第204話 お泊まり


 ショッピングモールに行き、アルクの服やおみやげを購入した俺達は晩御飯をショッピングモール内にあるレストランで食べると、家に帰った。


 家に帰ると、アルクはリビングの床に座りながら買ってきた食料品を床に並べ、それを一個ずつフロンティアにいる父親の元に送っている。


「うーん、陛下は甘いものの反応がイマイチだなー」


 アルクは先ほど、バームクーヘンをフロンティアに送ったのだが、王様の舌は満足しなかったらしい。


「ミーアは?」


 俺はソファーに座りながら聞く。

 なお、カエデちゃんは隣に座りながらスマホを弄っている。


「ミーアは好評だね。僕も美味しいと思う」


 わかりやすいなー。


「王様にはそこの黒いスナック菓子を送れよ」


 俺は床に置いてあるイタズラ心で買わせた激辛香辛料のスナック菓子を指差した。


「これ? 怖い顔が描いてあるんだけど。毒じゃないよね?」


 ある意味、毒だな。


「それは辛いお菓子だ。一切、甘くない。酒飲みの王様は好きだろうよ。でも、ミーアには食べさせるなよ」

「へー、そんなのあるんだ…………気になる」


 アルクは気になるようだ。


「死にはしないから食べてみろよ。案外、合うかもしれん」

「よーし! 食べてみよ」


 どうでもいいけど、さっき晩飯を食べたばっかりなのによく食べるわ。

 これが若さか?


「うーん、見た目はちょっと赤いだけで普通のスナック菓子だね」

「食べてみな」

「うん…………んー? 別に辛くなくない? 普通に美味しいじゃん」


 アルクは1つ摘まんで口に入れたのだが、辛くないようだ。


「そうか。じゃあ、じゃんじゃん食べろ」

「もぐもぐ…………美味しいけど、この手のお菓子は止まらなくな…………」


 お菓子を次々に口に放り込んでいたアルクが急に手を止め、黙った。


「アルク、冷蔵庫にジュースがあるからそれを飲め」

「――ゲホッ! ゴホッ! 辛っ!」


 アルクは王族にあるまじき非常に品のない行為をすると、キッチンに駆けていった。


「あー、おもれ」

「可哀想ですよー」


 カエデちゃんが苦言を呈するが、俺がスーパーでこのスナック菓子を買い物カゴに入れた時、この子も笑っていた。


「――あー、ひどい目にあった」


 アルクがペットボトルのオレンジジュースを片手に涙目で戻ってきた。


「辛いって言ったじゃん。そういうのは後から来るんだよ」

「辛すぎでしょ。これ、本当に食べ物? 害獣駆除用とかじゃないよね?」

「その辛さが癖になるの。試しに王様に送ってみ。辛いって文句を言うと思うが、次に来た時には買ってこいって言われるから」

「ホントにぃ? じゃあ、送ってみるよ」


 アルクがそう言うと、床に置いてあるスナック菓子が消えた。


「お前のその転移魔法は便利だなー。俺にもくれよ」

「君は王族じゃないから無理だってば」


 これが格差社会か……


「王族っていいなー」

「僕は君の錬金術の方がいいと思うけどね」

「あの話を聞かなかったら素直に頷けるんだけどなー」


 世界を滅ぼすなんて嫌だよ。


「君は人間が小さいから大丈夫だと思うけどねー…………あー、ミーアが死んだ」


 アルクはいつもの暴言を吐いていたのだが、顔を落とし、首を横に振った。

 どうやらミーアがさっきの激辛お菓子を食べたようだ。


「ミーアには食べさすなっての。ジュースを送ってやれ」

「陛下もビールをくれってさ」

「冷蔵庫に入ってるから勝手に送っていいぞ」

「ありがと」


 アルクはゆっくりと立ち上がると、てくてくと歩いてキッチンに向かっていった。


「さすがはナチュ畜王女。急ぐ気はなし」


 ミーアが苦しんでいるというのにニコニコ顔だ。

 アルクの性格から考えて、おそらく、悪意はないだろう。


「先輩が言ってた意味がわかります。あの子、いつも笑顔でかわいらしいですけど、毒舌が頻繁に飛んできます。間違いなく、ユニークスキル持ちですね」


 実はさっきのレストランでステーキをおかわりしようとしたアルクにカエデちゃんが太っちゃうよーって忠告したのだが、アルクは僕は若いから大丈夫って返したのだ。

 デザートを選ぼうとしていたカエデちゃんが止まっていた。


「エレノアさんの弟子はロクなのがおらんな」


 ブラックナナポンとナチュ畜王女。


「まあ、ある意味、魔女の弟子なんですから納得なんですけどね」


 自分で言うのもなんだけど、嫌な師弟。


「――何、何ー? 何の話ー?」


 アルクが戻ってきた。


「何でもない。それよか、お前、片付けろよ」


 ウチのリビングがお菓子と飲み物に侵されている。


「うーん、キリがないし、後はミーアと陛下に任せようかな……」

「そうしろ。お前、食べすぎ。若さに胡坐をかいてると、10年後に後悔するぞ。お前のいとしの何とかちゃんに嫌われても知らないからな」

「リディアだよ」


 リディアちゃんね。

 初めて聞いたわ。


「それそれ」

「それよりかさー、ヨシノはどうしたの? もう夜じゃん」


 時刻はすでに9時前だ。


「さっき連絡があった。まだかかりそうだからここに泊めてくれってさ」


 どうやらかなり協議しているらしい。

 多分、俺のせい。

 ごめんね。


「ここ? 狭くない?」


 あー、殴りて。


「カエデちゃん、豪邸に引っ越そうか」

「嫌ですよ。無駄に掃除が大変じゃないですか」


 掃除をするのはカエデちゃんだ。

 俺は何もしてない。


「アルク、ミーアをくれ」


 あの子、優秀そう。


「絶対に嫌だよ! 君に預けたら1ヶ月でロクでもない人間になっちゃうよ!」

「大丈夫だよ。長年、お前と一緒であれなんだから」


 ミーアはできた子だよ、ホント。

 こんなナチュ畜に仕えてるんだから。


「どういう意味!?」


 そういう意味だよ。


「どっちもどっちだと思いますけど、アルクちゃんはどこで寝るんですか? ナナカちゃんみたいに私の部屋?」


 ナナポンが泊まった時はカエデちゃんが俺の部屋で寝て、ナナポンがカエデちゃんの部屋で寝た。

 俺はソファーだったが、意外と寝心地は良かった。


「いや、こいつは俺の部屋でいいや」

「えー、ハジメのベッドー?」


 アルクが嫌そうな顔をした。


「どうしてです?」


 カエデちゃんが真意を聞いてくる。


「こいつ、本性が男か女かわかんねーんだもん。そんなのをカエデちゃんのベッドに寝かせらんねーわ」

「ひどっ! 君に言われたくないし! 君こそ、男か女かわかんないじゃん」

「じゃあ、いいだろ。仲間、仲間。それともここで寝るか?」


 俺は座っているソファーをポンポンと叩く。


「そこー?」


 アルクは俺達のそばにやって来ると、ソファーを撫でたり、叩いたりしだした。


「ちょっと、2人共、どいてよ」


 アルクはソファーに座っている俺とカエデちゃんを払うようにどかそうとしてきた。

 俺とカエデちゃんは素直に立ち上がると、アルクがソファーに寝ころぶ。


「うーん。悪くないな」


 えー……


「マジでそこで寝るの? お前、お姫様じゃん」


 マズくね?


「いやー、正直、僕の部屋のベッドより気持ちいい。買って帰ろうかな?」

「ベッドの方が気持ちいいと思うぞ」

「それはヨシノの家で寝るよ」


 ヨシノさんの家がわかんないけど、ベッドは1つじゃね?


「あのー、転移魔法が使えるなら自分の部屋に帰って、寝ればよくない?」


 カエデちゃんが名案を思い付いた。


「カエデはわかってないなー。せっかく異世界に来たんだから異世界を満喫したいじゃん。というわけで僕はここで寝る。あ、枕と掛布団はちょうだいね。さすがにそれがないときつい」

「いや、まあ、それくらいはあるけどさ」


 マジでここで寝る気か……


「よろしく。あ、お風呂に入りたい。ハジメというか、エレノアが言っていたポーションソープを試してみたい」


 あー、そんなことも教えたな。


「カエデちゃん、悪いけど、用意してくれる?」

「わかりました。使い方はわかりますかね?」

「あっちのお風呂に入ったけど、ほぼ一緒だったから使い方を教えればすぐにわかると思う」

「じゃあ、教えてきますよ」

「おねがい。俺はいい加減、クレアに電話するわ。着信履歴がヤバい」


 クレアから数分に1回くらいのペースで着信が来ている。

 これまでずっと無視してきたが、さすがに今日中には連絡するべきだろう。


「わかりました。アルクちゃん、こっち」

「わかった。ハジメ、覗くなよ」


 なんでやねん。


「毛も生えてない貧相な身体のお前なんかに興味ねーわ」

「神よ! このクソ魔女を殺してくれ!」


 お前も見たからお互い様だろうが!


「ユニークですねー」


 カエデちゃんが俺とアルクを交互に見て、呆れた。

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