第180話 スラーッシュ!


 池袋のギルドを出た俺はヨシノさんの運転で家に帰ることにした。


「それでどうするんだ? 1人で行くのか?」


 ヨシノさんが運転しながら聞いてくる。

 なお、俺は今回は後部座席ではなく、助手席に乗っている。

 それで気付いたのだが、シートベルトとヨシノさんの組み合わせがすごい。


「ナナカさんを連れていきたいんだけどねー。さすがにやめとくわ」


 俺の知っているフロンティア人の2人はそう悪い人間には見えなかったが、他のフロンティア人がどういう人間なのかを知らない。

 また、フロンティア人の文化も知らなければ、どういう生活を送っているかもわからない。

 いくら透視を持っているナナポンが便利とはいえ、子供のナナポンをそんなところに連れていくわけにはいかない。


「しかし、1人では何かがあった時に対応できないだろ?」

「まあね。あなたが付き合ってよ。カエデちゃんを連れていくわけにはいかないし、サツキさんもダメでしょ」


 カエデちゃんは絶対にダメ。

 サツキさんはギルドを留守にするわけにはいかない。


「私か……というか、行けるのかな?」

「さあ? とりあえず、一緒にゲートをくぐってみましょうよ。ダメならしょうがないわ」

「そうするか……君が1人だと、不安だしな」

「別にケンカを売りに行くわけじゃないのよ?」


 俺はそんな好戦的ではない。

 フレンドリーな魔女なのだ。


「挑発持ちはなー……」


 お前も持ってるだろ。

 まあ、誰にも言ってないけど、実は俺の挑発レベルはすでに3になってたりする……

 サツキさんの背中が見えてきた。


「大丈夫よ。今回は商売をしに行くんだから」

「うーん、心配だわ。あと、他にも君は交渉が下手だからな……」

「というか、どういう人生を歩んだら交渉が上手くなるのよ。私は高校、大学、社会人でそんなに交渉することはなかったわ」


 高校、大学はもちろんだが、会社も営業とかではなかったため、そんなに交渉をすることもなかった。

 当然、上司ともしていない。

 してたらとっくの前にクビになってると思う。

 ホント、ブラックだもん。


「交渉は大事だぞ? 冒険者はアイテムを売ることはもちろんだが、他の冒険者と組んだりするし、そういう時にこそ交渉力がいるんだ。今後のためにも覚えた方が良い」

「ふーん。この際だから言っておくわ。私、引退を考えてる。さすがにエレノア・オーシャンのミステリアスさが度を越えてきた」


 俺は以前から考えていたことをヨシノさんに伝えることにした。


「そうか…………それは沖田君もかい?」

「そうなるでしょうね。私が冒険をする理由はレベルを上げてレシピを覚えるため。でも、儲けようと思ったらもう十分でしょ」

「そうだな。回復ポーションにアイテム袋……十分と言えば十分だな」


 ヨシノさんには言っていないが、生命の水とキュアポーションもある。

 生命の水は言えないが、キュアポーションくらいは言うか……


「あと、キュアポーションっていうのもあるわ。病気が治るんだって」

「それはすごいな。売れそうにないが…………」


 ヨシノさんもそう思うらしい。


「やっぱり?」

「病気が治るのは素晴らしいことだが、流通は難しいだろう。うるさいのが多いし」


 カエデちゃんが言ってたやつね。


「やっぱりキュアポーションは個人用かな…………あなたも飲んどく? 私とカエデちゃんとナナカさんは念のために飲んでおいたけど」

「くれ。私も病気は怖い」


 俺はヨシノさんが頷いたのを見て、カバンからキュアポーションを取り出し、運転しているヨシノさんに渡した。

 すると、ヨシノさんは片手でハンドルを握りながらもう片手で器用にフラスコのコルクを開け、キュアポーションを飲む。


「何の効果も感じないな」


 ヨシノさんは空になったフラスコを俺に渡しながら言う。


「病気になってないってことでしょ」


 健康で良かったじゃん。


「ならいいか。病気は怖いからな」

「そうね。癌とか怖い」


 ヨシノさんは特にだろう。


「どこ見てんの? 言っておくが、胸の大きさと乳がんのなりやすさに相関性はないからな」


 そうなんだ……

 そんなに大きいのに。

 スラッシュすげー。


「知らなかった」


 じー……


「ホント、よく見る子だね……沖田君さー、君、セクハラがひどいよ?」

「今はエレノアさん」

「そこだよ。君、ナナポンのお風呂を覗こうとしたじゃない?」


 そんなことあったっけ?


「んー? ああ……あの冗談……」


 軽いジョークじゃないか。


「冗談って本気で思っているんだろうね……前から思ってたけど、君、エレノアになりすぎて男女の境界が曖昧になってない?」

「曖昧?」

「女性同士ならまあ、笑えるかもだけど、男性がやったらドン引きする行為を平気でするよね? エレノアになる前の君は女子の風呂を覗こうとしたり、人の胸をガン見する人間だった?」


 …………するわけがない。

 捕まるやんけ。


「あー……言われてみると、そうかも……」

「気を付けなよ」


 うん……


「気を付ける……」

「そうしなよ。ところで、キュアポーションって癌も治るのか?」

「レベル3だからね」

「ホントに錬金術はすごいな…………」


 まあね。

 さすがは俺のユニークスキル!


「話を戻すけど、ヨシノさんは辞めないの?」

「うーん、多分、辞めない。でも、今までのように冒険をすることはないだろうね」

「そうなの?」

「まずなんだけど、私は冒険者を辞めることはないと思う。本部長の部下だし、フロンティアでの調査もあるからね」


 そういや、桐生もだが、ヨシノさんも囲われたAランク冒険者だったな。


「普通の冒険はしないの?」

「多分、君が辞めたらリンも辞める。そうなると、他の人達にも連鎖すると思う」


 リンさんが辞めたら他の人に連鎖するのはわかる。

 皆、辞め時を探してるって聞いてるし。


「俺が辞めたらリンさんも辞めるの?」

「多分な。ほら、私達って同い年だろ? きっかけになると思う。実際、私が本部長の部下じゃなかったら辞めてると思う。特にリンは旦那がいるからな」


 子供欲しいって言ってたしね。


「そうなったらヨシノさんはソロ?」

「予備メンバーがいるけど、多分、ソロかな? まあ、もう高難易度のエリアには行ってないしね。クーナー遺跡かミレイユ街道ぐらいで適当にやる。ぶっちゃけ、冒険者の儲けより君からもらう10パーセントの方が良い」


 今回のレベル3の回復ポーションのオークションだって、1000万近い取り分になる。

 さらにこの前の金の延べ棒もあった。


「気をつけなよ」


 俺もだけど、あんたも30歳が見えてるだろ。


「無理はしない。そういう情熱はすでに冷めてる」


 ヨシノさんはそう言って、お腹をさすった。

 前に見た傷跡があった場所だ。


「傷は治った?」

「見るか? 本当にきれいに治った。どこにあったのかわからないくらいだ」

「ホテル行く?」

「言ったそばから…………いいぞ。私の取り分は儲けの40パーセントな」


 銭ゲバめ。

 愛人になろうとすんな。


「冗談よ。治ったのなら良かったわ」

「ああ。感謝してる。ついでにもっと儲けてくれ。特に今回のフロンティアとの商売には期待している」


 銭ゲバさんは変わらんなー。


「頑張りますか…………明日、昼に迎えに来て」

「明日か? 早いな」

「早い方が良いし、政府の余計な仲介を受けたくない。それに今年中に終わらせたいわ」


 今度こそ、今年最後の仕事にしよう。


「それもそうだな」

「終わったらナナカさんも呼んで打ち上げをしましょうよ。本当は金の延べ棒の時にやりたかったんだけど、あの報道のせいで流れちゃったし」

「だな。忘年会になりそうだが、金の延べ棒を眺めながら飲もう」

「あなたは飲めないでしょ」


 すぐに眠くなるんだろ?


「私は飲みの場ではりんごジュースと決めている」

「…………用意しておくわ」

「ちなみにだが、来週のクリスマスはどうするんだ? カエデと一緒か?」

「そうなるでしょうね。もっとも、邪魔者のチビが来るけど……」


 あのガキがあまりにもしつこく家に行っても良いですかって聞いてくるもんだから折れてしまった。


「ナナポン、すごいな……」

「あなたも来る? どうせ彼氏いないでしょ」

「かちーんときたぞ、おい! いないけど……」


 でしょうね。

 いたら愛人になろうとはしない。


「じゃあ、いいじゃない。サンタの格好でもして華を添えなさい」

「それ、エロい衣装のやつだろ」


 そうとも言う。


「じゃあ、普通でいいわ」

「…………まあいいか。だったら来週までにフロンティアにポーションを売って、打ち上げにしようか」

「そうしましょう…………その辺で止めてちょうだい。あとは透明化ポーションを飲んで歩いて帰るわ」


 俺は家の近くまで来ると、後ろに追跡者がいないことを確認すると、ヨシノさんに車を止めてもらうように言う。


「ん。わかった。明日の昼一に迎えに行くから。あと、このことはサツキ姉さんにも伝えておく」

「よろしくね。じゃあ、また明日」


 俺はそう言うと、カバンから透明化ポーションを取り出す。

 そして、透明化ポーションを飲み、透明になると、車を下り、すぐ近くにある自分の家に帰った。

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