事。だから血が噴きあがったその後のことは、あの子は全く見ていない。


 あたしたちは頭を撃ちぬいて一思いに殺すことはまずやらない。

 標的の隊列の、真ん中くらいにいる、痛がりそうな奴を最初に狙って、腹か胸を撃ってやる。致命傷だけど、即死はしない。そんな傷を与えて派手に苦しんで騒いでもらう。

 そうすれば仲間はびびって戦意喪失するし、なんとか助けようとして足が止まるから、そこを狙ってさらに撃つ。あらかた撃って、混乱させるだけ混乱させたら引き上げだ。あたしたちの居場所が他の奴らに見つかる前に。

 だから楽になんて死なせてやれない。即死されたら混乱させることができないから。


 あたしは戦果を確認しなきゃいけないから、その都度おびえきった奴らの顔を拝む羽目になった。恐怖と苦痛で小便漏らした股間から、ひん剥かれた目玉に浮かび上がった赤い血管まで、手に取るようにくっきりとね。

 苦しんでのたうち回る奴の腹からはみ出たはらわたがそこらの茂みに引っかかって千切れるとこも、何べん見たかわかったもんじゃない。


 今でも一人になると、殺した奴らの顔が浮かんでくる。ある奴はずるずるとはらわたを引きずりながら。別の奴は千切れた腕を自分で持って。

 どいつもこいつも責めてくる。どうしてまだ平気で生きていられるんだって。平和で綺麗な世界には、お前の居場所なんかどこにもないぞって。

 そのたびにあたしは考える。どうしてまだ生きてるんだろうって。いくら考えても答えは出ない。まだ死んでないから生きてるだけ、かもしれないね。


 ああ、今夜も死者たちがあたしを呼んでいる。

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