チャプター04
午後6時に藤崎が予約した店は、千代田区内幸町二丁目に位置する小料理屋であった。
5分前に的場と2人で到着して店内に入ると、藤崎は先に来て既にビールを飲んでいた。
藤崎が座わる席を指定した。的場をカウンターの真中に座らせ、厨房に向かって的場の右側が藤崎、左側が矢上だった。
「今日は無礼講だ。好きな物を頼んで好きなだけ飲んでくれ。今日は気分がいい。なぁ女将」
楽しそうですね、と女将が返事をした。
「今日はわしらの団結式なんだ。新しい船出だ。好きなものを飲んで喰ってくれ」
矢上は生ビールをジョッキで頼んだ。すると的場も、
「わたしも生、ジョッキで」
3人で乾杯をした。
藤崎から矢上は、日本酒を付き合わないかと誘われ、「はい」と言って口にし、ご
「旨いです」
自然と言葉が出た。藤崎は日本酒を的場にも勧めた。
「はい、いただきます」
と言って、的場は猪口に入った酒を一度で飲み干してしまった。
それからしばらく3人で酒を飲んだ。女将に銘柄を尋ねたら、
「新潟の純米酒です」
とのことだった。確かに旨いと思った。
「手帳の中を見たか?」
藤崎が尋いたのに対して矢上は、見てはいませんと答えた。
「以前君が、山田署長からの昇任推薦を断ったことも聞いている。私には他意はない。長官推薦枠で君の承諾なしに階級を上げた。少しでも俸給や諸手当が高い方がと思ってやったことだ。君が一番嫌がることをやってしまい、許して欲しい」
いきなり藤崎は直球を投げ込んできた。藤崎にはこうした諸刃の剣のような対応を平然とするところがある、と思った。しかしもう船出は始まってしまっていた。これが藤崎との貸し借りになるようなことにだけはしたくないと思った。何としても
的場と藤崎を残して1人先に店を出た。
内幸町交差点を右折して虎ノ門駅へ向かった。歩きながら矢上はこれから始まる任務について
矢上の後姿が
小田急線愛甲石田駅から北西方面へ徒歩で5分程行くと小さな
帰宅すると里江も弘美も居間でテレビを観ていた。里江が、
「ご飯は?」
と声を掛けた。
乗り換え駅の新宿駅を出発する時に自宅へ電話をして帰宅時間は知らせておいた。
「済ませたけど少しだけ飲もうかな。おかあさん、たまには一緒にどうですか」
と誘うと、里江は、
「少しだけならね」
と言った。弘美が続いて切り出した。
「父さん、どうだったの?どんなことやるの?」
そう言って、矢上の顔を覗き込んできた。
「県庁だと思ったらさ、そこから警察庁へ行くことになっていて、バタバタしちゃったよ。結局、警察庁の長官官房の中の官房調査室って所へ行くことになったけど」
「何の仕事?」
弘美が尋いた。里江も矢上の顔を覗き込んだ。岳父が亡くなり、続いて妻の奈津子が病死し、今はこの3人で暮らしている。
「調査室だから調査する仕事みたいだけど。詳しくは明日説明があると思う」
警察庁の辞令が下りた時から、口が裂けても本当のことは話さないと矢上は心に決めていた。
仏壇に線香をあげに行った。その後シャワーを浴びてからリビングに戻った。既に、ウィスキーと氷の入った器、ピッチャーとトングがテーブルの上に用意されていた。
3人で乾杯をした。弘美はジュースを手に持っていた。
「父さん、心配ないよね。絶対に」
「
里江も弘美も満面の笑みだった。
「ねぇねぇ、おばあちゃん、バーベキューの話だけど、父さんに言っとかないと」
それは弘美の中学校の同級生の家族と一緒に、明後日バーベキューをやろうという話しだった。明後日は土曜日で、昼頃からその友達の家の庭で
「父さん、大丈夫でしょう?」
「仕事じゃない限りは参加するよ」
「お父さん大好き」と言って、弘美は矢上に抱きついてきた。
床に入ってからなかなか眠れなかった。これから的場と一緒に動いて得た情報は
そして、公用車を自宅には駐車しないようにするため、別の離れた所を借りることにして、場所は都度変更するようにしよう。
装備品、特に拳銃は弾丸の装填と安全ゴムの確認を怠らず、弾丸はケースに多めに入れて必ず持ち歩くようにしよう。危険な場所に行くことが分かっている時は、拳銃の安全装備を解除して予めホルダーで身に付け、予備弾丸はスラックスの左ポケットに多めに納めておくようにしよう。着脱式特殊警棒や手錠、補じょうは、運転中コンソールボックスに収納しよう。
拳銃を含めこれらの装備品を自宅に保管するには、机の引き出し奥の鍵付きの場所に収納し、里江と弘美には絶対に気付かれないようにしようと矢上は気を引き締めた。
公用車の車検証は警察や自分とは関係のない名義人にしてもらうように頼もう。それから運転免許証を携帯することは止めよう。万が一の時を考えたら危険である。
例えば、検問中に職務質問された時とか、交通違反で捕まった時などは、不携帯と言ってしまおう。不携帯で反則金を収めてしまった方が安全だと、矢上は考えていた。
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