因縁
ネルソン侯爵家は昔、公爵家として国の重鎮として権勢を誇った。
しかし六代前の小公子は素行が悪く、おごり高ぶった彼は王子の婚約者に狼藉を働き捕らえられ、未遂で済んだものの事件を調べていくうちに余罪がいくつも出てきたうえにネルソン公爵家の人々の行状は惨憺たるものだということが明らかになった。
だが当時の王妃の生家だったため、侯爵への降格と王都で最高の立地条件の豪華な邸宅を手放すことで落着した。
ネルソン公爵家の屋敷を取り壊し更地にしたのち、新しく屋敷を建て主となったのが新たにヘイヴァースの名を冠した公爵、つまりは事件の被害者である王子夫妻だった。
それから現在に至るまで、ネルソンは侯爵家であり続けたものの勢力はかばかしくない。
屋敷を取り戻し、公爵へと昇格し、昔の栄華を取り戻すのが代々の悲願だった。
ヒュ―――――
バーン
ドドーン
王宮の近くで花火が上がり夜空を彩った。
第三王子ジュリアンとオリヴィア・ネルソン侯爵令嬢の婚約を祝うために、さまざまな色と形の花火が次々と上がる。
王都の民たちは音を聞きつけ、誰もが路上に出てそれを眺め楽しんだ。
「今すぐここを開門しろ! 罪人エステル・ヘイヴァースの生家は没収と決まった。速やかに使用人たちは屋敷から退き、道を空けよ!」
花火の音が鳴り続ける中、ネルソン侯爵家の騎士団と第三王子ジュリアン直属の騎士団と王都警備隊総勢百名がヘイヴァース公爵家の邸宅を取り囲んだ。
「罪人……でございますか。それはいかなる罪状でありましょうや。私は侯爵家の留守を預かる家令です。大変失礼ながら、ここを明け渡す手続きとして念のためお聞かせ願えませんか」
灰色の頭の家令の後ろには使用人たちがずらりと門の前に並び、頭と腰を軽く下げて恭順の意を表す。
当初の予定では主な使用人たちを公務執行妨害の罪で殺傷するつもりだったが、騎士たちの物々しい様子に、花火見物をしていた王都の人々は何事かと遠くから見守り始める。
ネルソン侯爵は内心舌打ちした。
見物人が多いのはヘイヴァースを貶めるのに都合が良いが、使用人たちの無抵抗開放となれば混乱に乗じてこの屋敷にある財宝を行方不明にさせることができない。
まあいい。
あとで何とでもなる。
「エステルは日ごろから我が娘オリヴィアに嫉妬し、害そうとした罪と、ドレスルームの侍女、ジェニファー・コーラル伯爵令嬢殺害罪により、ジュリアン王子殿下に裁かれ、既に修道院へ移送中だ。極悪非道なる女を産み育てた罪としてヘイヴァース家は降格、この屋敷も接収する」
門扉越しにネルソンが読み上げる罪状に、家令は顔色一つ変えずただ黙って終わるのを待った。
「わかりました。国の決めた接収とあらば、ヘイヴァース家は従うほかはありません。どうぞお入りくださいませ」
家令の合図で門番は開門した。
警備隊には塀の周りを取り囲むよう命令し王子の騎士たちには門の前に並ぶ使用人たちを監視させ、ネルソンと侯爵家の騎士たちはわれ先になだれ込む。
ヘイヴァースの邸宅は宝の山だった。
一歩踏み入れるなり皆自制心を失い、結局略奪を始めた。
公爵夫人や公女のドレスルームは真っ先に標的になり、宝石を漁り、ポケットに突っ込む。
小さなものならこっそり忍ばせても分かりはしない。
ネルソン自身もヘイヴァース公爵の執務室に入り、引き出しを漁り始める。
欲しいものはたくさんあるがとりあえず、目についた高価なカフスをポケットに入れた。
「おい、お前。金庫の鍵と帳簿を出せ」
目的の物が見つからなかったネルソンは走り戻り、ヘイヴァースの家令に掴みかかる。
「誠に申し訳ありません。この度の領地への視察と手続きのために当主ご自身がお持ちになられましたので、ここにはございません」
人形のように無表情な男は首を締めあげても動揺することなく、揺さぶられるままだ。
「くそっ、役立たずめ」
地面に男を投げ捨てると、王子の騎士たちに命じた。
「こいつを縛り上げておけ。後でじっくりと話を聞く」
「……はっ」
騎士の一人が家令を立たせ、後ろ手に縛る。
「それとお前たち。梯子と斧を借りてここに持って来い」
横柄に王宮騎士たちにネルソンは顎で示した。
すでに彼は第三王子の舅のような態度だが、正式にはまだ婚約すら結ばれていない。
内心不満を抱きつつも騎士たちは従い、彼に命じられるまま屋敷の玄関扉の真上に向かって梯子をかけた。
「その紋章を削り落とせ」
ネルソンの視線の先にはヘイヴァース公爵家の大紋章が漆喰によって形作られていた。
中心には王家の血筋を引いていることと高名な騎士団を率いていると記す紋様が組み込まれており、その複雑な図柄には国で最も尊い家門であることがはっきりと表れていた。
「え……?」
騎士たちは戸惑う。
警備隊と王宮騎士団はこの任務を家宅捜索だと思い、従ってきた。
しかし、ネルソンの騎士団たちはまるで野盗のように略奪を始めており、当主自らそれを推し進めている。
まるで国家大逆罪を犯したかのような扱い、いや、国王不在の間にネルソン自身が大逆を犯しているようにも見える。
このままで良いのか。
我々は、とんでもないことの片棒を担がさせているのではないか。
焦りが増していくが、もはや止められない。
「ここは、今よりわがネルソンの物となった。その忌々しい家紋を今すぐ削れ!」
彼らは仕方なく言われるまま、大紋章の中心に斧を振り下ろした。
『カン――――――』
斧の刃が真ん中に当たった瞬間、強い光が走った。
ド、ドド――――ン!
爆音と振動に、誰もが顔や身体を守って縮こまる。
凄まじい爆風と光に門の中にいたものは皆吹き飛び、気を失った。
どれほど経ったのか。
もうもうと砂埃が立ち込める中、地面に投げ出されたネルソン侯爵は目を開き、なんとか起き上がり驚く。
壮麗なヘイヴァースの屋敷は消え失せ、がれきの山があるだけだった。
「な……なに……?」
コロン。
ネルソンのポケットから黒い石がこぼれ落ち、土の上を転がる。
一気に広くなった空に花火は上がり続け、火の芸術を無邪気に空に描いた。
儚くも、美しく。
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