第二章 公女去りて後のアシュフィールド国

建国伝説、そして謁見



 アシュフィールド国の成立はおよそ千年前にさかのぼる。


 その頃、この地は様々な災害に見舞われ不毛の地に近い状態で、貧しい集落が点在し、争いと略奪で疲弊した無法地帯だった。


 そんななか、とある豪族に一人の食客がいた。


 彼は遠い国からやってきた旅人で、様々な知識を持ち、武術に長けていた。

 族長と意気投合した彼は余すことなく才を発揮し、集落を発展させていく。

 まず地を豊かにするとうわさを聞き付けた才ある者たちが更に集い、富を蓄えそれをもとに部族はやがて国を作り、法と道を整備した。

 その『食客』と豪族の跡取り娘が婚姻し、王と女王として立つ。


 初代の王の名はイシュマエル。


 太陽と月に愛された神の化身と言われた。


 彼と妻と子供たちは知恵をもって千年揺るがぬ国の礎を作り上げ、今に至る。


 平民すら知っている、建国伝説だ。





 開かれた木箱の中には、汚泥にまみれた紺色の髪と無残に切り裂かれたドレスと思われるものがぞんざいに詰め込まれていた。


「…これが、かの方…。エステル・ディ・ヘイヴァース公爵令嬢の名残り…と、思われます」 


 第三王子ジュリアンの側近である騎士コンデレ子爵令息のダニエルは、壇上の玉座に座る王に跪き頭を垂れたまま告げた。


 彼の隣にはヘイヴァース公爵令嬢の元護衛騎士であるデイヴ・バリー。

 そして背後に警備隊員のラッセンとロビーとベン。

 聖グレジオ教会へエステルを護送した十人の騎士たちで王宮へ戻れたのはこの五人のみ。


 道中で魔物に襲われた彼らを救い出し、山頂から転落したエステルの捜索活動を行ったクライヴ・ハドウィック辺境伯と騎士たち二十人余りも証言と護送のために同行し、同じく床に跪いていた。


 非公式とされながらも立会いを許されたこの国の有力貴族たちが壁際に並び、固唾をのんで見守る。


「名残り…とな」


 現国王スチュアートは王妃マルガレーテの母国での戴冠式に王太子夫妻を伴って出席していたが、知らせを聞いて急遽、単身帰国した。


 まさか第三王子ジュリアンが王の不在をついてこれほどの蛮行を働くとは思ってもみなかった。

 八歳の時からジュリアンの婚約者として毎日王宮へ参じていたエステルは、スチュアートにとって娘同然。

 それが、こんなことになろうとは。


「発見した時には、既に…。ほとんど残っておらず」


「公爵令嬢は、死して獣たちに食いつくされてしまったというのか」


「はい…。崖下にたどり着いた我々が目にしたのは、猛禽たちが残り物を突っついている光景でしたので」


「なんと……」


 謁見の間にどよめきが起きた。


「……失礼ながら申し上げます、陛下。その遺骸がエステル様である確たる証拠はこちらになります」


 デイヴ・バリーは懐からハンカチに包んだものを出して両手で捧げ持つ。

 それを近衛騎士が受け取り、玉座へ運んだ。


「…これは。爪か。エステル嬢の…」


 青ざめた顔で受け取った王は、ハンカチを広げて中を覗き込み低く呻く。


 そこにあるのは何枚かの、貝のようなもの。

 彼女の髪を彷彿とさせるラズライトに塗られたであろうそれはひどく傷つき、ぽつんと埋め込まれた小さな真珠もひしゃげていた。


「は。おそらくは。あの夜はそのように装ったとドレスルームの侍女たちが申しております」


「なんてことだ…。なんてことを…、してくれたのだ…」


 ハンカチを握りしめ、強く目をつぶる。


「それを、こちらへ寄こしなさい、王よ」


 突然、凛とした声が響き渡り、場の空気を一変させた。


「母上……」


 玉座の背後に降ろされた幕から現れたのは、王太后アレクサンドラ。


 この謁見の間から一番遠い離宮で隠居生活を送っているはずの王の母が現れ、人々は動揺する。


 黒衣の最高権力者。

 アレクサンドラはそう呼ばれている。


「私が確かめましょう。それが、エステルの物なのかを」


 七十を目前にしてもなお眼光鋭い女は当然の顔をして王の隣の椅子に座り、優雅な仕草で手を差し出した。


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