【短編集】ホチキス姉妹と父の国葬とその他

残機弐号

父の国葬

 父は控えめな性格なので、国葬よりも家族葬の方がいいだろうというのが私と兄の考えだった。しかしどういうわけか、母は国葬にこだわった。私たちは困惑し、防腐処理を施したはずの父の遺体でさえ少し首をかしげたように見えた。


「一生に一度のことなんだから、お父さんだって国葬の方がいいに決まってるよ」


 母は私たちと目を合わせず、ひとりごとのように言った。聞き流そうか。しかし家族の中に取り返しの付かない遺恨を残してしまう気がして無視はできなかった。


「ケンヂ、国葬って誰を呼べばいいんだ?」私は弟に聞いた。


「まあ、総理大臣は呼ばないとまずいよね」ケンヂがWikipediaで調べてくれた。「あと、閣僚級はだいたい呼ぶみたい」


「案内状のテンプレ素材って落ちてない?」


「えーっと…。あ、あったわ。国葬用って書いてる。意外とあるんだね」


「今から式場抑えられるかなあ」


「国葬&式場で検索すると、県内でも2箇所ある。国葬も家族葬も24時間いつでも承りますってさ。ちょっと割高だけど。2割増しくらい? 兄貴、なんかクーポン持ってない?」


「国葬にクーポンとかあるの?」


「公務員だともらえることがあるみたいだよ。やっぱり公僕ってくらいだから、最後は国葬してもらいたいって人も多いんじゃないかな。ほら、こういう奴」


「あ、それ? そういえば年末調整のとき毎回もらってたな。あとで家戻って探してくるよ。でも、俺のクーポンでいいの? 父さんの国葬なのに」


「兄貴は国葬されたいの?」


「日本海に散骨してもらえればいいよ」


「クーポン使わないんなら、父さんのために使えばいいじゃん」


「じゃあそうするか。意外とスムーズにやれそうだな。国葬」


 しかし母はなんだか納得いかないような顔をしていた。


「お父さんはこんなこと望んでいたのかねえ…」


「え? いまさら? じゃあ国葬やめる?」


「国葬ってのはね…。あの、わたしたちが若かったころは、もう少し、あの」


「華やか?」


「華やかだったし、それに、アレ。アレよ、アレ。ケンヂ、アレ、なんだっけ」


「知らないよ」


「しめやか?」


「ちがうわよ。ケンイチは公務員なんだから、そういうアレ、知ってないとダメじゃない」


「母さんは公務員に期待しすぎだよ」


「だって頭よくないとなれないんでしょう?」


「そんなことないって」


「あのさ、兄貴はなんで国葬されたくないの?」


「だってめんどくさいじゃん」


「ずっと公務員やってて国民のために働いてきて、最後くらいは国民にお疲れ様でしたって言われたくないの?」


「最後くらい放っておいてほしいな。クレーム対応ばかりでさ。国民って言葉聞くとビクっとしちゃうんだ。職業病かな」


「情けない。ケンイチにはお父さんの気持ちがわからないのね」


「え? べつに父さん公務員じゃないじゃん。父さん銀行員じゃん」


「昔は護送船団方式と言われていて、銀行員は公務員みたいなものだったのよ」


「けっきょく、母さんはどうしたいの?」


「だから国葬よ。天皇陛下や皇太子様、ミチコ様が車から手を振ってくれるのよ」


「それ国葬じゃないよ」


「だからあなたたちは国葬をわかってないのよ!」


「わかったわかった。母さんも兄貴も落ち着いて。ようするに、母さんはパレードがしたいんだね?」


「だからさっきからそう言ってるじゃないのよ」


「言ってないよ!」


「まあまあ。じゃあ、葬儀屋にパレードのことも相談しておくよ」


「お願いよ。ああたいへんだわ。手を振る練習しなくっちゃ」


「母さんが手を振るの?」


「あんたたちもよ」


「え、俺たちも!?」


「とうぜんじゃないの。息子たちが手を振らなかったら国民のみなさんに申し訳ないわ」


「たいへんなことになってきたな。なあケンヂ。パレードってどれくらいやるんだ?」


「30分コースからあるってよ。最大で2時間半だな。最後は天守閣で手を振って終わりだってさ」


「天守閣? 城なんかあったっけ」


「ほら、なんか寿司屋のおやじが趣味でつくっただろ? 2階建てのちっちゃいやつ」


「あれか。はあ。なんか気が重いな。やっぱり俺は散骨の方がいいよ」


「あんたは子どものころから冷めた子だったわよ。散骨なんてダメよ。あんたも公務員なんだから国葬にしなきゃ笑われるわよ」


「誰も笑わないよ。もう昭和じゃないんだから」


「まあまあ。母さんも兄貴もそれくらいにして、早く準備にとりかかろうよ。案内状の送り先リストもつくんないとならないし」


「リストはケンヂに任せていい? 俺は葬儀屋と詳細を詰めるから」


「じゃあわたしは手を振る練習をするわね」


 私たちはそれぞれがそれぞれの役割を担い、父の国葬の準備を進めた。夜は店屋物を取り、食後は親子3人で手を振る練習をした。お通夜は明日、国葬は明後日だ。逆算すると、練習できるのは今しかない。私たちは限られた時間のなか、集中して手を振った。上に、下に、左に、右に。国民がどこに現れてもにこやかに手を振れるように。父がおならをした。ガスがたまっていたのだろう。私たちはドッと笑った。大人になってから家族とこんな風にして笑い合うことはなかった。私たちはガスをあおぐように手を振った。上に、下に、左に、右に。ガスよ。国民たちよ。父の国葬。

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