第171話 周囲から被っていると思われている本部長さん


 ヨシノさんから事情説明を聞いた日とその翌日も家から一歩も出ずにカエデちゃんと一緒に過ごした。

 そして、ついにフロンティア人とやらとの面会の日となった。


 俺は準備を終えると、玄関で靴を履く。


「先輩、気を付けてくださいね」


 カエデちゃんが心配そうに俺を見ていた。

 ギルドがまだ閉鎖中なため、カエデちゃんは家でお留守番なのだ。


「大丈夫だよ。ちゃんとクリスマスまでには帰ってくる」


 クリスマスは再来週だけど……


「フラグっぽいことを言わないでくださいよ…………」


 本当はギャグで帰ったら結婚しようって言おうと思ったんだけど、面白くないし、ガチで考えてるから言うのはやめた。


「普通に帰るよ、それで商売を再開する。冒険は…………他のメンツと相談だな」


 ナナポンとは話したが、サツキさんに話していない。

 あと、ヨシノさんやリンさんに相談してもいい。


「わかりました。いってらっしゃい」

「うん。いってくる」


 夫婦のやりとりっぽいね。

 いってらっしゃいのちゅーがないけど。


 俺はカエデちゃんに手を振ると、家を出た。

 そして、下まで降りると、マンションの前に車が止まっていたので後部座席に乗り込む。


「後ろに乗られると、運転手みたいで嫌だな」


 俺を迎えに来たヨシノさんが運転席から俺を見ながら嫌そうな顔をする。


「エレノアさんにチェンジするんだからしょうがないじゃん」

「家でチェンジして、透明化ポーションを飲んで降りてくればいいじゃないか」


 …………まあ、その手もあったね。


「もういいじゃん。着替えるから出発しろよ」

「よくそんなところで着替えられるな……」

「慣れたよ。こちとらトイレとか外で着替えてんだぞ」


 そもそもローブはそんなに難しくはない。


「その辺がめんどくさいんだな」

「まあな」


 俺は車が出発したので透明化ポーションを飲み、服を脱いだ。


「見えないと思うけど、今、裸になったぞー」

「実況はいらん。変態みたいだぞ」


 確かに……


 俺はさっさとTSポーションを飲み、エレノアさんになると、カバンから下着や黒ローブを取り出し、着替えた。


「寒いわねー。もっと暖房を利かせなさいよ」


 今、12月だぞ。


「エレノアになったんだな…………トイレよりかはマシだろ」

「まあね。あなたもやってみるといいわ。本当にみじめな気分になるから」

「やらんわ」


 だろうね。


 俺は服を着替え終えると、再び、透明化ポーションを飲み、姿を現した。


「お待たせ。世界一美しいと評判の黄金の魔女、エレノア・オーシャン見参」

「はいはい。髪をどうにかしろ。ぼさぼさだよ」


 スルーかい……


 俺は最近、皆冷たいなーと思いながらも櫛と鏡を取り出し、髪を解き始める。


「切らないのか? それだけ長いとめんどくさいだろ」

「切らない。切ったら失恋と思われるし」

「いや、思わんだろ……」


 俺は思う。

 長い髪をバッサリ切るってことは心機一転したいってことだ。

 失恋しかない!

 だから俺が切る時はカエデちゃんに捨てられた時!


「そんなことよりもヨシノさんも立ち会うの?」

「そうだな。私もギルドで待機している。何かあった時のためにAランク冒険者を配置しようってことになったんだ」

「桐生じゃなくて良かったわ」


 あいつのユニークスキルは厄介すぎる。


「本部長が決めたからな。必然的に私になる」

「なるほどね」


 俺が髪を整え終え、準備を完了すると、ヨシノさんが運転する車が池袋ギルド裏に到着した。


「あれ? マスコミがいないわね」


 ここには不自然なタクシーが1台と警備員が2人ほどいるだけだ。


「ギルドの裏は立入禁止区域だからな。マスコミは来れない。特にこの前の君を襲撃した事件があっただろ? あれのせいで特に厳しくなっている」


 あー、あのクソガキ君ね。


「立入禁止にしてはタクシーが止まっているようだけど?」

「君の友達だろ? ほっとけ」


 まあ、放っておこう。

 後で説明してやればいいだろ。


「ほら、着いたぞ」


 ヨシノさんは駐車場の駐車スペースに車を停めた。


「では、行きますか」

「そうだな。くれぐれも頼むぞ」


 どいつこいつも心配しすぎ。

 こちとら辛い社会を4年も生きてきた26歳だぞ。

 もうすぐで27歳になるけど……


「わかってるわよ」


 俺はそう言うと、後部座席から降りる。

 そして、ヨシノさんと共にギルドに入った。

 すると、サツキさんが受付の裏に出る通路で待っていった。


「あら。お出迎え?」


 俺は目の下に隈が出来ているサツキさんに聞く。


「ああ。そうだ……」

「お疲れねー。これをあげるから飲みなさい」


 俺はカバンからレベル3の回復ポーションを取り出し、サツキさんに渡した。


「悪いな」


 ヨシノさんは受け取った回復ポーションをごくごくと飲み干す。


「あー、1億1111万1111円の栄養ドリンクはすごいな。一瞬で疲れが吹き飛んだ」


 ヤバい薬みたいなセリフだな。


「大変ねー」

「他人事だな、おい」


 正直、この数日はカエデちゃんとゆっくり過ごせたから良かった。


「わかってるわ。私が一番の当事者よ。本部長さんと首相さんは?」

「こっちだ」


 サツキさんはそう言って、通路を歩いていったため、俺とヨシノさんもあとを追いかける。

 そして、通路の先の扉を開き、受付の裏に入ると、そこには50代前後ぐらいのおっさんが1人で立っていた。


「エレノア、お前は初めてだったな。ギルドの本部長だ」


 この人が本部長さんか……


 俺は目線を頭頂部に向ける。


「ハゲてないじゃない」


 俺はヨシノさんに言う。

 以前、育毛ポーションを作った際に本部長が薄くなっているという話を聞いていたのだ。


「あれはアフターだ。君が試供品を私に託しただろ。本部長はあれを使ったからああなっている。本当に薄かったんだぞ」

「へー。やっぱり効果があるのねー」


 本部長さんのビフォーを知らないけど、やはり効果はあるんだな。

 あとはクレアに任せよう。


「初対面でいきなり頭髪を弄られるとは思わなかったな」


 本部長さんが苦笑した。


「あら。ごめんなさい」


 確かに失礼だ。

 失礼すぎる。


「いやいい。正直に言えば、とても感謝してる。ここ数年、急にきたから悩んでいたんだ」


 男は皆、悩むわな。

 わかる、わかる。


「良かったわね」

「ああ。ところで、これは売るのか?」

「日本では売らないわね。クレアに任せている。どうせすぐにバレるし」


 鑑定にかければ育毛剤にレベル1の回復ポーションを混ぜただけというのはすぐにわかる。

 そうなったらハゲの諸君も50万円でレベル1の回復ポーションを買うだけだ。


「そうか。私の知り合いから問い合わせが多いんだがな」


 知り合い(ハゲ)……

 本部長はいい年のおっさんだし、友達とか上司とかが問い詰めているんだろうな。


「クレアの販売が終わったら言いふらしてもいいわよ。それまではダメ。営業妨害よ」


 詐欺じゃないぞ。

 本当に髪の毛が生えるんだから問題ない。


「まあいい。今日はその話ではないからな」

「そうね。そういえば、首相さんは?」


 いないじゃん。

 さすがに俺だって、今の総理大臣くらい知っている。

 ほら、えっと……何とかさん。


「支部長室で待機してもらっている。本当は君と会って話をするつもりだったのだが、周りが止めた」


 得体の知れない魔女に近づかない方がいいってことかな?

 まあ、それがいいかもね。

 変な魔法をかけられるかもしれないし。


「私としても面倒だからそれでいいわ」

「そうだな。では、君にはこれからゲートをくぐり、フロンティア人と会ってもらう。いいね?」

「そうね。ちょっと話してくるわ」

「正直な話、私もフロンティア人に会ったことがないから何も言えんが、変なことはしないでくれ」


 ホント、どいつもこいつもビビりすぎ。


「はいはい。怒らせないようにすればいいんでしょ」

「頼む」

「じゃあ、行ってくるわ」


 俺は3人に向けて、手を上げると、誰もいない受付を抜け、ゲートに向かった。

 そして、ゲートの前まで来ると、ゲートを見上げる。


「普通にくぐればいいのかしら?」


 ここでクーナー遺跡に行きたいって思えば、そっちに行けるんだろうか?

 よーし! クーナー遺跡に行きたーい!


 俺はそう思いながらゲートをくぐった。

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