第27話 バット・アス・パニッシュメント

「【ブルーミング☆スター】!!」


 花開くように出現したお星さまが、ディアンナの力を受け止めて爆発した。

 それにユウは憎々しげに歯噛みする。


「ちぃっ、直接作用型の力だけど、対象が見えていないと防がれるか……っ!」

「レクスくんがいれば、千里眼が使えたかもしれないけれどねえ」

「嫌だっ、主人公あいつの名前なんて出すなよ! ディアンナは僕のパートナーだろ!?」

「あらあら、うふふっ」


 他の男の名前が出されたことで半狂乱になったユウは、目に涙を浮かべながら駄々をこねた。

 このヒロイアゲームが始まって思い知らされた事実。それは、作品の主人公は自分ではないことだった。どれほど思いを込めても、どれほど自己投影をしても、ディアンナの中で小森優紀とレクス・アーシュギアスは別人なのだ。


「ふざ、けるな……!」


 なら、ボクがレクスを超えてやる。そうしてディアンナの視線をボクに向ける。寵愛を受けるのは、ボクだ!


「見えている全部をぶっ飛ばせばいいだけだ、ディアンナぁ!」

「男の子ね。解ったわ。――【主よ、裁きを下し給えオール・ディストラクション】!!」






 盾が削られる音が四方から聴こえる中、お星さまのドームの陰にいる詠太郎は、昇降口の柱に背をもたれてどうにか体を起こそうとしていた。


「オーバー・ライトか……」


 出力が上がり、単発の攻撃ではなくなった今、もう自分が身を挺することは不可能だろう。

 たとえ精神は未熟だとしても、ユウは間違いなく作家だ。物語を一編書き上げるという高い壁を乗り越えてきた、戦士の一人。もしもあと数年遅く出会っていたなら、あるいは――


「エイタロー!」


 星の隙間から滑り込んできたエルが、こちらを見るなり愕然と目を見開いた。


「ちょっと、ボロボロじゃない!? どうしてそんな無茶をしたのよ!」

「守りたかったから、かな」


 へへっと、鼻の頭を掻く。けれど教師二人は無事で、校舎の方も、既に手遅れだった一室以外には、昇降口の周辺が多少破壊されてしまった程度に留めることができた。


「バカ。一歩間違えれば、死んでいたかもしれないのに――」

「君が来てくれるって、信じてたからね」

「えっ……?」

「それにエルだって、この状況ならそうしたでしょ? まあ、そう書いたのは僕だけど」

「……もう」


 エルのため息交じりの手を借りて、立ち上がる。足が折れそうになるのは、拳を叩きつけて叱咤する。折れているわけじゃないんだ。エルたちなら、もっと酷い怪我を負っても立ち向かうんだ。僕が弱音を吐くわけにはいかない。


――その程度の力しか持たない癖に、その程度の覚悟しか持てない癖に、一丁前にキャラクターに戦わせ、信念を叫ばせているのが、貴様ら作家だ。


「(そうだよね遠野さん。僕はカッコいいヒーローにはなれないし、『月光のアルミュール』の主人公じゃあない。けれど……このヒロイアゲームでエルとともに戦う、日月詠太郎の人生という物語の主人公になら、なれる!)」


 だからこそ、自分の信じるものを貫かなければならない。守りたいものを守れるように。

 そんな詠太郎の決意を揺るがすように、星の盾の一片にひびが入った。


「エイタローっ!」

「解ってる。エル、前を向いて。いつでも飛び出せるように。――絶対に、守るよ」

「ええ!」


 エルに頷き返し、詠太郎は正面の星を睨みつけた。

 ステラが張ってくれている星の盾も、そろそろ限界だった。全体攻撃をしながらも、一番激しく狙われているのは、自分が倒れていただろう場所。つまり、真っ先に崩壊するのはここだ。

 けれど、それが足がかりになる。


「3、2、1――エル、『ロゼ』だ!」

「了解! 【宵闇を裂きし光の剣ロゼ・ド・リューヌ】!」


 耐えきれず割れた箇所から、エルが無数の光の剣を放つ。それに続くようにして、詠太郎も走り出した。


「おいおい、作家が一人で突撃してきやがった!」


 こちらの姿を視認したユウがほくそ笑み、ディアンナに指示を飛ばす。

 そう。狙うべき対象が見えれば、自然とそこに目が行く――


「けれど、僕だけ見てていいのかい? ステラちゃん!」

「うっし、任せろし!」

「あー? そっちのヒロインは防御のスキル持ちなんだろ。何も怖くないって」

「あら、『』って、知らないの?」


 歯を見せたステラに、ユウの眉が怪訝に潜められた。

 ステラが二丁魔法銃を突き上げ、叫ぶ。


「卓哉、出力上げて! 【シューティング☆スター】!!」

「……何も起こらないじゃんか。やっぱり雑魚――」

「ユウくん、あっち!」


 ディアンナが指さす方――詠太郎のいる方へと振り返ったユウは、言葉を失った。

 盾として展開されていた星たちがカタカタと明滅またたきを繰り返したかと思うと、刹那、流星の弾丸となって高速で飛来してきたからだ。


「そんなのアリかよ……! けど、もうだいぶ脆くなっているはずだ。ディアンナ!」


 膨大なエネルギーが、流星を片っ端から撃ち落としていく。

 ひとつ、またひとつと消えていく盾。身を隠すものはなくなった。

 しかし、詠太郎はなお足を止めずに向かっていく。


「今度は星に目を向けて、僕を見失った!」

「何っ!?」

「エル!」


 詠太郎が叫ぶと、太陽に影が差した。『朔望如光陰オンブル・トゥール』で空へ舞い上がっていた月により、日食が起きたかのように。


「【天衣夢縫シエル・アルミュール:ル・クラジューズ】! 押ォォォ忍!!」

「ハハッ、無駄だ! 先に作家を潰してしまえばいいだけだろう!」

「さすがユウくん、冷静ね。【主よ、裁きを下し給えオール・ディストラクション】!」


 威力を増した消滅の力が、詠太郎めがけて放たれた。

 天空から振り下ろされた鉄槌が、それを叩き潰すようにして地に打ち付けられる。


「ざーまーあ-! せっかくの大技が、無駄になっちまったなあ! アハハハハハッ!」

「『』ってね。元からこれは、エイタローを守るためのものなのよ」


 エルの挑発的な目に、ユウは眉間を歪めた。


「はあ? 何を言って――!?」


 彼は理解した。そして慄いた。目の前のヒロインが纏っている巨大な光の拳は、まだ力を放出し続けている。つまり、作家を守らなくてはならない攻撃ナニカは、まだ残っているということ。


「はっ、まさか!」

「正解。ハナマルをあげるし。【シューティング☆スター】!!」


 振り返ったユウの視界いっぱいに、星が瞬いていた――






 ディアンナのいなくなったグラウンドで、ユウは抜け殻のように空を仰いでいた。


「ごめん、ディアンナ……」

「そこで最初に出てくるのが、『ごめん』なんだね」


 詠太郎は手を伸ばし、小さな体を起こした。


「それなら、君はまだ、道に戻れると思う。そうだ、僕は日月詠太郎。君の名前は?」

「小森……優紀……」

「そっか、優紀くん!」


 起こした手を離し、今度は握手を求めるようにして差し出した。

 優紀はそれに目を瞬かせながら、なんども詠太郎の顔と手を交互に見やる。


「怒って、ないの……?」

「もちろん、怒ってるよ。けれど僕は断罪者じゃないから。ここから先は、警察の仕事」


 同じ夢を追いかける者として自分がやるべきことは、叱咤だけだと詠太郎は思っていた。何より、何かを償うことなんて、本人以外にはできないのだから。



 手と手が再会の約束を交わす様子を遠くから見ていたエルは、ぶっすうと頬を膨らませていた。


「甘い! 甘いのよエイタローは! 子供にはきちんとお仕置きしないと。お尻ぺんぺんとか!」

「まあまあエルたそ……最近ではそういう教育は古いとされておりますし」

「なんならエルが行って来れば? ほら、『月に代わっておしおきよ!』的な」

「すすすステラたそ、それはまた別の問題があるでござるよぉ!?」

「知らないし。――あ、詠太郎が倒れた」

「何ですとぉ!? 詠太郎氏ぃぃぃ!?」


 力尽きてぐらりと倒れた詠太郎に駆け寄る、卓哉の悲鳴が空にこだました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る