【神田夜宵視点】好きなキャラは?②

 週刊少年チャンプだ。

 僕はどちらかといえば単行本派で、週刊誌を買ってまでは読まないんだけど、かといって「ネタバレは絶対に許せない!」ってわけでもないので、そこにあれば読む。その週刊少年チャンプが、いまある。


 ここは萩ちゃんのクラス、C組だ。

 いつものように一緒に帰れないかな? とゆっくりこの前を通過していたところ、遠藤君が声をかけてくれたのである。「神田も読もうぜ、南城もいるし」って。萩ちゃんがいるんだったら、僕はそれがえっちな本でも飛びつくだろう。とはいえ、読むとは言っても、何となくパラパラと眺める程度だったけど。


 だけど、そこからなんやかんやで好みのタイプを語る流れになったのだ。 


 最初は、僕にお姉ちゃんがいると知った遠藤君が、タイプの異なるヒロインがたくさん出るラブコメ作品の中に、この中から似てる感じの子を選んで欲しい、という話だった。髪をお団子にした活発な子、ふわふわパーマの可愛らしい子、ショートカットの小動物系に、おかっぱのツンデレちゃん。耳の下で二本のみつあみを垂らした優等生に、ストレートロングの清楚系な先輩、ツインテールの後輩、それから、セミロングの女教師である。正直、皆顔はほぼ同じで髪型でしか見分けられない感じではある。

 

 それで「見た目はこれかな」と指差したのは、ストレートロングの先輩だ。まぁ、髪型が同じってだけなんだけど。看護師なので、もちろん仕事中は一つに束ねているんだけど、かといって一つ結びの女教師はちょっと……何か雰囲気が大人すぎるというか。


 とりあえず、遠藤君はその説明で納得したようだ。もしかしたら、そこまで気になっていたわけではないのかもしれない。ただ単に、僕が会話に参加出来るようにしてくれたのかも。彼は気が利く良いやつなのだ。


 それでさらに、アニメ化が決定した超人気作『闘玉演舞とうぎょくえんぶ』に話題は移った。テーマは「この中のお気に入りのキャラは何か」だ。


 そこで萩ちゃんは、主人公である金剛こんごう堅志けんし君の親友ポジである『黒曜こくよう清雨きよさめ』を挙げた。ちょっと意外だな、というのが正直なところだ。

 だって萩ちゃんはどこからどう見たって属性が主役なのだ。いつもキラキラ明るくて、優しくて、誰とでも仲良くなれて、負けず嫌いで、それで、負けても何度だって立ち上がる。僕にとって、永遠のヒーローである。いつだって僕を照らしてくれるお日様みたいな存在なのだ。だからてっきり、主人公の金剛君が好きなんだと思ってた。見た目もちょっと似てるし。

 そしてどうやら、そう思っていたのは僕だけではなかったらしい。遠藤君が、なんかちょっと意外だな、と言った。


「そうかな」

「どの辺が推しポイントなわけ?」

「推しポイント、って言われると――。いや、まずビジュアルが良くね? シュッとしててカッコいいじゃん」

「ビジュアルと来ましたか。黒髪サラサラヘアーの、優等生、ねぇ。南城とは全然タイプ違わね? むしろ神田寄りだよな。なぁ?」


 何を言ってるんだ遠藤君は。あっ、わかった。僕に気を遣ってくれてるんだな! そんなことしなくて良いのに。僕だってちゃんと身の程はわきまえてるからね? 黒髪って部分しか一致してないよ?

 

「いや、僕はこんなにカッコよくないよ」

「そうか? 結構設定なんかも被ってたりしない? 清雨って何でもそつなくこなす優等生キャラじゃん」

「まさかまさか! 僕こんな優等生じゃないよ! 勉強だってお父さんお母さんやお姉ちゃんに比べたら全然だしさ。それに鈍臭いし――」


 黒曜清雨といえば、由緒正しき黒曜家の一人息子で、遠藤君が言った通り、何でもそつなくこなす優等生だ。主人公の金剛君がどちらかといえばちょっと不器用というか、無鉄砲というか、とにかく考えるより即行動! というタイプなので、そのストッパー役みたいな立場である。


 萩ちゃんを金剛君とするなら、確かにポジションだけ見れば僕は清雨なんだろう。


 ただ、清雨の場合はバトル漫画のキャラだけあって、ここぞという時にはものすごい力を発揮するんだけど、僕は鈍臭いままだ。


 僕はそもそも全然優等生じゃないし、色々不器用だ。萩ちゃんみたいに体育で活躍しまくって、帰宅部にしとくのはもったいないなんて言われてあちこちの部活から声をかけられるようなこともない。きっと萩ちゃんには、そういう、一緒にスポーツして汗を流すような活発な女の子が似合うはずだ。


 そんなことまで考えてしまう。


「そんなことない!」


 そんな僕の暗い思考を吹き飛ばすかのように、萩ちゃんが声を上げた。


「確かにちょっと能力を活かしきれてないところもあるかもしれないけど、いざって時には案外行動力があるっていうか、結構男らしいところもあるっていうか! マジで、本気を出した時が最強っていうか! そういうの、普段とのおっとりキャラとのギャップですげぇカッコいいと俺は思うし、すげぇ好き! あと全然鈍臭くなんかないっ!」


 ……びっくりしたぁ。

 萩ちゃん、キャラへの愛がすごいなぁ。僕、好きな割にそこまで読み込んでるわけでもないから、気付かなかったよ。そうか、クールキャラだとばかり思っていたけど、見ようによってはおっとりと言えなくもないよね。


「すごいね、萩ちゃん! キャラへの愛がすごいね! それほど好きなんだね! そう言われてみれば、清雨ってそういうところあるかも。僕そこまで見てなかったよ。再発見だ!」


 萩ちゃんはやっぱりすごい。普段は国語なんて全然わからない。作者の気持ちとか言われてもピンとこないし、登場人物の心情とか言われても、なんて言ってたのに、好きな物となると驚くべき洞察力を発揮するんだな。なんて感心していると、今度は遠藤君が僕に振って来た。心なしか震えてるけど大丈夫だろうか。


「僕はやっぱり主人公の金剛こんごう君かなぁ。ベタかもだけど」


 萩ちゃんに似てるから、というのが影響しているのかもしれないけど、やっぱり応援したくなるのは金剛君だ。でも、主人公が一番好きって、何かベタすぎるかも。


「むしろベタではないだろ。主役の割に人気ないしな。ちびっこだし。でもちょっと見た目は南城に似てるかもなぁ。それで? 神田は金剛のどの辺が良いわけ?」


 見た目が萩ちゃんに似てる、という言葉でドキリとする。確かに僕が金剛君を応援し始めたきっかけ――というか、そもそもこの『闘玉演舞』を読もうと思ったきっかけがそこなのだ。なんか萩ちゃんに似ているキャラの連載が始まったな、って。その理由だけで読み始めた。てっきり見た目だけかと思ったら、案外性格まで似ていてびっくりしたけど。


「えぇと、やっぱり元気が良くて、いつも前向きなところかな。一緒にいるだけですごく心強いっていうか、ぽかぽかしてお日様みたいっていうか。さらさらの茶髪もすごくカッコいいと思うし、にこって笑った時の八重歯も可愛いと思う! あと、ちびじゃないよ!」


 そうだ、萩ちゃんは決してちびではない。

 僕よりちょっと小さいってだけだ。こないだの身体測定で確か百七十に届いたって言ってたっけ。確か僕らの年齢の平均身長が百七十二くらいって聞いたから、それよりはまぁ低いけど、二センチなんて誤差みたいなものだ。萩ちゃんは苦手な牛乳だって毎日飲んで頑張ってるんだから、これから絶対伸びるんだから!


「ぐふっ……! 成る程成る程。ご馳走様でした……!」

「どうしたの遠藤君。震えてるけど大丈夫? あと、ご馳走様って何?」

「いや、神田の金剛愛もなかなかだなぁ、って思ってさ。うん、成る程、お日様みたいだと。茶髪……そうだな。茶髪っていうか、カラーだと金髪のように見えなくもないけど」


 ――あっ!?

 あれ、僕もしかして金剛君じゃなくて萩ちゃんのつもりで話しちゃってたかも?! そうだよ、金剛君は金髪じゃないか! まぁ……明るすぎる茶髪と捉えられなくもない、かな?


「それに……これをちびじゃないとはなぁ」


 そう言って、遠藤君は十位までの人気順に並んだキャラを指差した。こういうファンタジー系のバトル漫画は往々にして高身長キャラが多い。普通ならそうそうお目にかかれない『百九十センチ』だってごろごろいたりする。そんな中、主人公の金剛君は公式設定で百六十八。現実世界ならそこまで小さいわけではないんだけど。


「へぇっ?! だ、だだだだって、ひゃっ、百六十八でしょ? そんなの、全然ちびじゃないよ!」

「確かになぁ。周りがデカいやつばっかりだからそう見えるだけっていうか」

「そう! そうだよ! そういうこと! うん!」

「どうした夜宵。そんなに取り乱して」

「そんなことないよ! 全然!」


 危ない。

 もう完全に萩ちゃんの体で話してたみたいだ。そうだよ。金剛君はこの世界では残念なことに『ちび』の部類なのだ。どうにかごまかせただろうか。バレてないよね? 僕が萩ちゃんに対して、お日様みたいとか茶髪が恰好良いとか八重歯が可愛いとか思ってるってバレたら、気持ち悪いって思われちゃうかもしれないもん。男にそんな風に思われたって嫌だよね。女の子に言われたいよね、そういうのはさ。ごめんね萩ちゃん。いまのはね、金剛君の話だから、ほんとに、うん。


 すると、遠藤君は何やら真っ赤な顔でひいひいと呻いてから、笑いを堪えるような表情で僕らを順に見つめた。


「いや、なんていうかさ、お前ら、その何ていうか、何か気付かない? お互いに、っていうか」

「気付く?」

「お互いに?」

「そ。ちょっとさ、南城は神田の、神田は南城の好きなキャラ、もっかいまじまじとよく見てみ。ちょっと俺、トイレ行ってくるから」


 なんて言うや否や、さっと席を立ち、教室を出て行ってしまった。

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