第三章 共産主義の目覚め 2

傀暦かいれき百二九年七月十日>

 『共産主義体制における平等』を出版して約一ヶ月。あっという間に本は売り切れた。すぐに出版社の方から声が掛かり、大々的に本が販売された。説明が分かりやすく、とても優れた内容であると高評価だった。

 新聞に広告を出すことは出版社が行ってくれ、ラジオ放送も自らお願いする間もなく、ラジオ放送局から出演依頼がきた。

 ラジオ放送では本よりも更に分かりやすく説明した。学生の方でも政治経済に興味がない方でも、問題意識を持ってもらえるよう優しい説明を心がけた。

 放送はとても好評で、毎日三十分、全五回の放送を終える頃には熱い支持者が大勢増えていた。世間の共産主義への認知度は上がり、最後のラジオ放送では評議会への立候補宣言も行った。

 その社会変革のうねりは確かに私自身、薄々と感じ取ることが出来ていた。

 犬助、猿彦、キジ尾も仕事を辞めて、共産主義体制について宣伝活動、演説を様々な場所で日々行ってくれていた。

 ここから更に忙しくなるだろう。


「桃太郎さん、戻りました」


 玄関の扉を開ける音と同時にキジ尾の声が聞こえた。


「おかえり、演説ご苦労さん。どうだった?」


 帰ってきたキジ尾に声を掛けた猿彦が立ち止まる。

 部屋に入ってきたキジ尾を見ると、後ろに誰か立っていた。


「初めまして、鬼久夜きくよと申します」


 端正な顔立ちをした、青い肌の鬼の女性がキジ尾の後ろから挨拶した。

 丈の長い腰巻スカートを履き、白い小袖ブラウスの上に薄茶色の外衣カーディガンを羽織り、黒い髪の毛を総髪ポニーテールにして、毛先がふんわりと背中に届いていた。

 鬼久夜と名乗った女性は一心にこちらに視線を向けていた。

 突然の来客に驚きつつも椅子から立ち上がり、手に持っていた新聞をすぐに畳んで挨拶を返す。


「初めまして……桃太郎です。こちらの方は?」

「さっき街頭演説を終えて、帰る所で声を掛けられてね。桃太郎さんの本を読んで感動したから是非、どうしても挨拶をしたいということでお連れしたんだよ」


 犬助もがすぐに立ち上がり、鬼久夜さんを席へと案内した。


「そうですか。どうぞどうぞ、立ち話もなんですから座って下さい。今、紅茶を出しますから」


 紅茶を作りに台所へ行った犬助を除き、その場にいた四名が席へと座り、鬼久夜さんに視線を向ける。


「突然押しかけてしまって申し訳ありません。桃太郎さんの『共産主義体制における平等』を読んで、大変感服しました。この社会体制こそ、全ての市民が目指す理想の社会だと感銘を受けたんです」


 私より少し年上くらいの鬼久夜さんは、うららかな声で感動の言葉を伝えた。


「いえいえ、そんな賛同を頂き、どうもありがとうございます。みんな共産主義のことについて、熱い気持ちを向けてくれて感謝しています」

「今までにない素晴らしい考え方だからです。みんなが賛同して当然だと思っています」

「それは、本当にありがとうございます」


 照れくさく笑いながら、感謝の気持ちを素直に鬼久夜さんへ伝える。


「実は私、市民を主体とした市民の発意により活動する非営利の市民活動団体で働いております。分かりやすく言うと、社会貢献活動や慈善活動をしているんです」


 慈善活動、社会貢献活動という言葉が、不思議と鬼久夜さんの佇まいに違和感なく合っていた。


「社会貢献活動というと、困っている方たちの手助けをしているってことですか?」

「そうです。食事も満足に買えない方々のために炊き出しを行って振る舞ったり、ともに仕事を探したりと、生活困窮者の一助となるよう様々な活動をしております」

「それは素晴らしい立派な活動をされているんですね」

「ですが……」


 鬼久夜さんの顔が、優しい表情から厳しい表情へと変わった。


「年々貧しい方たちは増えてきていて、色々な方面から寄付金を募っても足りなくなることが日常茶飯事なんです。炊き出しもままならないことが多く、状況がとても逼迫しているんです。そんな折、共産主義という平等な社会、平等思想を掲げたこの考えに私自身大変賛同したんです」

「評価頂きありがとうございます。鬼久夜さんの現場でも、やはり貧しい方は増えているんですね……」


 今の生活困窮者の様々な実情を鬼久夜さんから聞き始めていると、犬助が紅茶と陶器をお盆に乗せ戻ってきた。


「紅茶でも大丈夫でしたか? 紅茶しか置いてなくて」


 鬼久夜さんの前に紅茶を置きながら犬助が訪ねる。


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

「珈琲好きの方が多いようなんですが、私たちはどうも慣れず、紅茶を飲んでいるんです」


 犬助が淹れてくれた心地よい紅茶の香りを感じながら、鬼久夜さんに伝える。

 お店で飲んで以降、珈琲を何度か飲んでみたがどうも慣れなかった。砂糖と牛乳を入れても慣れず、結局みんなの飲み物は紅茶へと落ち着いていた。


「私も珈琲は苦手でよく飲むのは紅茶なんですよ。淹れてくれた紅茶、とても美味しいです」


 先ほどまでは険しかった鬼久夜さんの表情が、元の優しい表情へと戻っていた。


「それで今の話なんですが、ご存知の通り私たちは評議会への立候補を行い、支持者を集め当選を目指している所です。共産主義の思想と経済体制に、確実に資本主義体制から移行していこうと思っております」


 今の状況と現状について、鬼久夜さんへと簡潔に説明した。

 一通りの話を聞き終えると、鬼久夜さんは居住まいを正した。


「話すのが遅れてしまいましたが、実は私が今日会いに来たのは賛同を伝えるだけではなく、全面的に桃太郎さんたちを支援したいと思い訪ねたんです」


 みんなの顔を順に見て、私の目を見据えた。


「これから色々と労力が必要になるかと思うので、是非私に協力と支援をさせて下さい」


 鬼久夜さんは真一文字に口を結び、眼の瞳には固い決心と情熱が滾っていた。


「それは大変、嬉しい申し出です」


 自然と笑みを向ける。彼女の熱意には私と近しいものを感じた。


「評議委員へ立候補してからとても忙しくなり、私たちだけでは手が回らなくなってきた所でして、是非こちらからもお願いしたい所です。みんなも、良いよね?」


 鬼久夜さんの申し出は大変ありがたかった。選挙活動、演説、新聞への論説執筆など、以前に比べて忙しくなり、みんなも多忙を極めていた。一名でも支援や援助してくれる方が増えるだけで、仕事が分担出来て大変助かる。


「もちろん大歓迎ですよ桃太郎さん。一緒に活動してくれる方が増えるのは大変助かります。これからよろしくお願いします、鬼久夜さん」


 キジ尾の言葉に続き一同、協力の申し出に快諾した。


「ありがとうございます、みなさん。市民活動団体に声を掛ければ、更に十数名は支援人員を出せるので困ったことがあれば遠慮なく言って下さい。今までの活動で得た生活困窮者たちに関する知見や行ってきた援助活動などについて、みなさんに有益となる情報もあると思うんです」

「それはとてもありがたい! 鬼久夜さん、これからよろしくお願いします」


 鬼久夜さんの前へと手を出し、握手を求めた。


「こちらこそ、桃太郎さん……。いえ、同志桃太郎よ」


 手を握り、握手を返した鬼久夜さんが言った言葉に疑問を持つ。

 同志?

 そんな私の不思議がる顔に気付いたらしく鬼久夜さんは言った。


「あれ、聞いたことありません? 最近、ちまたでは共産主義に賛同し、こころざしを同じくする人や鬼たちの間では、互いの名前の前に同志って付けて呼ぶのが流行ってるんですよ」

「ああ、そうなんですか。街頭で演説を行っている時にそう呼んでいた方々が稀にいました。そんな意味だったんですね」

「ええ、一体感があって素敵な呼び方ですよね?」

「同志……。うん、良い響きだ。では改めてよろしくお願いします、同志鬼久夜。そして同志犬助、同志猿彦、同志キジ尾よ」


 互いに信頼している者を同志と呼ぶこの言葉の響きの良さは心地よく感じた。

 みんなも鬼久夜さんと同様に握手を終えると、言葉を合わせるように一同は返答した。


「もちろんです、同志桃太郎!」

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