第166話 1億1111万1111円
エレノアさんの身柄要求の報道があってから数日が経った。
俺はその間、家から一歩も出ていない。
別に沖田君だったら出てもいい気がするが、気分的に外に出たくなかったのだ。
だから俺はこの数日、日課のポーション作りをしたり、カエデちゃんとゲームをしたりして過ごしていた。
この数日は本当にカエデちゃんと一緒に暮らして良かったと思えた。
1人だと色々と考えてしまい、良くない行動に出そうな気がするからだ。
カエデちゃんは買い物以外は家にいて、ほぼ一緒にいてくれた。
俺が変なことをしないように監視されているような気がしないでもないが、心配してそばにいてくれているのは確かだろう。
本当に癒し系のかわいい子である。
そして、今日はレベル3の回復ポーションのオークションの最終日である。
俺はこの日、エレノアさんになっていた。
理由はナナポンが来たから。
正直、あんな報道があったので家でもエレノアさんになる気分ではないのだが、ナナポンにチェンジと言われたので仕方なくエレノアさんになっているのだ。
「1億を超えましたねー」
ナナポンは嬉しそうにスマホを見ている。
「まあな。なんでこんなに上がったのかね?」
「ん? ネットとかテレビを見てないんですか?」
「カエデちゃんに見るなって言われた」
なお、カエデちゃんは今、買い物に出かけているのでナナポンと2人きりである。
「あー、見ない方がいいかもですね。一部ですが、ボロクソに言われてますよ」
「ボロクソって……」
なんでやねん。
「スパイだとか犯罪者扱いとかです。正直、エレノアさんは日頃の行いがあまり良くありませんからね。中には極悪人扱いしているまとめ動画もあります」
「殺したいな……」
俺のどこが極悪人なんだよ。
物を作って売ってるだけじゃん。
「やめてください。そんなんだから朝倉さんが見るなって言うんですよ。気にしない方がいいですって。どうせ視聴率や再生数を稼ぐ程度の低いものです」
だろうな。
でも、そういうやつの方が稼げるんだろう。
「まあ、見ないわ」
「ですです。それにネットではあの報道に懐疑的な目で見ている人も大勢います。というか、数日経つのに続報がないんですもん。政府もギルドもだんまりですし」
報道の後、サツキさんやクレアが調べているはずだが、一向に連絡が来ない。
一体、どうなっているんだろう?
「よくわからないんだよな……」
「ですね。でも、どうせ誤報ですよ。また冒険もできますし、お金儲けもできるようになります」
ナナポンが慰めてくれているのはわかる。
「あー、ナナポン、それなんだけどな。カエデちゃんと相談したんだが、そろそろ引退を考えるべきだと思う」
「ですかー……まあ、仕方がないですかね」
意外にもナナポンはすんなり受け入れた。
「お前はそれでいいか? 俺が辞めたらお前も辞めるって言ってたけど」
「ええ。エレノアさんがいないならやる意味ないですしね。元々、半分辞めてましたし」
ナナポンは大学に入ったら冒険に行かなくなったのだ。
「悪いな」
「いえ、辞めたとしてもお金儲けは続けるんでしょ?」
「そうだな。作って売るだけだし、サツキさんやヨシノさん経由の本部長、あとはクレアに売る」
「じゃあ、いいんじゃないですか? 冒険をしないってことはレベルが上がらないので新しいレシピは手に入りませんが、これまでのレシピで十分に儲けられます」
俺的にはもうちょっとレベルを上げて新しいレシピが欲しいんだが、金だけを考えればいらない。
「そうなるな。まあ、お前には変わらず10パーセントやるから」
「どうもです。辞めたら私はサツキさんのお手伝いですかね?」
お手伝い…………
子分だろ。
「そうかもな。まあ、大学を出て、ギルド職員かお抱えの冒険者にでもなれよ」
「そうします。沖田さんはどうされるんですか?」
「ニート」
「ひどいですねー」
事実だからしゃーない。
「カエデちゃんと遊んで暮らすよ。多分、カエデちゃんも仕事辞めるし」
「ニート夫婦になるわけですか」
「本当に世界一周旅行でも行こうかなー」
あれって、楽しいのかね?
「まあ、好きにしてください。ところで沖田さん」
「なーに?」
「今、エレノアさんになりたくない気持ちはわかります。そんな中、無理やりエレノアさんになるように頼んだのは悪いとも思います。ですが、そろそろ口調をエレノアさんにしてもらえませんか?」
めんどくせー子だよ、ホント……
「わかったわよ。これでいい?」
「はい。ところで、朝倉さんはどうしたんです?」
「買い物。あなたが来るって言うからスーパーにお寿司を買いに行ったわ」
夕方くらいにナナポンから大学が終わったので一緒にオークション結果を見たいですと連絡がきたのだ。
「お寿司ですかー。いいですねー。私もこの前、回らないお寿司に行きましたよー」
こいつ、まったく反省してねーな。
また誘拐されるぞ。
◆◇◆
俺とナナポンはしばらく話していると、買い物に出かけていたカエデちゃんが帰ってきた。
「お寿司ですよー」
カエデちゃんはソファーの前にお寿司とお酒を置く。
俺とカエデちゃんが缶ビールでナナポンが酎ハイだ。
「いいですねー。1億越えのお祝いです」
「今、いくら?」
「1億320万円です」
レベル2が数百万円なのにレベル3の上がりようがヤバい。
それほどまでに希少性があるのだろう。
「感覚がマヒしそうだね。よーし! かんぱーい」
「乾杯でーす」
「かんぱい」
俺達は乾杯をすると、お寿司を食べ始めた。
「スーパーのお寿司も美味しいですね」
「だねー」
「ホントね」
普通に美味いわ。
「ところで、レベル3の回復ポーションの値段を決めるためのオークションでしたよね? これからどうするんです?」
ナナポンが聞いてくる。
「1億前後って感じかしら? サツキさんに営業でもかけてもらうか、クレアに任せるかね」
「数を売れば価値が下がりませんかね?」
「多分、下がると思うわ。でも、一気に下がることはないだろうし、そこまで売れるものではないと思う」
欠損すら治せるというすごい効果ではあるが、逆に言うと、そこまでの傷を負った人間が多いとは思えない。
やはり需要が多いのはレベル1か2の回復ポーションだろう。
「なるほど…………」
「逆に売れそうなのは新しいキュアポーションなんだけどね」
「キュアポーション? 何ですかそれ?」
キュアポーションのことはまだカエデちゃんにしか言っていない。
「ジャイアントスケルトンを倒したからレベルが上がったのよ。それで覚えたレシピがキュアポーション。病気を治せるらしい」
「病気!? 癌とかもですか!?」
「癌はレベル3で治せる。他にも大抵の病気は治せると思う」
すごいよね。
医者の仕事を奪いそうだ。
「あ、レベルがあるんですか……材料は?」
「回復ポーションね。レベル1で作ればレベル1のキュアポーション。レベル3で作ればレベル3のキュアポーションができる」
「つまり材料は相変わらず薬草なわけですか」
材料費は数千円だ。
それで癌を治せる。
ヤバいわ。
「あなたにも1つあげるから風邪を引いたら飲みなさい」
俺はそう言って、作ったキュアポーションをナナポンに渡す。
「透明なんですね。これのレベルは?」
「レベル3よ。もし、あなたが知らないうちに癌にむしばまれていたとしたら知らないうちに治るわね」
「さすがにないと思いますけど、そう聞くと、念のために飲んでおきたくなりますね」
「もう1個あげるから飲んでもいいわよ。ぶっちゃけ、私とカエデちゃんも飲んだし」
こういう話をすると、どうしても気になってしまうので2人で長生きしようねって言いながら飲んだのだ。
「もらいます。癌は怖いですし、この時期はインフルエンザが怖いですかね。大学でも何人か休んでます」
冬はインフルが流行るからなー。
「インフルはきついから飲んでおきなさい。特にあなたは1人暮らしでしょ。本当にきついわよ」
俺も学生時代にインフルにかかったことがある。
思わず、母親に電話したもん。
病院に行って薬をもらえの一言で切られたけど……
あれ? 俺、一人息子なんだけど、愛されてなくない?
「そうします」
ナナポンは怖くなったのかキュアポーションを一気飲みした。
「あー、水ですね。効果がさっぱりわかりません」
キュアポーションも例によって無味無臭だ。
しかも、透明なので水にしか見えない。
「効果がわからないわよね。まあ、健康ってことよ」
「ですかねー? しかし、これってめちゃくちゃ売れそうじゃないですか?」
俺もそう思う。
「ダメなんだよね?」
俺はカエデちゃんに話を振る。
「ダメですね。多分、許可が下りません。私も詳しくはないですが、医療系や薬剤系の団体から猛反対というか、いちゃもんをつけられて認めさせてもらえないと思います。回復ポーションの時も長年の攻防の末に飲料水ってことになりましたからね」
「あー、なんとなくわかります……」
俺もわかる。
自分らの特権や職を奪うキュアポーションは絶対に認めてくれないだろう。
「海外もだろうね。だからこれは個人で売るしかないわ。クレアの出番ね」
あいつに金持ち連中やミネルヴァに卸してもらえばいい。
「薬を闇で取引ですか…………魔女らしさが増しますね」
バレたら完全に悪になるな。
俺達はその後も寿司を食べ、お酒を飲みながらオークションの途中経過を見続けた。
そして、深夜の12時になり、オークションは終わった。
落札結果は1億1111万1111円だった。
落札結果を見た後、さらに飲んだため、ナナポンを家に泊まらせた。
ベッドがないため、カエデちゃんが俺の部屋で寝て、ナナポンがカエデちゃんの部屋で寝る形だ。
俺はソファーで寝ることになった。
俺はソファーは寂しいなーと思いながらも酒のせいで睡魔にあらがえず、すぐに就寝したのだった。
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