第8話 こっそり外出だよ?
「エインス、外の世界に行こう!」
「はい? ナル様、もう夜でございますよ?」
いつものように魔法の修行中。僕は意気揚々と宣言した。
それに対しメルトは怪訝な表情を浮かべる。
「ちっちっち。だからこそなんだよエインス君。夜ならママ達も寝てるし、僕らが外を出歩いてもまさか貴族の子とは思われない」
「まだ二十時ですからアイシャ様もツバキ様もバッチリ起きてると思いますけど」
「……これ以上の夜更かしは難しいから今行くんだよ」
遂に五才になった僕だがやはり睡眠という甘い誘惑に抗う術は未だ見付けていない。
しかし今日は多少のリスクを背負ってでも外出せねばならぬのだ!
なぜなら――――
「明日は三月十六日。ツバキママの誕生日。僕はコッソリお出掛けしてプレゼントを買いに行きたい! あとイチゴ食べたい!」
「ご立派なお考えですが自身のお立場を考えて下さい。それとイチゴは歯を磨いた後なのでダメです」
くっ、深夜にイチゴを食べられたらどれほど幸せか思ったのに。やはりそう簡単には許してくれないらしい。
仕方ない、今日の所はツバキママへのプレゼントだけで手を打とうじゃないか。
「プレゼントは何が良いと思う? 去年は肩叩き券だったから今年はそれより良いものをあげたいよね」
「恐らくなにを贈っても喜ばれますし、肩叩き券なんて優に超えますよ。というか外出は確定なのですか?」
「確定に決まってるじゃないか。ほら、靴持って来て。コッソリだよ。窓から飛び降りるから」
僕の部屋は屋敷の最上階である五階に位置しているため、当然この高さから飛び降りたらただでは済まない。
しかし僕らは幸運にも魔法使いだ。それぞれの魔法をちょっと工夫すればこの程度の高さ余裕で下りられる。
「はぁ、かしこまりました。ここで拒否してお一人で行かれても困りますしね。……闇のローブは脱いでも?」
「却下。闇のローブが無ければ僕達の美貌がすぐに只者じゃないと周囲に知らせてしまう。それにこれは、【
「思いっきり私的な活動内容ではありませんか……」
~~~~~~
「へぇ~! 夜の皇都ってこんな明るいんだねー! 昼と全然雰囲気が違うし、大人の数も多い。うげ、お酒臭ーい」
初めて歩く夜の皇都は想像していたよりもずっとキラキラしていた。
街灯の明かりに照らされて道はどこも明るい。お店の看板や店内の照明、テラスが眩しくて昼と見紛うほど。
よく見れば客層も普段よく見掛ける家族連れではなく、恋人や仕事仲間といった人が多いように見受けられる。
「ナル様、迷子にならないようわたくしの手をしっかりと握っていてください」
「うん、握る握る。それでどこに行こっか。ツバキママは剣が好きだから武器屋?」
「ちなみにお聞きしますけど、ご予算はいくらほどで?」
「二千円。僕の全財産だよ」
「……武器屋はやめておきましょう。お花なんかどうです?」
花か。生憎アイシャママと違ってツバキママにはそんなに花好きというイメージがない。
そう言えばこの前魔法の実験でアイシャママが大切に育てていた花を種子にまで戻してしまったけど、もうバレたかな? あれは失敗だったなー。
「そうだ、花よりも良いものがある。確かこっちに――――」
僕は以前ママ達と皇都を見て回った際に興味を抱いたお店へ向かって駆け足で歩き出す。当然メルトの手は握ったままだからメルトを引き摺る形。
この大通りの交差点を渡って左。二つ先の路地を曲がった先に……あった! ここが目的のお店だ。
「『幸運のブレスレット 腕に嵌めるだけで幸せがやって来る。三個で千八百円』。怪しい、これは怪しいですよナル様。謳い文句もやけに安い値段も全てが怪しいです」
「またまたぁエインスったら。幸せがやって来るって事は幸せになれるって事だよ? 僕はツバキママに幸せになって欲しい!」
「その純真な願いは美しいですが少しは疑ってください。貴方そんな無邪気な子供じゃないでしょう」
僕はメルトの制止する声も無視してお店に入る。
初めて入った店内は、ブレスレットだけでなく指輪、チョーカー、ネックレス、お菓子や謎の土偶など本当に色々あった。
幸運のブレスレットだけで皇都に店を構えるのは不可能という事なのかもしれない。これほど幅広い品揃えを見たのは初めてだ。
ついついお菓子コーナーに目移りしそうになるが、今日のお目当てはブレスレット。鋼の意志でダルそうにテレビを見ている店主に話し掛ける。
「すいませーん、幸運のブレスレットくださーい」
「ナ、ナル様本当にここで買うのですか? もう少し他を見てからでも(小声)」
ぼさぼさ髪の店主は僕の声を聞いてようやくこちらの存在に気付く。そして心底面倒そうに対応。
「あー? 客? 幸運のブレスレットなら三個で千八百円だよ。バラ売りはしてない。払えないならとっとと帰りな嬢ちゃん。今巨神戦いいとこなんだから。こっからレミレスがスリーラン打って逆転するんだ」
「はいお金。客なんだからちゃんと接客してよー」
「ちっ、本当に客なのかよ。やれやれ、こんな怪しい店に入っちゃダメってママに教わらなかったのかい嬢ちゃん達」
何故か僕達にお説教する店主。このお姉さんは店を経営している自覚が無いのだろうか。それとも単なるアルバイトかな?
店主(?)は野球中継を消すとやはりダルそうにこちらへ体の向きを変えて口を開く。
「ようこそ、【なんでも屋
「じゃお願い。名前はツバキ、アイシャ、リリアね。そうだ、せっかくならエインスも買ったら? 皆でお揃いにしようよ」
「……ナル様とお揃い。良いですね買いましょう。きっとお母様もよくやったと褒めてくれるに違いありません」
はっ、つい闇の秘密結社モードなのに本来の名前を明かしてしまった。ま、まぁ、まさかブレスレットにコードネームを彫る訳にはいかないし仕方ないよね。
闇の秘密結社のメンバーは正体を明かさないからこそカッコいいしロマンがある。今後は気を付けるとしよう。
「はいよ。名前入りが五つだね。五分で終わるから店内にいな。無論他に買い物してくれても構わない。こっちは万年金欠なんだ」
サツリはそう言うと、煙草をくわえながら店のバックヤードに消えて行った。
残された僕とメルトはサツリの言葉通り店の中を見て回る。もっとも他に買い物をするような金銭的余裕は無いので言葉通り見るだけだ。
サツリは宣言通り五分で帰って来た。
スチール製のブレスレットには僕達の名前が刻まれておりなんだかテンションが上がる。
「ありがとうサツリ! 想像以上の仕上がりだよ。ただだらしないだけの大人じゃなかったんだね!」
「最後の一言は余計だよ。それよりも嬢ちゃん達。さっき店の裏手側で猫の声が聞こえたんだが、ちょっと様子見て来てくれないかい? 最近捨て猫が多くて困ってんだ。礼としてこの売れ残った仮面やるから」
サツリが手渡してきたのは般若を
メッチャカッコいい。
闇のローブに加えこの仮面を付けたらまさに闇の秘密結社に相応しい出で立ちとなるだろう。これは全力で猫ちゃんの捜索に乗り出さなければならない。
僕らはサツリの提案に了承し店を後にした。
そして狭い路地を抜けて店の裏手側に回ると確かに声が聞こえる。でもこれは――。
声のする方へ足を進めると、僕達が目にしたのはゴミ捨て場のゴミを漁る一人の人間の幼女であった。
なるほどなるほど、これは想定外。
僕は現実逃避気味に呟く。
「…………これは、人間型の猫?」
「人間に決まってるでしょう」
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