アクアネックレス

バラック

第1話

 加茂は、こそ泥仲間からはカラスと呼ばれていた。暗闇でもよく見える両眼を買われ、専ら見張り役だったことからあだ名がついた。


 物陰に隠れ、障害があれば大声で撤退の合図を出す。カラスが鳴くから帰りましょ。あだ名の由来なんてそんなもんだ。


 加茂がまだ二十代の頃に窃盗で逮捕されたが、従犯扱いということで実刑は免れた。


 親類とは絶縁状態であった加茂は、執行猶予中、保護司の爺さんに児童養護施設「星の家」の責任者兼保護者代わりをするという仕事を紹介され、引き受けた。


 星の家には四人の子どもが生活している。人の真似が好きなハーフのルカ、夏でもダウンコートを着ている陸翔、バス移動が苦手な類翔。以上が小学生で、絶対音感があるが騒々しい所が苦手な愛美が中学三年生。他にも一昨年に高校と同時に星の家を卒業し、音響会社で働き始めたギタリストの真広が、仕事がない日に夕飯を一緒に食べることがある。


 皆それぞれ加茂の前職は知らず、親のように慕っていた。流石にお父さんと呼ぶことはないが、「カモさん、カモさん」と違う発音で呼ばれると、加茂はふと一列に並んで歩くカモの親子を想像し、それぞれの本当の家族について思いを馳せ、何とも言えない気分になることもあった。


*****

 

 GWが終わって気怠い空気の月曜日、愛美が学校からチラシを持ってきた。星の家から車で三十分ほど行った市内の美術館で、地元出身のミュージシャンである大黒が「サウンド&アート」という企画展を行うらしい。最近落ち目の大黒が、少しでも話題になろうという算段が垣間見えるチラシだ。


 目玉は日曜日の大黒の公開生ライブと小中学生限定の体験イベントで、そこでは大黒が所有する五百万円のギターを弾かせてくれるらしい。そんな高価なものを子どもに触らせて大丈夫なものかと加茂は心配になる。


 愛美がチラシを眺めていると、仕事が休みだった真広が声をかけた。この企画展は自分の会社が一手に音響機材を設置したから場所も分かるし、大黒はウチの会社と懇意だからチケットも貰えるかもしれない。美術館だから騒々しくもないし、社長は当日出勤するけど自分は休暇だから一緒に行かないか、と。


 愛美は答えず、スマホを取り出した。

「カモさん、日曜日に友達と行ってもいい?」


 星の家では、夕食までに返ってくるなら外出は自由だ。テーブルを挟んで正面に座っていた加茂がわざわざ確認をしてきた理由を聞くと、友達というのはSNSで知り合った大学生の男性だからさ、とのこと。会ったことも声を聞いたこともないのに、相手にはこちらの家庭環境を教えているようだった。

「親代わりだから、一応ね」

 傍らで聞いていた小学生たちが、日曜日なら皆で行きたいと盛り上がった。真広が、今週末はいつも学校公開があるだろ、カモさんも行けないし。と制すも、今年から校長が勝手に月曜日に変えたんだと口々に言い返した。


 愛美は付いてきて欲しくなさそうだったが、往復の車だけ同じにして別行動にすれば、という加茂の提案で納得したようだった。


 真広は肩を落とし、二階のパソコンを借りる、と行ってしまった。スマホでいいじゃん、と誰かが言ったが、真広はそれを無視した。


 加茂は、指と机でリズムを取っていたルカを注意した後、保護司の爺さんに遠足の許可を取るためパソコンがある二階に上がると、真広が暗闇の中で何かを印刷している姿を見つけた。加茂が声をかけると真広ははぐらかし、部屋から出ていった。


*****

 

 水曜日の夕食時に、ルカから、「授業参観を日曜日にやれ」というイタズラの手紙が学校のポストに入っていた、という話があった。 


 学校の門は八時に開いて六時に閉まる。だから児童か日中学校に来る関係者しかいない。何か知らないか、という話があったようだ。


 見張りごっこをしようと息まく小学生の向かいに座る愛美は、食事を終えてスマホをいじっている。SNSの彼がどんな人か加茂が聞くと、優しいし、いつも見守っているよ、と言ってくれている人だと答えた。


 しかし、愛美が会うのを別日にしようと彼に提案したが、今週の日曜日でないとダメだ、と聞き入れてもらないらしく、更に彼から返信が無いため、愛美は余計に不機嫌だった。


*****


 日曜日、星の家御一行は十時過ぎに加茂の車で美術館に出発した。真広は急ぎの案件が入り、早朝から出かけたため別行動だったが、十二時に合流しようと加茂と約束していた。


 ルカのリズム癖は治らないのが加茂は気になったが、懸念だった類翔のバス嫌いも、途中早めの昼食をファミレスでとるという約束でご機嫌が取れた。一方、愛美は彼と連絡が取れず苛立っていた。


 美術館に着くと、既に真広が出入り口でチケットを手に待機していた。


 真広の説明によると、円形のこの美術館は出入り口が同じで時計回りに観覧するらしい。 


 目玉の「五百万円ギター」は入り口からすぐ見えるが、順路通りにいけば最後の展示室にあたる場所に置かれている。円形の中央部分は広場になっていて、目玉である大黒の公開生ライブの会場になるようだ。


 他に評判となっているものが、最初の部屋に展示されている「アクアネックレス」で、同名の大黒のヒットソングのギターパートに合わせて、天井から雨粒のように滴が落ちてくる、というものだ。


 水色の照明に照らされた滴が連なると、確かにネックレスのように見えなくもない。隅にあるスピーカーとパソコンが音源のようで、すぐ横の変電室のような部屋から電源がとられていた。加茂は最近このリズムを聞いた気がしたが思い出せなかった。


 他にも得々と真広が説明していたが、一行はそれを無視して進んでいった。愛美も、約束の十二時半を過ぎても連絡がないSNSの彼に見切りをつけて、一緒に行動した。


 展示を一周し、五百万円ギターの体験に小学生が並ぶと、ちょうどそこで受付が締め切られた。どうやらこのギターで、大黒が生演奏するらしい。やがて大黒本人も姿を現した。


 星の家の子の体験も終わり、大小様々な機材を持った真広の会社の社長がやってきた。


 例のギターも生演奏で使うらしい。ギターとマイクだけであんなに必要なのかと、加茂は真広に聞こうとしたが、周囲に真広の姿はない。特に気にも留めなかったが、社長がギターを移動用のケースに入れたその時、入り口の方からアラーム音が鳴り、照明が落ちた。


「ギターだ」


 誰かが叫んだ。補助電源に切り替わったのだろう、ものの十秒ほどで明かりがついた。 


 散らばった機材の真ん中で、社長が二つある大型ケースの片方を抱え、大黒は立ち尽くしていた。騒ぎを聞きつけて警備員や関係者が駆けつけた。加茂も聞き取りをされたが、暗闇の視力に自信がある加茂は、盗難や破壊行動は一切なかったと断言した。


 ただ、停電時に、暗闇の変電室から真広が現れたのが見えたが、聞かれてもいないことにわざわざ答えることもしなかった。


 停電は唯の電気トラブルと判断され、予定の十五分遅れで生演奏はスタートした。トラブルがあったからだろうか、大黒は終始首を傾げ、不満そうに演奏していた。


 演奏終了後、加茂は子どもを連れて出口に向かった。真広と喧騒が苦手な愛美は、アクアネックレスの展示室で休んでいた。


 愛美は音が変わった気がすると言い張り、聞きやすくなったと付け足した。真広は何も言わず笑っていた。


 小学生は生演奏に大満足、愛美はすっぽかされて不満げなまま帰路についた。愛美はアクアネックレスを音楽サイトで入手したが、どうも美術館で聞いたものとは違うらしい。


 帰宅後、自分の車で帰っていた真広からCDをもらったようだが、それは愛美の耳にとてもマッチしたようで、真広も喜んでいた。


 SNSの彼からは、皆で楽しそうだったから声掛けられなかった、本当じゃないけど本物の家族だね、と言い訳メッセージが来たらしい。愛美は彼との連絡を絶ち、別の友達を見つけることにしたようだ。


*****


 月曜日、学校公開終了後の保護者会も終わり、加茂が帰ろうとすると、真広が車で迎えに来てくれていた。後部座席には大きな目覚まし時計とCDケースが転がっていた。


 加茂は、学校へのイタズラの手紙や停電トラブルは真広の仕業なんだろ?と問うた。


「ルカが癖になっているリズムがアクアネックレスだと気付いたことと、愛美にCDを渡したときの真広の顔を見て分かった。ルカは真広がふと叩くリズムを真似てたんだ。それも全部、美術館でアクアネックレスの音源をすり替えるためだったんだな」


 真広視線を変えず、運転したまま話した。


 星の家を卒業して、愛美のことが女性として好きになった。交際できないのは分かっているが、せめて自分の演奏を聴いて褒めて貰いたかった、トッププロと遜色ないことを認めてもらいたかった。


 けれど愛美は星の家に来た経緯から音楽を敬遠している。簡単には自分の演奏を聴いてもらえなさそうだ。だから展示のCDをすり替え、自分の演奏とその実力を示したかった。


 愛美が自分の演奏を聴くその時、隣に居たかったから、偽のアカウントで愛美を呼び出した。そして停電騒動を起こしてギターに注意が集まる間、CDをすり替えた。


 他にも真広は多くを語った。五百万円ギターは精巧な偽物で、自分の会社は偽物と知りながら設置をさせられたこと。


 大黒は演奏中に偽物だと一騒動起こし、注目と金を集めようと算段した。が、社長が落ち目の大黒よりも業界内の信用を優先し、真広と一緒に大黒のスタジオから本物を盗み、停電騒ぎを起こして本物とすり替えたことでその目論見が失敗したこと。


 途中、大黒のスタジオと機材で真広が演奏するアクアネックレスをCDに収録したこと。


 また、学校公開の日取りが変わり、ルカ達や加茂さんがついてくることが誤算だったから、ルカ達をお迎えに行くのに紛れて、あわよくば日程が変更にならないかと文書を入れたこと。


 それとは別に、授業参観に親が来ないことは、自分らみたいな境遇の子どもにとっては中々辛く、日曜日ならカモさんが授業参観に行けるのに、と思ったことを話してくれた。


 加茂が偽物のギターの所在を聞くと、大黒とは絶縁状態になったため、会社で保管している、と真広は答えた。


 翌日の昼、加茂は大黒に、偽ギター計画を公表すると脅した。そしてギターを自分に譲れば公表しないし、互いに首根を掴んでいる音響会社も黙らせると約束し、了承させた。


 その週の日曜日、星の家の庭で、保護司の爺さんやパートのおばちゃんたちも呼び加茂の貯金を使って皆でバーベキューをした。 


 学校で使うピアニカやバケツのドラムや缶・ビンの打楽器の他に、加茂が持ち込んだ高そうなギターもあった。


 皆が楽しそうに話し、おどけながら楽器を持った。騒音が苦手な愛美も手を叩いて笑っていた。

「カモさん、貯金なくなっちゃったから、まだまだここで働かないとね」

 本当じゃないけど、本物の家族。それも悪くないなと、加茂は子ガモたちを見てそれも悪くはない気がした。

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