第176話 それぞれの思惑(ゆーえすえー) ★


「大統領、失礼します」


 部屋にノックの音が響いたと思ったら知っている人間の声が聞こえていた。


「ノーマンか。入ってくれ」

「はっ! 失礼します」


 扉が開き、メガネをかけた初老の男が入ってくると、背筋を伸ばし、歳を感じさせない敬礼をした。


「久しいな」

「はっ! ご無沙汰しております!」

「まあ、座って楽にしろ」


 私は面会用のソファーに座るように勧めると、自らもソファーに腰かけた。


「はっ!」


 私が座ると、ノーマンも座る。


「この部屋は禁煙だが、特別に吸っていいぞ」

「タバコはやめました」


 は?

 明日はハリケーンでも来るのかな?


「嘘つけ」

「検査でひっかかりましてね。妻と息子にやめろと言われました」


 本当なのか……

 タバコを止めるくらいなら死んだ方がマシって言ってたのに。


「嫁さんは長生きして欲しいんだろうよ」

「どうですかね?」


 そう信じなさい。

 私もそう信じている。


「まあいい。それで何の用だ?」

「クレアからの報告です」

「クレア…………となると、魔女か」


 そういえば、ノーマンはクレアとハリーの元上官だったな。


「はい。例の魔女はフロンティア人と接触し、戻ってきたそうです」

「そうか……」


 だろうな。


「そのことからあの魔女がフロンティア人である可能性は低そうです」

「ふふふ。お前に良いことを教えてやろう」


 私は意味ありげに笑う。


「良いこと?」

「先程、フロンティア側から問い合わせの返答が来た」

「は? もうですか? さすがに早くないでしょうか?」

「早いのは良いことだ。問題はその返答の内容だな」


 どうしたものかね?


「返答は何と?」

「エレノア・オーシャンがフロンティア人であるという証明はできなかった。したがって、引き渡し要求はしない。ただ、得体の知れない存在であることは確かであり、本物の魔女の可能性が高いので注意した方が良い」

「そ、それは…………」


 あの冷静なノーマンが動揺している。


「これを素直に信じるならば、あの魔女はフロンティアですら把握できない魔女ということだ」

「やはり危険な存在ですね」

「そうだな。とはいえ、何も出来ん。日本の報告ではゲートを閉じることができる可能性があると言っている」


 冗談じゃない。


「クレアの報告ではそれはない、と」

「それを素直に信じろと?」

「できませんな」


 クレアを信用していないわけではない。

 これは単純にリスクとリターンの問題だ。


 魔女を殺してもリターンはない。

 だが、魔女をどうにかしようとした場合のリスクが大きすぎる。

 もし、本当にゲートを閉じられれば国家が揺らぐ。


「やはり現状維持が一番だ。幸いにもクレアとハリーは上手くやっている」

「ですな。クレアが100キロのアイテム袋10個確保しました」


 100キロのアイテム袋を10個もか。

 高額だが、アイテム袋はそれ以上の価値がある。


「引き続き、関係性を築き、取引をするように伝えろ」

「はい。それに関してはご安心を。クレアがエージェント契約を結んだそうです」


 エージェント契約?


「なんだそれ?」

「要はあの魔女の商売をクレアが代行するというものです」

「でかした! それは大きいぞ!」


 あの数々のアイテムが手に入るルートを手に入れたということだ。


「はい。今現在も回復ポーションや育毛ポーションとやらの売買を進めているそうです」

「育毛ポーション? なんだそれ?」

「文字通り、髪が生えるポーションですな。もっとも、レベル1の回復ポーションに育毛剤を混ぜただけだそうです」


 もったいないことをするな…………


「ん? 効果はあるのか?」

「あるみたいですな。報告によれば1日で生えてきたそうです」


 ふーん。


「どうでもいいな」

「私もそう思います」


 私もノーマンも結構な歳だが、フサフサだからな。

 素晴らしい遺伝子に感謝だ。


「まあ、その辺は勝手にすればいい。だが、アイテム袋と回復ポーションを軍に売ることは忘れるな」

「わかっています。それと大統領にクリスマスプレゼントがあるそうです」


 クリスマス?

 まだ2週間はあるだろ。


「早いぞ。というか、なんでクレアからクリスマスプレゼントをもらわねばならんのだ」


 いらんわ。

 家族か彼氏に渡せ。


「相手はあの魔女です」

「…………まさか」

「はい。レベル3の回復ポーションと2000キロのアイテム袋を託されたそうです」


 2000キロ…………2トンか。


「本当だったのか…………」

「そのようです。それと伝言です」

「伝言?」

「はい。いい子にしてたら来年もサンタさんが来るよ、だそうです」


 脅しにしか聞こえない…………


「つまり余計な手出しはするなということか?」

「それ以外には聞こえません。来年は3000キロをもらえるかもしれませんな」


 ありうる……


「例の国々や他国を徹底的に牽制しろ。それと日本のエージェントを増員だ。何としても魔女を守れ。得体の知れない存在だろうが、フロンティア人であろうが、どうでもいい。黄金の魔女を失うわけにはいかん」


 本物の魔女かもしれんが、得られるメリットが大きすぎるのだ。

 受け入れるしかない。


「はっ! すぐに指示します!」


 さて、日本の首相に電話するか……

 あと、ギルドもだな。


 クリスマス前だというのに忙しくなってきたな……

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