窓辺の季節
はる
第1話 転校生の登場
学校というものは、俺にとっては退屈極まりないところだった。周囲を田園に囲まれた自称進学校に事件など起こらない。あるのは定期テストと、複雑な人間関係くらいのことだ。なんとなく煩わしいそれらと、俺はつかず離れずの距離をとっていた。
「古屋のそういうとこ、俺はどうかと思うけどね〜」
そうくさしてくるのは友人の岡田だ。いつものことなので俺は他所を向く。
「お前と違って、俺は享楽主義者じゃない」
「だからといって、起きる物事を楽しまないままじゃ、人生ずっとつまらないと思うけどなぁ」
「何か非常事態が起きない限り、俺は楽しめないんだ」
「犯罪者予備軍みたいなこと言う」
「なんとでも言え。というか、理科室に忍び込んでボヤ騒ぎを起こしたお前が言えるセリフじゃないだろ」
「まあね!」
やたらに元気のいい奴だ。
「そういえば、今日転校生が来るんだろ? どんな奴だろうね」
「余計な詮索するなよ」
「人聞きの悪い。事情は親しくなってから訊きますよ」
「そういうところだぞ」
釘を刺しておかないと、何を言い出すか分からないのがこいつの難点だ。転校生だろうがなんだろうが、いずれこのクラスの人間関係に包摂される。そこまで大事にするべきことじゃない。
チャイムが鳴り、立ち歩いていた奴らが席につく。ガラリと扉が開き、担任ともう一人が教室に入ってきた。転校生と思わしきそいつは、特に臆することもなげに顔を上げていた。
「あー、みんなもう耳にしているとは思うが、このクラスに転校生を入れることになった。名乗りなさい」
そいつはくるりと黒板に向き直り、チョークでおもむろに書き出した。広瀬耀。それが転校生の名前らしかった。
「広瀬耀です。今日からよろしくお願いします」
お辞儀をひとつ。なんというか、簡素な自己紹介だ。悪くない。
「特技はなんですかぁ」
クラスのお調子者ポジションの柏木が何やら手を上げて訊いている。転校生は表情ひとつ動かさずに「暗記」と答えた。面白い奴だ。
「へー、勉強好きなの?」
「いや、好きでも嫌いでもない」
「できる奴のセリフ〜」
どっと笑いが起きる。広瀬はそれに答えることなく、担任に席を指し示されてそこに座った。奇しくも俺の隣だ。
「教科書が届くまで、隣の古屋に見せてもらいなさい」
しかも大役を授かった。俺は広瀬のほうに席を引いていき、短辺をくっつけた。
「よろしくな。教科書はこれ」
「……ありがとう」
無表情だが、わずかに表情が動いた気がした。俺はなんとなく好感を持った。
「やったじゃん聡太ぁ、隣に転校生だとこの主人公属性め」
岡田につつかれながら俺は机に肘をついていた。
「別に教科書見せるだけだし」
「だけとか言うなよな、仲良くなれるチャンスじゃーん?」
「どうだろうな」
広瀬は休み時間になるとどこかに行った。空席には既に次の授業の教科名の入ったノートが出ている。
「真面目そーだよね、広瀬君とやら」
「確かに隙はないな」
「なんかモテそ〜」
分からんでもない。
「岡田も広瀬を見習えよ、モテたいんだろ」
「やー、モテたいけどクールキャラは今更無理でしょ」
と笑いながら言う。
「それに僕には亜美ちゃんがいるしぃ」
「次元が違うだろうが」
「そうだった」
テヘペロと舌を出しながら言うが旬が過ぎてるぞ。
そうこうしているうちに広瀬が帰ってきた。クラス全体に「話しかけに行く? どうする?」というような水面下のざわつきが生まれる。こういう時岡田は躊躇しない。
「はじましてー! 俺岡田総司っていうんだけど、広瀬君は下の名前耀だよねー! 綺麗な名前だよね!」
岡田の過剰なフレンドリーさに驚きながら、広瀬は「どうも……」と言った。
「おい、いきなりぐいぐい行き過ぎ。ごめんな広瀬」
と声をかけると、広瀬は頬をかいて少し笑った。
「いや、名前褒めてもらえるのは嬉しい。母につけてもらった名前だから」
そうなのか。クールに見えるが、存外素直な性格らしい。母親を大事にしているのも好感が持てる。……もしかしたら隣同士、仲良くできるかもしれない。岡田は俺の心を読んだのかなんなのか、親指を立ててきた。俺は同じサインを奴に送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます