【神田夜宵視点】サプライズお泊まり②
お泊まりだ。
萩ちゃんの家に、僕はいる。
なんやかんやでサプライズお泊まり会が実現してしまったのだ。
といっても、僕と萩ちゃんは家が隣同士の幼馴染みだ。うんと小さい頃から、お泊まり会なんて何回もやってる。それは大抵、夏休みとか冬休みとかだったから、お泊まりセットも用意して、宿題もリュックの中に詰めて、って準備万端のやつだった。だけど、宿題なんて結局ちょこっとしかやらないで夜遅くまでゲームしたり、萩ちゃんのお母さんが作ってくれたお菓子を食べたりして、夜は萩ちゃんの家族と皆で銭湯に行ったりもしたっけ。
それで、萩ちゃんのお兄さん――
とにかく、そんな健全なお泊まり会だった。
いや、いまのこの状態を不健全に思っているのは僕だけかもしれないけど。
学校からの帰り道、急にゲリラ豪雨に当たったのである。しかも、雷もすごい。ずぶぬれになりつつも何とかそれぞれの家に着いたまでは良かった。一体何が起こったのか、家中のありとあらゆる家電の調子が悪いのである。おまけにお湯も出ない。運の悪いことに今日は親がどちらもいない。お姉ちゃんも夜勤だ。寒さにガタガタ震えながら萩ちゃんに電話したところ、「とりあえずコッチ来い!」となったわけである。
「いやー、油断してたな。夜宵ん家の風呂が壊れた上におじさんもおばさんも
「しかも炊飯器とレンジとエアコンとIHコンロと洗濯機まで同時に壊れるなんてね。とりあえず、萩ちゃん家に避難してるって連絡したら、なんかそのままお泊まりすることになっちゃって……ごめんね」
「いや、気にすんなって。明日
こんな同時に家中の電化製品が壊れることってあるのかな? とも思うし、全部買い替えるとか修理に出すことを考えたら家計に大打撃ではあるんだけど、ほんのちょっとだけ、不謹慎にもいまの状況に感謝してしまっている僕がいる。
だって、僕はいま萩ちゃんの服を借りているのだ。
萩ちゃんは僕よりも少しだけ背が低いけど、身体はがっしりしている。だからだろう、借りたシャツは思った以上に大きく、ジャージのズボンもウエストがゆるゆるだ。僕はそんなところに彼のたくましさを感じてドキドキしてしまうけど、萩ちゃんの方はどうだろう。僕のこと、貧相なもやしっ子なんて思ってないかな。
「服まで借りちゃって、ほんとごめん。洗濯の途中で壊れたみたいで。……あんまり見ないでよ。貧相だって言いたいんでしょ。どうせ僕は勉強だけが取り柄のガリ勉野郎だよ。萩ちゃんみたいにお腹割れてないしさ」
カッコ良いよねぇ萩ちゃんはさ、と言いながら、チラ、と裾をめくって己の腹に視線を落とす。この薄いお腹が、例えば女の子みたいにふわふわで柔らかいものだったなら、萩ちゃんは僕に触れてくれただろうか、なんて、僕だけが、萩ちゃんのことをそういう目で見てる。萩ちゃんの、きれいに割れた腹筋をなぞりたい。きっと、親友のままなら、手を伸ばせる。だってこれくらいの触れ合いなんて、これまでもしてきた。
「ねぇ、萩ちゃんの腹筋見せてよ」
大丈夫、僕はちゃんと『親友の』顔をしてる、はずだ。
「良いなぁ、萩ちゃん。僕、体質もあるみたいで、どんなに食べても全然太れないし、筋肉もあんまりつかないんだよね。去年の水泳の授業の時、みんな萩ちゃんの腹筋がすごいって言ってたよね。やっぱり鍛えてるの? プロテインとかも飲んでる?」
「き、きききき鍛えてるわけでは! とっ、特に! 休みの日に兄貴と身体動かす程度っていうか! ぷ、プロテインも兄貴が買ってくるのをちょっともらう感じで」
「椰潮さんもジムのトレーナーさんだもんね。遺伝もあるのかなぁ。萩ちゃん家、スポーツ一家だしさ。僕んトコ、お父さんもお母さんもお姉ちゃんも皆痩せ型だし」
親友の態度を崩さないよう、必死に平静を装って、萩ちゃんの肌に触れる。多少ふざけて、えい、なんて言いながら。僕の手が冷えてるからびっくりしたのかな、萩ちゃんは、わぁ、なんて可愛らしい声を上げた。
「うわ、やっぱりすごいや。良いなぁ、萩ちゃんは。男らしくて」
僕だって本当はね、萩ちゃんみたいになりたかった。だけど、生まれ持った体質はどうにもならないみたい。
あぁ、いっそ僕が女の子だったらな。きっと萩ちゃんに好きって言ってたよ。萩ちゃんの好みのタイプじゃないかもしれないし、振られちゃうかもしれないけど。でも僕は諦めが悪いから、きっと、萩ちゃんが好きになってくれるまで何回だって告白すると思う。だって、女の子ってだけで、いまの僕よりは断然有利なんだ。恋人になれる可能性は天と地ほどの差があるんだよ。
僕はずるい。
親友の立場を利用して、邪な気持ちを隠して萩ちゃんに触れている。僕がこんなことを考えてるなんて知ったら、萩ちゃんはどう思うだろう。軽蔑するかな? そんなことを考えたら急に怖くなって、手を離す。萩ちゃんは、何だか困ったような、苦しそうな顔をしている。もしかしたら、急に触られて嫌だったかもしれない。そうだよ、くすぐりっこして遊んでたのなんて小学生の頃だもん。ごめんね、って謝った方が良いだろうか、と座り直した。
「萩ちゃん、あの……」
そう切り出してから、こんな改めて謝罪した方が逆にいやらしい気持ちで触ったみたいに思われちゃうかな、と怯む。その隙をつくようなタイミングで、ドォン、と一際大きな音が鳴った。雷が近くに落ちたらしい。
ほぼ同時に部屋の灯りが、ふ、と消える。停電だ。困ったな、懐中電灯あるかななんて、自分の家の感覚でのんきに考えてから、ここが萩ちゃんの部屋であることを思い出した。大変だ、萩ちゃんは暗いところが大の苦手なんだった。
「大丈夫だよ、萩ちゃん。僕がいるから、怖くないよ」
良かった、すぐ近くにいて。別に全然怖くなんかねぇし、と言う萩ちゃんの声が震えている。強がってるってバレバレなんだよなぁ、昔から。そんなところも可愛い。
数分前のやりとりを思い出し、この辺りだったはずだ、と手を伸ばして彼の髪に触れる。急に触れられて驚いたのだろう、萩ちゃんがびくりと身体を強張らせて僕の名前を呼んだ。お構いなしに、萩ちゃんの頭をぎゅうと抱えるようにして胸に抱く。
暗闇が怖いのは、視界が奪われてどこに何があるのか、自分がどこにいるのかがわからなくなるからだ。何かに触れていれば、きちんと正体のわかるものに触れていれば、怖くない。自分と闇との間に、見知っているものを置けば、恐怖は和らぐ。
「じゃあ、僕が怖いってことにして? だから、落ち着くまでこうしてて良い?」
僕は本当は全然怖くないけど、こういえばきっと萩ちゃんはこう言うのだ。
「……夜宵が怖いなら、仕方ねぇな」
って。
予想通りに返って来た言葉に、ごめんねと小さく返す。優しい萩ちゃんには「怖がってごめんね」の意味で届いたはずだ。僕の真意は「萩ちゃんの弱みにつけ込んでごめんね」なんだけど。
しかし、この状態に持ち込んでしまったのは正直失敗だったかもしれない。僕の心臓の辺りに、萩ちゃんの頭があるのだ。どう考えても鼓動が、平時のそれとは違う。停電や雷や怖くてそうなっているのだと勘違いしてくれたら良いけど、萩ちゃんは僕がどっちもさして怖くないのを知っている。
どうして僕がこんなにドキドキしているか、萩ちゃんはわかるかい?
君を抱いているからだよ。
一番大好きな人が腕の中にいるからなんだよ。
暗闇のせいにして、間違っちゃったって言って、せめておでこにでもキスしたい。おでこくらいなら間違ってぶつかることもあるかもしれない。
またしてもそんな邪なことを考えて、ほんの少し、体勢をずらした。
と。
「夜宵」
名前を呼ばれた。
もしかして僕の行動を見透かされたかと、ドキリとする。
「どうしたの萩ちゃん」
「あのさ、俺――」
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