第140話 自衛隊員との顔合わせ


 クレアとハリーの3人でつけ麺を食べた翌日、俺は昼前に起きると、冒険に行く準備を始めていた。

 昨日の夜にヨシノさんから再度、電話があり、ナナポンが翌日でもオーケーだったため、今日の午後からダイアナ鉱山に行くことになったのだ。

 よって、俺はエレノアさんになっている。


 俺は準備をし、昼食を食べ終えると、家を出て、池袋のギルドに向かった。

 タクシーがギルド裏に到着したため、運転手に料金を払い、タクシーを降りる。

 すると、不自然に停車している別のタクシーから金髪女が出てきた。


 ん? クレアじゃん。


 俺はタクシーから降り、珍しく出てきたクレアに首を傾げる。

 クレアはそんな俺に近づいてきた。


「はーい。黒ローブってことはこれから冒険?」


 クレアがご機嫌に声をかけてくる。


「こんにちは。何? 珍しいわね」

「ちょっとね……」


 クレアは言い淀むと俺の肩に腕を回し、肩を組んできた。


「本当に何よ?」


 俺は間近にあるクレアの顔を見ながら聞く。


「昨日の育毛ポーションだけどね。ヤバかったわ」

「え? もう試したの?」

「レベル3の回復ポーションのオークションのために来日していた部下がたまたまハゲてたの」


 うーん、ハゲてたって言い方が何故か暴言に聞こえる。


「ふーん、それで?」

「昨日の夜に使わせたんだけど、朝起きたら少し生えてた」


 早っ!


「ホント?」

「ホント。50過ぎのおっさんなんだけど、青春を取り戻したって騒いでる」


 すげー!


「さすが回復ポーションね。一応、こっちでも別口で試す予定だけど、売る方向で進めておいて」


 別口とは本部長のことである。


「わかったわ。1万ドルを目安に考えておくからそのつもりでね。数は500くらいかな?」

「もっと売れない?」

「希少性を高めた方が良い。1000だと偽物かと思われる。あと単純に1000個も回復ポーションを売るのはちょっと……」


 売りすぎか……

 命を繋ぐ回復ポーションを無駄遣いするなって叩かれそうだ。


「わかった。今度、用意しておくわ」

「料金は売った後でいい?」

「そうね。売った金額をちょうだい。約束通り、10パーセントはあなた」

「ふふっ。そうね。任せておいてちょうだい」


 クレアはご機嫌に笑う。

 さっきから機嫌が良かった理由がわかったわ。


「また連絡するわ」

「お願い。じゃあ、お仕事、頑張ってね」


 クレアはご機嫌にそう言うと、俺から離れていき、手を上げながらタクシーに戻っていった。


 俺はクレアを見送ると、ギルドに向かう。

 そして、俺とクレアの内緒話を見て、怪訝な表情を浮かべる警備員に会釈をすると、裏口からギルドに入った。

 ギルドに入ると、通路では黒いスーツ姿でサングラスをかけたナナポンが待っていた。

 もちろん、いつものかわいいウサギを背負っている。


「あなたが早いのは珍しいわね」

「ちょっとギルマスさんに呼ばれたんですよ」

「サツキさん? なーに?」

「たいした話ではないです。自衛隊のステータスカードを透視しとけですって」


 なるほどね。

 一応、見ておけってことか。


「確かに確認しておいた方が良いわね」

「はい」

「じゃあ、行きましょう」


 俺はナナポンを連れて、歩き出すと、受付の中を通り、ロビーに出ると、カエデちゃんのもとに向かう。

 そして、カエデちゃんから武器を受け取ると、ゲートに向かい、ダイアナ鉱山と念じながらゲートをくぐった。




 ◆◇◆




 ゲートをくぐった先は久しぶりに来た鉱山がある岩山に囲まれた薄暗い平地である。

 相変わらず、冒険者もいないのだが、小屋の前には迷彩服を着た男性と女性の2人が立っていた。


「あの方たちでしょうか?」


 ナナポンが聞いてきたため、時間を確認すると、約束の1時の5分前だった。


「多分、そうね。声をかけてみましょう」

「ケンカはやめてくださいね」

「しないっての」


 まったく……

 どいつもこいつも俺を狂犬か何かだと思ってるのかね?


 俺は納得できない評価に憤慨しながらも俺の背中を掴んでいる人見知りのナナポンを連れて、自衛隊のもとに向かう。

 すると、2人の自衛隊は姿勢を正した。

 そして、俺とナナポンが近づくと、敬礼をする。


「エレノア・オーシャンさんでしょうか?」


 男の方が聞いてきた。


「そうね。あなた達が同行する自衛隊員でいいのかしら?」


 俺が聞き返すと、2人の自衛隊員は敬礼をやめる。


「そうなります。私が柳です。こっちは部下の前田です」


 柳さんがそう言って、女性隊員を紹介すると、前田さんが一歩前に出た。


「前田スミレです。よろしくおねがいします」


 前田さんは再び敬礼をする。


 前田さんは俺よりも背が高く、多分、170センチはある。

 黒髪のショートカットであり、気の強そうな目をしている。


 柳さんも背が高く180センチはありそうだ。

 それに…………あれ?

 この人、見たことあるな。


「あなた、どこかで私と会ってない?」


 俺は気になったので柳さんに聞いてみる。


「以前、ここで会ったな。ほら、冒険者共があんたに声をかけようとしたらあんたが剣を抜いただろ」


 あー!

 あの時の人だ!


「その節はどうも。おかげで変な声かけも減ったわ」

「あ、あの時の…………送っていってもらってありがとうございます」


 俺の後ろの隠れているナナポンがお礼を言う。


「ん? ああ、あの時の子か……いや、それが私達の仕事だから気にしないでくれ」


 うーん、女性隊員と共に俺を知っている人間を割り当てたわけだな。


「一応、私も自己紹介をしておくと、エレノア・オーシャンよ。この子は…………どっちにする?」

「…………エージェント・セブンで」


 マジかよ…………


「えっと、エージェント・セブンさんです」

「…………よろしくお願いします」


 ナナポンは俺の背中に隠れたまま、挨拶をする。


 2人の自衛隊員はお互いの顔を見合わせていたが、すぐにナナポンを見た。


「よろしく」

「よろしくね」


 2人はものすごく優しい笑みを浮かべ、挨拶を返した。


「ところで、ヨシノさんは?」


 俺はこの場にいないAランクのことを聞く。


「まだ来てないな」

「まあ、まだ約束の時間の2分前です」


 あの人は本当に遅いな。

 5分前行動の精神がないらしい。


 俺達がそのまま待っていると、ゲートからヨシノさんが現れた。

 俺が時刻を確認すると、約束の1時の1分前だった。


「やあやあ、皆、早いね」


 さすがにこの言葉には自衛隊員の2人も苦笑する。


「初めての人と会うのよ? もうちょっと早く来るでしょ」


 俺はさすがに苦言を呈した。


「遅刻はしてないからいいだろ。それに私は初めてではない。この2人にも昨日、会ってる。事前打ち合わせってやつだな」


 ヨシノさんがうんうんと頷く。


「まあ、いいけど……」


 この人に何を言っても無駄だ。

 もし直るのならばリンさんが直しているはずだし。


「ところで、自己紹介は済んだかい?」

「そうね。それは終わった」

「ふーん、ちなみにナナポンは何て?」


 ナナポン言うな。

 何のための偽名だ。


「エージェント・セブン」

「ふーん、横川ナナカってバレてるのに?」


 ギルド関係者は知っているし、自衛隊も把握してるのか……

 政府が指名依頼をしたわけだし……


「本人の意志を尊重してあげてちょうだい」

「まあ、いいけど。じゃあ、早速だけど、打ち合わせを始めようか?」

「あ、待って。ちょっとこっちに来なさい」


 俺はヨシノさんの手を取ると、引っ張って自衛隊員から距離を取った。

 なお、ナナポンは俺の背中に引っ付いたままだ。


「何だい?」

「ほら、昨日の件。先に話しておこうと思って」


 俺は声のトーンを落とす。


「昨日?」

「育毛ポーションよ」

「あー、はいはい。回復ポーションを混ぜるやつね」


 ヨシノさんは思い出したように頷いた。


「クレアの方で確かめさせたら一晩で効果が出たんだって」

「すごいな」

「それで一応、本部長さんの方でも試してみてくれない? 上手くいったらクレアが売ってくれる」

「わかった」


 俺はヨシノさんが了承をしてくれたのでカバンから育毛ポーションを取り出し、渡す。


「確かに。今日、帰りに本部に寄って渡しておくよ」

「おねがい…………ん?」


 俺とヨシノさんが話していると、ナナポンが俺の袖を強く引っ張ってきた。


「何よ?」


 俺がナナポンに聞くと、ナナポンは何も答えずに開いたノートを渡してくる。

 俺とヨシノさんはそのノートを見た。


【あの女性隊員のユニークスキルは『地獄耳』です。多分、全部聞こえてます】


 俺とヨシノさんは顔を上げると、顔を見合わせた。


 …………マジかよ。

 また恐ろしいスキルを持った人が出てきたぞ。

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