4 サヨ伝説 その弐
久次郎はサヨを送り出した夜、まんじりともすることなく朝を迎えた。
一番鶏が鳴き、空が白み始めるとき、寝ずの番をしていた男に木戸を開けさせ、誰も追ってくるなと言い置いて神社に向かった。
久次郎は村おさであると同時に神社の神主も兼ねていた。村の代表であり、まとめ役であり、村人の生死を分けるさまざまな決め事を実行する立場にあった。
屋敷と神社とは五町と離れていない。
しかし久次郎はなかなか戻ってこなかった。
日が昇りきり、空気が暖められて、山あいに川霧が発生する時刻になっても姿を見せなかった。
久次郎の妻、ギンは気が気ではなかった。
夫はサヨの姿がないことを確かめるとすぐに戻ってくるはずなのに、戻りが遅すぎる。
しかし居ても立ってもいられなくなったギンが、とうとう息子の義助を岩代神社まで見にやらせたのは、もう陽が天空の中央に差し掛かってからのことであった。
しかし義助は屋敷を出るや否や、すぐに戻ってきた。
「たいへんだ!」
ギンを先頭に、久次郎の郎党が木戸を駆け抜けていった。
そして彼らが見たもの。それは鮮血に染まったむくろだった。
うつぶせに倒れた久次郎。
その亡骸の下で、サヨの着ていた白装束に血が染み込んで不気味な文様を描き出していた。
久次郎は木戸からほんの一町ほど離れた山道の途中で死んでいた。
木々に囲まれ、一段と薄暗い曲がり道。
岩代川の瀬の音があたりにこだましていた。
すでに無数のハエが、久次郎の顔や腕のいくつもの無残な切り傷に群がっていた。
ギンはその場で、久次郎が切り殺されたことを居合わせたものたちに口止めした。そしてすぐに村の若い者を動員し、村から出る街道や間道を走らせるよう指示を出した。
夜の間、木戸は閉ざされていた。しかし、森の中を抜けて逃げ出してくることはできる。
サヨを探せ!
ギンは久次郎の亡骸を屋敷に持ち帰り、新しい衣服に着替えさせて庭からよく見える座敷に安置した。
ギンは焦っていた。村人たちがサヨを追っていたが、もうすでに相当の時間が経っている。もう陽が傾きかけていた。
探し出すのだ。なんとしても陽のあるうちに。
そして予定通り、神社に向かわせるのだ。
しかし、なかなかサヨは見つからなかった。
サヨは今まだ、木戸の向こう側のどこかに隠れているのではないか。
そこでギンは木戸の外側を屋敷に沿って注意深く歩いた。
そして見つけた。屋敷を取り囲む板塀の一部が破りとられていることを。
母屋の床下に隠れていたサヨが捕らえられたのは夕刻になってからである。
サヨを守るように枯れ草が体を覆っていた。もとより、その草はサヨを隠すために事前に持ち込まれていたものである。
そして引きずり出されたサヨは、自分のものではない男物の着物を身に着けていた。
サヨは、直ちに久次郎の血糊が染み込んだ白装束を再び着せられ、今度は采家の一族の中から選ばれたふたりの屈強な男に付き添われて神社に引き立てられていった。
男の手にはサヨを縛りつける縄があった。
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