悪役令嬢に転生したけど『相手の悪意が分かる』から死亡エンドは迎えない

七星点灯

第1話 アナタのココロは読めている

「クロビア、婚姻はもうもう少しだけ待ってくれないか?ボクの父上の病が急に進行したらしくて、父上の看病をしたいんだ。これが終わったら必ず...」


あっ、嘘ついた。


 しかも、とびっきりの嘘だ。私は目の前に立っている彼を睨む。

だけど彼は他のことを考えるのに必死みたい。

私の事なんか知らんぷりをしてずっとブツブツ言っている。


 彼はどうやらとても優秀な男だと言われている。

特に政治のことについてはピカイチで、現国王からも過剰なまでに期待されていると聞いた。

私と知り合ったパーティでの印象は良い方であったし、好青年という感じ。

多くの男が嘘で自分を大きく見せようとしていた中、彼だけが本心で話していた。


でもボロは出てくるものだ。


 彼は交際し始めて数ヶ月経った頃から急に都合が悪くなった。

父上の病気だなんだ言いながら、私との結婚をのらりくらりと延期し始めもした。

当初こそ彼の嘘を大目に見ていた私だったが、もう限界だ。


「もういいわ、その嘘飽きたの。次はもっとマシなの考えてきて」


じゃあね


 と振り返って私は彼の部屋の扉まで歩く。

こんな時の足取りはいつだって重々しく、まるで足に鉛でもついているかのよう。

どうにかたどり着いた、重厚な扉を手で押しながらため息をつく。


ギィィ...


「はぁ、男ってみんな嘘が下手なのね」


バタン


 これで彼との関係も終わってしまった。前世では円満に解決するようにしてたのに。

ここに転生してからというもの、こんな風に別れることが多くなった気がする。


 私は前世で心理学を専門として勉強しており、特に対人での心理を得意としていた。

そう、相手の言ったことが嘘かどうかなんて手に取るように分かるのだ。

だけど最後まで愛を感じた事はなかった。


だって


 私は前世で彼氏に刺されて死亡した。

私が彼の浮気に気づいてしまったから。


「ああぁっ...またやっちゃった...」


 頭を抱えながら部屋を後にする。

私は毎回、このように後から後悔するタイプなのだ。

ツカツカと彼の屋敷を後にしようと、だだっ広い廊下を歩く。

派手に装飾された蝋燭や、何の価値があるのかもわからない絵が飾ってある。

彼に対する私の思いの空虚さが屋敷から滲み出ている。


「クロビア様、『また』ですか?」


 私の執事は毎度こんな事があるとすぐに察して、『また』と強調して言う。

廊下の突き当たり、エントランスで待っていた彼は唯一信頼できる男だ。


「そう。『また』よ。私は何度やってもダメなんだから...」


「でもいつも悪いのは相手の方じゃないですか。クロビア様は正しい対応をしていますよ」


 彼、『グール』の言葉に偽りは無い。

この世界でただ一人、私を理解してくれる人だ。


「まぁそうよね。そうなんだけど、ちょっと自分が悲しく思えてくるのよ。」


「たしかに、相手の嘘が分かるなんて難儀ですね」


 ウンウンとグールは首を縦に振る。

いつもの黒い服に白い手袋を嵌めている彼はいい執事だと思う。


 私がこの世界に転生したと気付いた時は、赤ん坊の頃だった。

何かの拍子に過去の事が頭に流れ込んできて、一瞬頭がショートした。

自分が生まれてから、死ぬ直前までのデータが一気に送られてきたのだ。

しかし、生活が一変するのはこの事件の少し後だ。


 私の父上、『ユージニア』がグールを連れてきたのだ。

グールとはよく気が合った。

彼も当時から7歳とは思えぬ落ち着きを見せていた。

更に、まるで私が見抜いているのを知っているかのように嘘をつかない。

最初は子供だからだろうと思っていた私だったが、2人が成長する過程でも一切嘘をつかなかった。


「クロビア様、どうぞこちらへ」


グールは手を引いて私を屋敷の外に止まっている馬車までエスコートする。


「うん。ありがと」


 彼だけが心の支えだ。

嘘偽りのない関係の構築がどれだけ難しいかを私は知っているから。

もし彼を失ってしまえばもう一生こんな人に巡り合えることなんてないだろう。


「おいクロビア!待ってくれ!話を聞いてくれ!」


 馬車に乗り込もうとした時、後方にある大きな玄関から声が聞こえた。

うんざりしながら振り返って見てみると、彼がこちらに走って来ている。

しかしどうしてだろう。一切嬉しくない。

つい数ヶ月前まではあんなに魅力的だった彼は今、私の目には土人形のように見えてしまう。


「クロビア!」


 息も絶え絶えな彼はどうやら走ってきたらしい。

彼の髪の毛はぐちゃぐちゃになっており、本質が垣間見える。


「どうしたの?もう嘘は聞きたくないわ」


「嘘じゃない。今から話すことは、ボクの心からの叫びだ」


 ほう、男らしさを見せようって魂胆だなと内心は心など揺らがない。

「それならもっと早く言えばよかったじゃない」と心の中で毒を吐く。

しかしこれを口に出すわけにもいかず、私はこう促す。


「それなら最後に聞かせてちょうだい?貴方の叫びとやらをね」


「ありがとう。最後のチャンス、聞いてくれるんだね」


 私は黙って聞く体制になる。

さて、これからどんな言葉を使って誘惑してくるのか。どれほど魅力的な言葉を用意して、逆転を狙っているのやら。


彼は一度深呼吸をしてから大きく胸を張る。


「結婚しよう!」


 たった一言言い放った言葉は彼方へ飛んでゆく。

もちろん私の反対方面へ。

彼の瞳はそれはそれは大きく開き、ゆらゆらと黒目が泳いでいるのだった。


嘘発見


「呆れたわ。やっぱり本心じゃないのね?」


 妥協で結婚するなら誰だっていいだろ。

心の中でそう吐き捨てると同時に、彼の最後の言葉は心からの言葉でなかったことに涙を流す。

私はやっぱり誰かの1番にはなれないのね...


「クロビア...本当...な..んだ。残念...だよ」


 彼は完全にトリップしてしまっている。

顔をベリーみたいに真っ赤にして、独り言をブツブツと吐きながらゴソゴソとしている。


またか


 私は隣で突っ立っているグールに耳打ちをする。

彼にとってここからが1番大きな仕事だと言っても過言ではない。


今までで1番の悪意を感じ取った私は、すぐさま馬車へ乗り込む。


「クロビア!おい!クロビア!」


「お嬢様!早く遠くへ!」


 周りにいる使用人達が騒然となる。

彼がナイフを取り出したからだろう。


「死のう!一緒に死のう!ボクはキミと一緒なら!」


 彼は気が狂ってしまったらしい。

ナイフを振り回しながら気違いじみた事を大声で叫ぶ。

言葉は諸刃の刃という考え方を実に表している恐怖の光景だ。

私が言葉で刺し殺せば、彼もまたナイフで刺し殺そうとしているだけの因果応報。

すると、彼の後ろに黒い影が現れる。


「五月蝿い。弱小貴族が」


先ほどの耳打ちでいち早く動いたグールが彼を取り押さえる。


「やめろ!触るなぁ!グハァッ」


 グールの手によっていとも簡単に行われていく蹂躙に私は安堵する。

彼はものの数秒で鎮圧、身動きひとつ取れぬ体となってしまった。


私に向かってくる刃を止めてくれる彼のおかげで、私は強引な恋愛が出来るのだ。

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