鹿神

遊鳥

「嫌だ、死にたくない!!あんな奴のせいで!!」

 二十歳位の女が一人、必死の形相で森の中を走っていた。

 簡素な貫頭衣を着た女の背中からは血が流れ、麻の衣は背中一面血で汚れて黒くなっている。

 木々の間から穏やかな海が見える。

 遠くの木立の中に、五人程の人影が見えた。

「!!」

 女は人影から少しでも離れようと身を潜めて走ったが、暫くすると力尽きて地面に倒れこんだ。

 その時。

 キーン――

 辺りに鹿の鳴き声が響いた。

「?」

 気配を感じ、女は何とか頭を上げる。

 傍らに、白い毛並みの牡鹿が立っていた。

「!?」

 牡鹿には、二つの頭と六本の脚があった。

 鹿の左の頭が、女の背中にできていた傷口を舐めた。

 辺りがキラキラと輝く。

 背中がとても冷たい――

「?背中、痛くない?……なんで?」

 女は起き上がり、鹿に話しかけてみた。

 右の頭がキーンと鳴いた。

「なぜ……われなんか助けるの?」

 女は鹿の頭を撫でて言った。

 鹿の両の首が同時に口を開いた。

「「吾ハコノ地ニ住マウ神。神ガ苦シム民ヲ救ウハ当然ノコト。なれノ望ミハ何カ?吾ハ汝ノ望ミヲ叶エ、苦シミカラ救イ出ソウゾ」」

「神!!」

 女は唐突な鹿の言葉に面食らい、呆然として鹿を見つめる。

 鹿は異様な姿をしていたが、女にはこの上なく神々しい姿に見えた。

「……吾の、望み……叶えて欲しい!吾の望みを!!お願いいたします!!」

 女は平伏して叫んだ。

 鹿は再び口をそろえてキーンと鳴いた。

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