第12話 白狼牙の里にて
手を眺めていた。
目が覚めたあと、起き上がらずに、だ。
俺の手。何の変哲もないただの手。人間の手――であるはずだ。
(俺は、俺の手に余ることをしているか?)
自問自答する。
一晩たてば頭も冷える。昨日は勢いに任せて、ずいぶんと無茶をした。すぐ隣で可愛らしい寝息を立てるフラウの事だけじゃない。
一番には、白狼族に我こそ天人であると騙ったことだ。我ながら、本当に理論も何もなっていない、ガバガバの理屈だ。白狼族はよく信じたものだと思う。
正直、あの場で殺されるような目にあってもおかしくなかった。
なにせ彼らの信じる神を騙るのだから。
まぁ、正直に言うと、信じられなくともいいと思っていた。
その場合は、俺がひと暴れする。だが多勢に無勢でつかまる。神獣を殺した不届きものとして俺は罰を受ける。拷問にあうか、首でも切られるか。幸い今俺は死ねない身だ。適当に死んだふりをしておく。フラウは、よそ者に騙された被害者として、罪は無いという流れになる。
それが第二の案だった。
こんな事、フラウたちにはとても言えないな。
だが結論、その案は使われなかった。
ガバガバなはずの第一案がうまくいき、俺は里で歓迎され、そして花嫁まであてがわれている。中々にご都合主義だ。
(上手くいきすぎていないか?)
そう考えてしまうのは、科学の徒として過ごして来たからだろう。
何だか、おかしくはないか? なぜ今こうなっている?
そもそもは、死んでも死なない不死身の体になっている事がまずおかしい。
右も左も分からない異世界。一番に心配するのは、身の安全だ。
だが、俺にはその心配がない。都合がよすぎる。
この世界の文化、言語、風習が俺に理解できるのも、不可解なのに。
(これらの状況に、何かにの意図を見出す事はできないだろうか?)
違和感というのは大事だ。
俺は、昔からちょっとした直観、ひらめき。そんな物を大事にしていた。
熟考のうえの判断。それを十全に行うためには、材料となる情報が必要だ。しかし、判断に足る完璧な情報が得られる事は普通はない。
そういう場合は、直観に頼ってきたのだ。
「んに……。フミナ、どうしたに?」
フラウが目をこすりながら身を起こした。
木造りの寝所の小窓からは光が差し込み、鳥のさえずり聞こえている。俺たちがぐっすり眠っていた間に外はもう、朝だ。
「ああ、考え事をしていた。そういう日課なんだ。――その、おはよう。フラウ」
「ん……、おはように」
あの後、事に及んだ俺たちは終わった後いつのまにか寝ていた。
だからフラウも裸だ。布団がわりの布で前を隠しているものの、色々見えてしまう。
昨日、しちゃったんだよな……と思い出して、思わず赤面した。
俺は、白狼族に自分は天人だと騙った。そうである可能性は確かにあるものの、現在の時点では真実であるとは言えない。ならばそれは嘘だ。
フラウたちの安全を確保し、情報をいくつか得たらこの里をさっさと出るつもりだった。だからこその、その場限りのでまかせだったのだが――
ほぼ生まれたままの姿のフラウを見る。銀の髪が、日に透ける。
木漏れ日に照らされた彼女は、神話に出てくる女神の様に綺麗だった。
俺の視線に気づいた彼女は、「んに?」とあどけなく笑った。
…………。
あー、これは。うーん……
「逃げられないし、逃げたくないな……」
俺の目的はこの世界を調査して、地球の時の凍結から救う事だ。
いずれ地球に帰る存在だ。
だが実際、どれくらいかかるか分からないわけだし。嫁を貰ったっていいよな。
……昨日、覚悟決めたしな。
「フミナ、どうしたに? 難しそうな顔したり、泣きそうな顔してるに」
うむうむ。小首を傾げるフラウさん。
可愛いなぁ、きれいだなぁ……って思っちゃうよ。
白狼族の娘。美しい銀髪の花嫁。
気にしないでと言う俺に、訝し気な顔をしたあと、むうと膨れていた。
「大丈夫。責任は取るからな」
信じられたものはしょうがない。
そうであれば、嘘を本当にすればいいだけだからな。
◆◆◆
「おお、そのような事情があったのですか……。それは、苦労をされましたな」
俺は、老年の獣人族――里長に虚実織り交ぜて事情を伝えた。
別の世界に住んでいたが、そこが危機に陥ったため、力を使ってこの世界にやって来た事。この地の天人の遺跡なら、何か手がかりがあるかもしれない事。また、この地には、白狼族という者たちがいると言い伝えがあったため、頼りたいと思った事。その白狼族を食べようとしていた、神獣というものがいると知り、許せなく殺した事。
「信じてもらえるかわからなかったから、大げさに名乗りを上げたんだ。すまなかった。今の話の通り、俺はこの地にいた天人の事を何も知らないんだ」
どうにか助けてくれ。
そう言って頭を下げると、この頭の禿げたオオカミみたいな里長は、大きく慌てた。
「どうか頭を上げてください。フミナさま。我らはあなたの様な方をずっと待っていたのですから」
と笑ってくれた。
俺の考えたストーリーは、語った結果それほど嘘が混入されていない感じになった。
天人かどうかなんて、わからんって所と、白狼族なんて初めて知ったというのが嘘だな。まぁ些細なことだ。俺の罪悪感も減って万々歳。
「お望みの遺跡ですが。今まで神獣様が塞いでおったので、実は、我々も入ったことが無いのです」
「そうなのか……」
「先祖代々、聖域の管理者と名乗っていますが、その実は、近くに住んでいるだけでしてな。神獣様に阻まれ、遺跡には近づけませぬ。遺跡自体も、樹海に飲まれており、現在どんな状態になっているのか……。それに、なにぶん古いものなので、朽ちていると思われましてな。フミナさまの仰る、天人様の装置というものもあるかどうか……」
「いや、里長。それはあるかもしれない程度で考えているだけだから大丈夫だ。希望のものが無くても、気にしないよ。それより神獣は殺したわけだから、そこへ行くのにもう障害は無いと考えていいのか?」
「はい。フミナさまは天人様であられるのですから、もちろん遺跡に立ち入る事ができましょう。村の若者を数人付けます。危険があるかもしれませんし……」
「いや、それはやめてくれ」
俺はきっぱりと断る。あまり大人数を連れて行って、俺が天人とは無関係だという話になった時、まずい。さらに、危険があるかもしれないというのなら、なおの事、俺一人だけで行くべきだ。
「では、フラウとミアはお連れなさいませ。フラウは弓も達者です。力になります」
「危険なんだろう? 彼女達には、安全なところにいてもらいたいんだが」
「いいえ、いけません。白狼族にとって、あなたは使えるべき主。それにあれらは、もう貴方のもので御座います。どこへでもお連れください」
そこは譲ってもらえないらしい。
「それから……、早く出発された方がよろしいな」
里長は急に声をひそめ言った。
「フミナさまが来られる少し前、外の人間族が接触してきたのです。魔導師と呼ばれる奴らなのですが、天人様の後継者を自称している不届きものどもです。それが、遺跡のある神域に入れろと言ってきたのですな」
「……なんだそれは?」
「この大森林の外には、人間族の国があるのですが、それとは別に、この世界を監視する者どもがおります。これが、神域の調査をするという。神獣を退かして、中に入れろと申していました。フミナさまはご存じの通りですが、神獣さまをどうこうする力は我々白狼族にはありません。しかし、代々、神域の守り手を名乗っていた手前、できないとも言えず、適当に誤魔化しておったのです」
「それはまた……」
世界を監視する魔導師たち?
どういったものなのか分からないな。
「聞けば、大規模な調査団を派遣するつもりとのこと。どうしたものかと悩んでおったのですが、フミナさまが現れる兆しであったかと思い至りまして。彼らに先を越されると不味いきがします。早う出立なされたがいいでしょう」
「そいつらとは敵対的なのか?」
「いいえ。我らは誰とも敵対しません。しかし、文明を遠ざけて生きてきた種族です。一方彼らは、独自の魔導術を用いて反映しています。我らの事を未開の者と下に見ている事は間違いないのです」
その時、里長の家の外で数人の言い合う声が聞こえる。
「いったいどういう事ですか!? ここに、
ヒステリックに叫ぶのは、若い女の声だ。
そのほかにも、数人は居そうな気配。
いやはや――と里長は、困ったような顔をする。
「里の者たちに、口止めしておくのを忘れていましたな……」
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