五人の男
「うわああ――。助けてくれーっ」
悲鳴が闇の中を響き渡った。
しかしどうすることもできない。
馬と負傷者は途中で捨て置き、歩ける者だけが急こう配の森を進む。
岩や木そして根に掴まりながら登るのは、デイヴ、ダニエル、ラッセン、そして御者をしていたロビーと彼の弟のベン。
十人もいたはずなのに気が付くと半数になってしまった。
「あれは……。多分ジャムコじゃねえか」
ぼそりとベンがつぶやく。
ジャムコは最初に目を負傷し、倒れた馬車の近くに置いて来た男。
近くには血を流し冷たくなったロウの遺体もある。
それを嗅ぎつけた獣か魔物に襲われているのかもしれない。
「何でこんなことになってんだ? 話が違う。こんな危険な仕事だとか聞いていない」
ロビーは泣き言をこぼしながら小刀で目の前の枝をはらう。
「そうだよ。俺たちは悪い女にちょっとお仕置きするように言われただけなのに」
ベンの岩にすがる手が震える。
「それにしても、なんでだ。俺たちは獣と魔物除けの護符を貰ったはずなのに、モテモテじゃんかよ」
マントをとめているブローチに術を仕掛けているからと、王子の新しい婚約者の父であるネルソン侯爵自ら配った。
「まさか……。まさかな。それはねえよな……」
ラッセンがぶつぶつと呟き頭を振る。
エステルの殺傷能力に怖気づいたマットは魔物に襲われ歩行不可能になり脱落。
獣除けの焚火をしてやったが、どこまで効力があるのかわからない。
その後、進めば進むほど襲われた。
救いはほとんど中型から小型だったため、慣れてくればこなすことができ、五人はなんとかここまで生き残った。
「あった。やはり、エステル様はここを通った」
大きな木の根元に喉を切り裂かれた山羊ほどの大きさの魔獣の死骸を見つけたデイヴが声を上げる。
「ほんっと、やることに無駄がねえな。お姫さんは。一撃必殺とか辺境騎士並みだぜ」
追いついたラッセンがしげしげと遺骸を見つめた。
彼女は護符の類を一切身に着けていないはずで、そのおかげで跡をたどりやすい。
出来立てほやほやの魔物の遺骸を探せばよいのだ。
「やはり、上か……」
ダニエルは額の汗をぬぐい、深くため息をついた。
この状況になってもなお、追跡を止めるという選択肢はなかった。
『コンデレ卿の無事のお帰りを、お待ちしていますわ』
オリーブグリーンの美しい瞳が、うっすらと潤んだ。
ピンクブロンドの長い睫毛がバラ色の頬に影を落とす。
『公女様を今はお恨みしてはおりません。私は修道院で平穏な日々を送っていただければそれで……』
細い指先を胸元で合わせてかたかたと小さく震えながらも、気丈に振舞った、敬愛する令嬢。
あの御方のために、あの女を。
あの悪女を罰するのが私の務めだ。
儚げな微笑みがダニエル・コンデレの脳裏に浮かぶ。
犯して殺せという王子の指令は、知らなくてよい。
オリヴィア・ネルソン公爵令嬢だけは優しく愛に包まれ、綺麗な世界だけを見ていてほしい。
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