なんやかんやで文化祭を楽しむ二人・校内デート編

【南城矢作視点】衣装で校内デート①

 俺は王子だ。

 嘘、王子ではない。

 王子ではないんだけど、王子の恰好をしたまま、なんやかんやで劇の宣伝のため、ビラを片手に校内を練り歩くこととなったのである。


 しかも、夜宵と一緒に。

 厳密には、夜宵と、だ。


「何か、恥ずかしいね」


 長いスカートがあまりバサバサしないようにと、気持ち小股でしずしずと歩く夜宵は、なんだか本当にお姫様のようである。ただ夜宵は、案外背が高いので、裾を引きずるなんてことはない。何なら下に履いてる学生ズボンも若干見えている。


「でも、萩ちゃんは似合ってるよ。本物の王子様みたいでカッコいい」

「そうか……? なんかすげぇアホ王子っぽくね? 馬とか乗れなそう」

「萩ちゃんなら乗れるよ。白いやつ」

「やっぱ白馬なんだ」

「そりゃあ王子だしね」


 そんなことを話しながら、すれ違う人にサッとビラを渡す。俺達のクラスの劇はこの後、午後にもう一回、それから明日も午前と午後の二回ある。別に入場料を取っているわけでもないので、何人入ろうとも売上はないのだが、そこはやはり気持ちの問題なのである。


「何か、巻き込んじゃって悪いな」


 夜宵はまぁどちらかといえば女顔だし、身長タッパはあるけど華奢なので、こういう恰好をすれば、お姉さんの弥栄やえさんに似て、すごい美人だ。眼鏡を外しているから特に。ああもうほら、すれ違う野郎共が皆振り返ってる。クソ、あんまじろじろ見んな。いまは俺の姫なんだよ。見りゃわかんだろ、俺、王子!

 とまぁ、そんな見目麗しく仕上がっている夜宵だけど、本人はもちろんこんな姿は望んではいないだろう。こいつだって立派なもん(かどうかは最近見てないけど)ぶら下げた男なのである。


「大丈夫だよ。学祭だしさ、こういうのもきっと良い思い出になるよ」

「前向きだなぁ、お前」

「そうかな」


 へへ、と照れたように笑う夜宵は、姫の恰好も相まって、抱き締めたくなるような可愛さだ。いまなら俺、王子だし、多少はそういうのをやっちゃっても良くないか? ほら、宣伝の一貫というかさ。まぁ、こいつは他クラスなんだけど。


 そんなことを思っていると、微かに夜宵の手が触れた。これはチャンスと、そのままそっと手を繋いでみる。


「へぇっ? は、萩ちゃん……!?」

「あ、あの、ほら、夜宵、眼鏡ないから危ないだろ? それにいま俺達、王子と姫、だし? こんな演出もアリかなって、思って、その……」


 やだった……? と恐る恐る聞くと、夜宵は真っ赤な顔でかなり強めにふるふると首を振った。


「ぜ、全ッ然やじゃない! し、視界も不明瞭だったし、助かるよ! それに、僕達いま、王子と姫だもんね。これくらいはむしろ普通だよね、普通!」

「だ、だよな! 普通だよな!」


 王子と姫なら普通!

 この恰好で回って来いって言ってくれた遠藤ありがとう!


「でもさ、片手塞がっちゃったら、ビラ配りにくくない? その都度離して繋ぎ直すっていうのもさ」

「それはまぁ、確かに」


 そう言いながら、する、と手が離れる。もしかしてやっぱりやだった?! そうだよな、何が悲しくて男と手なんか繋がなきゃなんねぇんだ、って話だもんな。だけど夜宵は優しいから、面と向かって「嫌だ」なんて言えなかったのかもしれない。そう思い、密かにショックを受けていると――、


「だからさ」


 と言って、俺の腕を取り、ぎゅっ、としがみつくようにして胸に抱く。


「え、ええええ!? や、やよ、夜宵!?」

「これなら、こっちの手でビラを持てるでしょ。ど、どうかな? それにほら、この方がそれらしくない?」


 わずかに背の低い俺に合わせて、ほんの少し腰を落としてくれているらしく、上目遣いで、俺を見つめる。いくら役に入っていても恥ずかしいのだろう、顔は真っ赤だし、目も潤んでいる。


「な、ナイスアイディア! さすがは夜宵だな、うん! こ、これで行こう! 俺達、王子と姫だしな!」


 何これ。俺今日死ぬのかな……?


「歩きづらくないか? 俺の方が低くてごめん」

「大丈夫だよ。ちょっと凭れる感じになっちゃって、僕の方こそごめんね」

「全然! 全然もう、ガツンと凭れてくれ!」

「あはは、ガツンと凭れるって何?」

「もう、その、何だ。ぶら下がるくらいの勢いでも可、みたいな?」

「さすがに重いでしょ、それは」

「だな」


 そうしてしばらく校内を練り歩き、元々そう枚数のないビラを配り終えた。一緒に回る約束はしていたものの、当然こんな形ではなかったし、せっかくの学祭なのにこれで終わっては味気ない。まぁ、俺としては夜宵と腕を組んで歩くなんて夢のようで、空腹感も何もかも吹っ飛んでしまったんだけど、そろそろ昼時だし、きっと夜宵は腹が減っているはずだ。


「なぁ夜宵。腹減らね?」

「うーん、そこまでじゃないけど、せっかくだし、何か食べたいかな」

「俺、喉も渇いたし、ちょっとそこで買ってくる」

「僕も行くよ」

「良いって良いって。その恰好だと大変だろ。劇のお礼もしたいから、俺が奢る。そこのベンチで座って待ってて」


 そう言い残して、ホットドッグと飲み物を売っているクラスに入る。さすがはゴールデンタイム、結構並んでる。

 この恰好をさんざんからかわれたり、あとはどうやら劇を見てくれたらしい他校の女子生徒に声をかけられたり、握手を求められたりしているうちに番が来て、ホットドッグとペットボトルのコーラと緑茶を買う。並んでいるうちに俺も腹が減って来たので、ホットドッグは二人分だ。それらを袋に入れてもらい、夜宵の方へ戻ると――、


「ねぇ、俺らと回らない?」

「おねーさん、何年生? ここの生徒? てことは、あれ、男?」

「めっちゃ可愛いけど、何でそんな恰好してんの? 姫喫茶とか?」


 ベンチに座る夜宵の周りに、他校の生徒と思しきやつらが三人。人見知りの気がある夜宵は、不安そうに眉を寄せている。あんな恰好の夜宵を一人きりにさせてしまったことをすごく後悔した。


「あの、僕、人を待ってるんで」

「えぇ、良いじゃん。連絡だけしとけば」

「はは、声はめっちゃ男じゃん」

「な、行こって――」


 へらへらと軟派な笑みを浮かべて、そいつらの一人が、統一感のないブレスレットをじゃらじゃらと重ね付けしている日に焼けた腕を夜宵に伸ばした。その無粋な手が触れる前に、サッと身を滑り込ませて夜宵の肩を抱く。


「悪いけど、こいつは俺の姫なんだわ」

「うわ、何だお前」

「見りゃわかんだろ、王子だよ、王子」


 ぎぃぃ、と睨みつけてやると、そいつらはあっさりと引いた。そこまで本気でナンパしていたわけではないのだろう、たぶん、『他校の文化祭』という非日常感に当てられてちょっとテンションが上がってしまっただけなのだ。


「うお、マジで王子じゃん」

「やべ、マジ王子来たわ」

「マジで王子なんだわ。だからほら、散れ、散れ」

「何これ、何でこんなカッコしてんの」

「劇だよ、劇。白雪姫の。午後もやるから見に来いよ。ここ真っすぐ行ったとこのホールな」

「白雪姫っつーことは、何、お前らチューすんの?」


 俺のペラペラのマントをばふばふさせながら、俺よりもっと明るい髪をしたやつが言う。


「し、しねぇし! ていうか、こいつはその、何だ、さっきたまたまユージョーシュツエンしただけだから! 流れでいま宣伝に駆り出されてるだけ!」

「なぁんだ。お前らがイチャつくなら見てぇと思ったのに。なぁ?」

「そうそう。そんじゃ何? 姫不在の白雪姫なのかよ」

「本物の姫は別のやつなの!」


 俺を軽々とお姫様抱っこするやべぇムキムキの角田姫がな!


「えー、そんじゃあさ」


 軟骨までバチバチに穴のあいた赤髪が、夜宵に手を伸ばす。


「こっちの姫は偽物なんだろ? やっぱ俺らにちょーだいよ」


 その手を、ぺし、と叩く。もちろん、加減して、だ。まだじゃれ合いで済むレベルのやつ。他校生とのトラブルは避けたい。


「だーから」


 そいつも、俺の意を汲んでくれたのたろう、ちょっとおどけて「ひでぇ、暴力王子じゃん」と笑っている。


「触んなっての。偽物でも何でも、こいつは俺の。午後の部は二時からだ。ムキムキの姫が出るから、見に来い。行くぞ、夜宵」

「ま、待ってよ萩ちゃん!」


 ぐい、と手を掴んで歩き出す。急に引っ張ってしまったからだろう、バランスを崩した夜宵が俺の背中に倒れ込んでくる。


「わ、わわわ。ごめん」

「俺こそごめん。無理に引っ張って」


 そんなやりとりをする背中に、さっきのやつらの冷やかしがぶつかる。


「王子〜、もっと姫を大事にしてやれよ〜」

「お手をどうぞ、だろ。下手くそ〜」

「つうか、姫の方デカくね?」


 うるせぇ。そんなのいまからやるっつーの。あと、デカいとか言うな。デカいけど。


 そいつらの声が聞こえているのかいないのか、何やら気まずそうな顔で、少しめくれてしまった裾をひらひらと直している夜宵の手をそっと取る。


「お姫様、ほら、行くぞ」

「……うん」

「ごめん、ホットドッグ、ちょっと潰れたかも」


 ビニール袋に入れてもらったホットドッグは、一連のあれやこれやでコーラと緑茶の下敷きになっている。


「大丈夫だよ。ありがとうね」

「良いって、これくらい」

「えっと、そうじゃなくて」

「うん?」

「助けてくれてありがとう、の方。僕、ああいう時どうしたらいいかわからなくて」

「良いよ良いよ」

「ほんとの王子様みたいだった」

「……そうか?」


 本当の王子様なら、こんな乱暴に奪還はしないはずだと思いつつも、悪い気はしない。

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