第208話 優しい師匠
俺はお風呂の用意を終えると、リビングに戻る。
リビングにはすでにカエデちゃんがおり、アルクと2人でココアを飲んでいた。
「アルク、それ飲んだら入りなさい」
「うん。悪いね」
まあ、お客様だし。
「あ、先輩も飲みます? それともコーヒーです?」
カエデちゃんが聞いてくる。
「眠いからコーヒーをお願い」
「はーい」
カエデちゃんは飲んでいたココアをテーブルに置くと、キッチンへと向かった。
俺はカエデちゃんが座っていた隣に座る。
「いい奥さんだねー」
「わかる? めちゃくちゃかわいいの」
それに優しい。
「ところで、君はなんでエレノアなの?」
「昨日、あれからずっとこのままなのよ。寝る前に戻るつもりだったけど、眠くてそのまま寝た。お風呂に入る前に戻るわ」
アルクがいるからエレノアさんでもいいけど、カエデちゃんの前では沖田君でいたい。
「ふーん……参考までに聞くんだけどさ、ごっちゃになることない?」
「沖田君と私がってこと?」
「そう。意識というか、男女で戸惑ったりしない?」
うーん、セクハラがひどいとは言われたが……
「しないわね。そもそも性別が変わると、力も背の高さも変わる。完全に違う人間になる感じよ。性別が変わったというより、変身してる感じ」
魔法少女みたいなもんだ。
26歳だけど…………
「でも、カエデの前ではハジメだよね?」
「カエデちゃんにオカマって思われたら嫌でしょ」
「もう遅いような…………」
えー…………
「カエデちゃーん! 俺のことを変態って思ってないよね!?」
俺はキッチンに向かって声をかける。
「大丈夫ですよー。もう慣れましたし」
カエデちゃんがそう言いながらコーヒーを持って戻ってきた。
「ほらー」
気にしてないって。
「君、都合のいい耳をしてるね。完全に諦められてんじゃん」
おだまり!
「アルク、あんたが聞きたいことを当ててあげましょうか? あんた、リディアちゃんに性別のことを言うかを悩んでいるんでしょ」
「…………うん。誠実じゃないかなって」
こいつにはこいつなりの罪悪感というものがあるんだろう。
何年も騙してきたわけだし。
「ねえ? リディアちゃんを本当に奥さんにするの? 王妃様にする気?」
「うん」
ここははっきり言うんだな。
微妙に自己主張の強い子だわ。
「では、アドバイスをしてあげましょう。私なら言わない。でも、あなたは正直に言った方が良いわね」
「君は言わないのに僕は言うの?」
「私は騙し通せる自信があるもの」
「ふっ…………」
カエデちゃんが飲んでいたココアをわざわざテーブルに置き、鼻で笑った。
無視、無視。
「僕は無理って言いたいの?」
「あなたは良くも悪くも正直だもの。それにこれまでの嘘に対して罪悪感を持っているのがマズい。そういうのはいつか伝わるものよ。ましてや、夫婦になるわけだし」
たまに会う人なら別にそれでもいいが、家族になり、一緒に住むようになったらバレる。
「君はカエデに嘘をついてないの?」
「嘘はつくわよ。いつもついてるわ」
人間だもの。
「ダメじゃん」
「別にいいのよ。カエデちゃんだって、嘘をついてるだろうし」
小悪魔だもん。
「私は嘘なんかつきませんよー」
カエデちゃんがニコニコ笑いながら否定する。
「ね?」
「なんとなくわかるね…………」
まあ、かわいいからいいんだけど。
「誰だって、嘘はつく。でも、そこに信頼関係と愛があればいいの」
「真顔で恥ずかしいことを言うね」
テメーのために言ってんだよ!
挑発してくんな!
「あなたがついてきた嘘は信頼関係を壊すものって言ってるの」
「そうだよね…………」
アルクがへこんだ。
「フィーレにはね、バレなきゃ犯罪じゃないっていう言葉があるの」
「ないですよ。それ、先輩の辞書でしょ」
うっさいなー。
無視、無視。
「でも、あなたはバレるわ。確実にね」
というか、ぶっちゃけた話、すでにバレてるような気がしないでもない。
だって、こいつの13歳という年齢は微妙すぎるもん。
「リディアに言った方がいい?」
「それがベスト。ただ嫌われる可能性もある。この際、私のせいにしてもいいわよ。悪い魔女に女にされていたって」
「ふむ…………なるほど」
アルクが考え込み始めた。
「まあ、あなたの好きにしなさい。どうせ結婚はできるんだから」
王様が無理やりにでもさせるだろう。
「リディアも会うたびにそう言ってるし、そうかもね」
思ったより、ぞっこんだな。
「ふーん。良かったわね」
「ちょっと考えてみるよ。相談に乗ってくれてありがとう」
「いえいえ。相談くらいはいつでも乗ってあげるわよ」
お前がTSポーションを飲んだら絶対に相談してくるだろうしな。
性別が変わるって、よく考えたら大変だ。
デリケートすぎて同じ立場の人間にしか相談できないだろう。
「君、いい人だったんだね!」
「ようやく気付いたの? 弟子のためを思えば当然よ」
「…………着々と既成事実を作ろうとしているし」
きりきり働けよ。
次期王様とのコネクションは大事にしなくてはいけないからな。
そして、子供の頃から上下関係をしっかりと叩きこんでおかないと!
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