第174話 いやー、終わった、終わった


 真っ白な視界が止むと、いつの間にかゲート前に見覚えのある風景に戻っていた。

 俺が後ろを振り向くと、いつものゲートが見えている。


「本当に戻ってきたのね……」


 アルクは本当に転移魔法が使えるらしい。


「まあいいわ。交渉も上手くいったしね」


 相手がガキで良かった。

 あんなもんで頷いてくれたし、もし、相手が強欲なおっさんとかだったらもっと要求されていただろう。


 しかし、なんで面会するヤツが13歳の子供だったのだろうか?

 転移魔法は王族しか使えないって言ってたし、その影響なのだろうか?


「転移魔法か……」


 俺はそうつぶやきながら巨大なゲートを触る。


 おそらくだが、このゲートも転移魔法の一種だろう。

 そういう意味ではエレノアさんがお姫様認定されてたのは良かったかもしれない。

 王族だからゲートを閉じることができるわけだし。


「いや、もういいや。終わったし」


 俺は考えるのをやめると、皆が待っている受付のロビーに戻ることにする。

 ロビーに戻ると、変わらずに本部長さん、サツキさん、ヨシノさんの3人が待っていた。


「あ、帰ってきた」


 サツキさんがそう言って、俺を指差す。

 すると、ヨシノさんと本部長も俺を見てきた。


「お疲れ。どうだった?」


 ヨシノさんが聞いてくる。


「普通に会ってきたわよ。あと、面会した男の護衛のメイドが透明化ポーションで隠れてやがったから斬り殺すわよって脅してやったわ」

「何してんの!?」


 ヨシノさんがオーバーなリアクションを取る。


「さすがだ! 私が見込んだことはある!」


 サツキさんは俺の挑発レベルが上がることを期待している。


「………………」


 本部長さんは無言で俯き、首を横に振った。


「まあ、問題はないわね。少なくとも強制送還はない。私の言うことをよく聞く良い子だったわ」


 チョロガキだった。


「強制送還はなしか…………それは君がフロンティア人ではないからということかな?」


 本部長さんが聞いてくる。

 おそらく探りだろう。


「さあ? 多分、その内、あちら側から問い合わせに対する返答があるでしょう。それでわかるわ。ああ……催促をしておけば良かったわね」

「私としては問題ないならどうでもいいな」


 サツキさんはそうでしょうよ。


「そういえば、問い合わせをした国は一国ではないらしいわね? 向こうさんもめんどくさそうだったわよ?」


 俺は本部長さんに確認する。


「…………それだけ君が好き勝手してるということだ」

「ふふっ。好き勝手にしてるのは私だけではないでしょうに。まあいいわ。返答を待つように首相さんにも伝えて。私は帰る」

「あ、送ろうか?」


 ここまで連れてきてくれたヨシノさんが聞いてくる。


「いいわ。タクシーに乗ってるバカ2人にも軽く説明したいし…………じゃあね」


 俺は3人に手を振ると、受付の中に入り、裏口から出ることにした。


 裏口から出ると、いつものタクシーに向かう。

 すると、タクシーの自動ドアが開いたため、後部座席に乗り込んだ。

 もちろん、タクシーの中にはハリーとクレアが乗っていた。


「よう。フロンティア人の取り調べを受けるってマジか?」


 運転席に乗っているハリーが聞いてくる。


「まさに今、会ってきたところよ」

「おっ! やっぱりか! フロンティア人ってどんなんだった?」

「私と一緒で金髪だったわね」


 ガキンチョもメイドさんも金髪だった。


「フロンティア人って金髪なのか…………あ、お前も金髪」

「染めてるって調べてたでしょ。私は黒髪よ」

「あ、そうだった」


 ったく、こいつは本当に脳みそが筋肉だな。


「ハリー、今日はラーメンはなし。人がいないところで降ろしてちょうだい」

「まあ、そうだな。さすがに今の状況でラーメン屋には行けないな…………残念だが、今度にしよう」


 ハリーはそう言うと、タクシーを発進させた。


「いや、ラーメン屋じゃなくて、別のところがいいんだけどね」

「寿司や天ぷらか? ヘルシーな料理には興味ねーな」


 寿司はわかるが、天ぷらってヘルシーか?

 揚げ物だぞ。


「もういいわ。あなたと話しているとデブになりそう……」

「同感よ。ラーメンばっかりだと、塩分の取り過ぎだし、太っちゃうわ」


 クレアも同じことを思っているらしい。


「ホントよね」

「それで、エレノア、フロンティア人認定された?」


 クレアが本題に入る。


「されたら戻ってないわね。フロンティア人だったら強制送還というか、殺すつもりだったんだって」

「殺すって物騒ね……」

「あんなのに殺される私ではないけどね。多分、向こうも最初から私がフロンティア人じゃないってわかってたと思う」


 もし、本当に疑っているのならあの雑魚そうな2人だけとは思えない。

 ましてや、王族なんかあり得ない。


「ふーん、ということはあなたがフロンティアのお姫様っていうのは違うか」


 俺のどこにお姫様要素があるんだろう。

 自分で言うのもなんだが、上品さはゼロだぞ。


「最初から違うって言ってるでしょ。まあ、その内、フロンティア側から各国に返答があるわ…………曖昧な説明のね」

「曖昧?」

「濁してもらうように頼んだのよ。干渉されるのがうざいしね」


 こいつらには言ってもいい。

 金とラーメンのことしか頭にない無能な護衛だもん。


「あー、なるほど。でも、よくそんなことを頼めたわね」

「フロンティア人とやらもこっちの人間と一緒だったわよ。賄賂で一発。レベル2の回復ポーションでコロッと落ちたわ」


 透明化ポーションのことは言わない。

 言ったら売れってしつこそうもん。

 透明化ポーションは身を守るためのものであるし、他に流通すると、今度は俺がピンチになる。


「レベル2? こっちでも数百万円くらいの価値だけど、向こうでも価値があるものなのかしら?」


 あのリアクションを見ると、あるっぽいな。


「さあ? どっちにしろ、フロンティア人とフィーレ人の接触及び売買は原則禁止なんだってさ」

「フィーレ人?」

「私達地球人のことをそう呼んでるらしいわよ。私達がフロンティア人と呼んでいるのと一緒」

「へー」

「美味そうな名前だな」


 フィレ肉か?

 筋肉バカは黙ってろ。


「あまり情報は掴めなかったけど、商売ができないならどうでもいいわ」

「結構な情報だけどね。フロンティアとゲートで繋がって30年になるけど、本当に情報がないし」

「じゃあ、この情報をノーマンとか言うアホに報告してちょうだい。だからなんだっていう情報だけど」


 シャワーを浴びながらタバコを吸うんだっけ?


「まあ、報告はするわね。あなたが無事に戻ってきたっていう報告もしないといけないし」

「そうね……あ、これをプレジデントに渡してくれる?」


 俺はカバンからカバンとポーションを取り出した。


「これ、レベル3の回復ポーションと2000キロのアイテム袋?」

「そうそう。あのさー、おたくの大統領さん、仕事しすぎ。皆、目の下に隈ができてたわ。可哀想に…………」


 サツキさんもだけど、本部長さんも元気がなさそうだった。


「いや、99パーセント、あなたが原因よ」


 いや、問い合わせをした国々のお偉いさんとお漏らししたバカが悪い。


「私のせいではないわね。私は普通に売り物を売っているだけ。違う?」

「まあ、そうね。ミネルヴァと接触して、私を通すように言っておいたからね」

「どうも。ギルマスに変なところと繋がってスキャンダルはやめてくれって言われたわ」

「それはよくわかるわ。冒険者は叩かれやすいからね」


 ホント、ホント。

 俺は見てないけど、ネットやテレビではボロクソらしいし。


「あなたは商売の話を進めてちょうだい。私の強制送還はないし、育毛ポーションの効果は確実っぽいわ」

「了解。じゃあ、色んなところに声をかけていくわ。あなたは当分、大人しくしてなさい」

「そうするわ。ハリー、そこを曲がったところで降ろしてちょうだい」

「はいよ」


 俺は人通りの少ない場所で降ろしてもらうと、誰もいないところまで行き、透明化ポーションを飲む。

 そして、寄り道もせずにさっさと帰宅した。

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