なんやかんやで互いの好きなキャラを語り合う二人

【南城矢萩視点】好きなキャラは?①

 週刊少年チャンプである。

 登校時に遠藤が「放課後まで待てなかった」と買ってきたそれを、放課後の教室で俺と夜宵と遠藤の三人で読んでいる。読むとは言っても、さんざん読み倒した後だったので、何となくパラパラと眺める程度だったが。


 ただ、困ったことに、なんやかんやで好みのタイプを語る流れになったのだ。


「神田も漫画とか読むんだな」


 遠藤が意外そうな声を上げる。そんな意外に思うなら、何で誘ったんだお前。いや、グッジョブなんだけど。ここからさらっと一緒に帰る流れに持ち込めるから、全然グッジョブではあるんだけど!


「お姉ちゃんの影響でね、ちょっと」

「へぇ、神田って姉ちゃんいるんだ。美人?」

「美人かどうかは……でも、僕と似てる。どっちもお母さん似なんだ」

「神田に似てるってことは……、うん、まぁ、きれい系の美人だな。だろ、南城」

「どうして俺に振るんだよ。まぁ、きれいなんじゃないか? 世間一般的に」


 そんな話から、「ちなみに、このヒロインの中で言うとどれ?」と、複数ヒロインが出るラブコメの中から、弥栄やえさんに似ている子を探せ、という流れになった。それで、真面目な夜宵は、そのラブコメに登場する八人のヒロインをじっくりと吟味した後、「見た目はこれかな」とロングヘアのお姉さんキャラを指差したのである。確かにまぁ、その中ならそれかもしれない。黒髪で、ストレートのロングで、清楚な感じで。夜宵が女になったらこんな感じだろうな、なんて。


「成る程成る程。うん、こりゃ確かに神田っぽい。そういやさぁ、ほら、これアニメ化すんじゃん」


 弥栄さんのイメージがわかったところで気が済んだのか、遠藤は再びページをペラペラとめくり出した。巻頭カラーの超人気作だ。アニメ化記念ということで、キャラクター人気投票をしており、その結果が載っている。


「ああ、『闘玉演舞とうぎょくえんぶ』か。正直言って、やっとか、って感じだな。俺も毎週追ってる」

「そうだね。連載開始からずっと人気だもんね。遅いくらいだよ。僕もこれ好き」

「登場人物すげぇ多いけど、それぞれキャラが立ってて良いんだよなぁ。ちなみに、二人は誰推し?」

「推し?」

「推し?」

「そ、お気に入りキャラ。俺はね、この馬丞うますけだな。表舞台には立たないで、陰からこっそりサポートする役っていうか」


 そう言って、瓶底眼鏡のキャラを指差す。ううん、どことなく遠藤に似ている気がする。


 こういったキャラが多い作品というのは、主役の周りを固める親友や師匠、それから悪役なんかも人気がある。脇役のはずなのに何なら主役を食うくらいのやつもいる。遠藤が選んだ『蛇紋じゃもん馬丞うますけ』もまた、彼が説明した通りのキャラで密かに人気がある。人気投票では十二位だ。


 いままではっきり『推し』と考えたことはなかったけど、自然と注目してしまうというか、応援したくなるキャラは俺にもいる。


「俺はこれかな」


 とん、と指差したのは、主人公の親友だ。『黒曜こくよう清雨きよさめ』という、黒髪で長身の物静かな優等生である。


「ほう」


 何だ遠藤。その笑みは。


「何かちょっと意外だな。清雨か」

「そうかな」

「どの辺が推しポイントなわけ?」

「推しポイント、って言われると――。いや、まずビジュアルが良くね? シュッとしててカッコいいじゃん」

「ビジュアルと来ましたか。黒髪サラサラヘアーの、優等生、ねぇ。南城とは全然タイプ違わね?」


 むしろ神田寄りだよな、と言いながら、夜宵に「なぁ?」と振る。そこで初めて気が付いた。


 確かに!

 あれ?! 確かに!


「いや、僕はこんなにカッコよくないよ」


 ちょっと頬を染めて、ふるふると首を振る。クソ、何でちょっと赤くなってんだ! 可愛すぎるだろお前ぇ!


「そうか? 結構設定なんかも被ってたりしない? 清雨って何でもそつなくこなす優等生キャラじゃん」

「まさかまさか! 僕こんな優等生じゃないよ! 勉強だってお父さんお母さんやお姉ちゃんに比べたら全然だしさ。それに鈍臭いし――」


 照れ隠しのつもりなのか、顔の前で両手をぶんぶんと振りながら、賢明に自分を落とす。違う、そんなことない。夜宵は絶対にそんなことはないんだ。


「そんなことない!」

「!?」

「南城?」

「確かにちょっと能力を活かしきれてないところもあるかもしれないけど、いざって時には案外行動力があるっていうか、結構男らしいところもあるっていうか! マジで、本気を出した時が最強っていうか! そういうの、普段とのおっとりキャラとのギャップですげぇカッコいいと俺は思うし、すげぇ好き! あと全然鈍臭くなんかないっ!」


 ずばり言い切って、どうだ、と胸を張る。


 そうだよ。

 夜宵はこう見えて、実はやる時はやる男なんだ。

 中学の頃、親友が陰で悪く言われそうになった時は、声を張り上げて庇ってくれたこともある。ただまぁ、それは俺と名前が同じってだけの別人の話だったんだけど(しかもそいつの『ヤハギ』は名字だったし)。普段は聞き役に徹して、ふわふわと優しく笑ってるやつだから、まさかあんな風に大声を上げるなんて思わなくてびっくりしたものだ。

 あと、夜宵は断じて鈍臭くはない。本人は体育は苦手だと言うけど、それは瞬発力が必要な種目だけというか、むしろ集団競技なんかは、周りをよく見て的確な指示をくれたりするし。すげぇじゃん。そんなの頭が良いってだけで出来るもんじゃないんだから。やっぱり夜宵はすごいんだ。


 と、一人悦に入ってから、ふと我に返る。

 

 あれ!? 俺なんか口滑らせて好きとか言ったくね?!

 い、いやいやいやいや、これはキャラの話だったよな!? 別に夜宵とは言ってねぇよな!? セーフ!? これセーフ!?


 恐る恐る、二人の方を見る。夜宵はきょとんとした顔をして、遠藤はなぜか俯いたまま拳を机に打ち付けて小刻みに震えていた。どうした。特に遠藤。


「や、夜宵……あの、いまのは……」

「すごいね、萩ちゃん!」


 そう言って、夜宵は、回線が繋がったかのように表情を明るくさせた。


「……へ?」

「キャラへの愛がすごいね! それほど好きなんだね! そう言われてみれば、清雨ってそういうところあるかも。僕そこまで見てなかったよ。再発見だ!」

「……だ、だろ?」


 セーフ!

 セーフだったぁぁぁぁ!

 良かった、夜宵がちょっと天然で! まさか自分のことなんて思わないよな、フツー!


 ふるふると震えていた遠藤が、ゆっくりと顔を上げ、「そ、それじゃあ神田は?」と夜宵に振る。どうした遠藤。何でそんな虫の息なのお前。


「えっ? 僕? 僕はやっぱり主人公の金剛こんごう君かなぁ。ベタかもだけど」


 昨今では、主人公が一番人気とは限らない。この『闘玉演舞』もそのご多分に漏れず、実は人気投票一位なのは彼のライバルの『蒼玉そうぎょく青澄あおと』だったりする。主人公の金剛堅志けんしはというと、明るくて元気の良いキャラではあるが、作中最強というわけでもなく(これからそうなるんだろうけど)、普通に負ける。ただ、名前の通り身体が規格外に頑丈なため、何度でも立ち上がり、再び真っすぐ突き進むという、タフさだけはある元気な少年だ。青澄からは「正面突破しか出来ないちび」と言われている。そしてたまに突破すら出来ていない。


 というわけで、主人公なのに人気投票では現在七位に甘んじているというキャラである。その七位すらも主人公補正なのでは、なんて言われているくらいの残念主人公だ。


「むしろベタではないだろ。主役の割に人気ないしな。ちびっこだし。でもちょっと見た目は南城に似てるかもなぁ。それで? 神田は金剛のどの辺が良いわけ?」


 俺に似てる、という言葉でどきりとする。いままで意識していなかったけれど、言われてみれば、金剛は髪の色も薄いし、ヘアスタイルも何となく似ている気がする。でも俺、こんな脳筋の馬鹿じゃないしな。


「えぇと、やっぱり元気が良くて、いつも前向きなところかな。一緒にいるだけですごく心強いっていうか、ぽかぽかしてお日様みたいっていうか。さらさらの茶髪もすごくカッコいいと思うし、にこって笑った時の八重歯も可愛いと思う! あと、ちびじゃないよ!」


 ぐっ、遠藤が余計なことを言ったせいで、何だか自分に向けられた言葉のように感じてしまうじゃないか……!


「ぐふっ……! 成る程成る程。ご馳走様でした……!」

「どうしたの遠藤君。震えてるけど大丈夫? あと、ご馳走様って何?」

「いや、神田の金剛愛もなかなかだなぁ、って思ってさ。うん、成る程、お日様みたいだと。茶髪……そうだな。茶髪っていうか、カラーだと金髪のように見えなくもないけど」


 言われてみれば、金剛の髪の毛は白黒刷りでは茶髪のようにも見えるが、カラーだと金髪だ。


「それに……これをちびじゃないとはなぁ」


 と、十位までの人気順に並んだキャラを指差す。主人公の金剛はキャラの中でも最も小さく、確か公式設定で百六十八のはずだ。


「へぇっ?! だ、だだだだって、ひゃっ、百六十八でしょ? そんなの、全然ちびじゃないよ!」

「確かになぁ。周りがデカいやつばっかりだからそう見えるだけっていうか」

「そう! そうだよ! そういうこと! うん!」

「どうした夜宵。そんなに取り乱して」

「そんなことないよ! 全然!」


 ぶんぶんと大きく手を振って否定するが、ここまで慌てる夜宵も珍しい。それを見て遠藤が再び顔を真っ赤にして何やら悶えている。お前はお前でほんとどうしたんだよ。


「いや、なんていうかさ、お前ら、その何ていうか、何か気付かない? お互いに、っていうか」

「気付く?」

「お互いに?」

「そ。ちょっとさ、南城は神田の、神田は南城の好きなキャラ、もっかいまじまじとよく見てみ。ちょっと俺、トイレ行ってくるから」


 そう言うと、遠藤はさっさと教室を出て行ってしまった。

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