第100話 廊下で待ってて寒くないんです?


 俺とカエデちゃんが隣同士で座りながらビールを飲んでいると、サツキさんとヨシノさんがリビングに戻ってきた。


「終わった?」


 俺はテーブルにつき、残っているビールを飲み始めたサツキさんに聞く。


「終わった。何を言うかと思ったらしょうもない」

「土下座された?」

「いや、そんなことはなかった。ただ、めちゃくちゃ媚びを売る目で見られたな。ヨシノはそういう汚いところがあるから気を付けろ」

「わかったわ」


 悪女め!

 どうせ、谷間を見せつけたりするんだろう!

 俺には効かないぞ!


「そういう会話はせめて私がいないところでやってほしいな……」


 ヨシノさんが気まずそうにコーヒーを飲む。


「とりあえず、話はこれで済んだか?」


 サツキさんが聞いてくる。


「そうね…………ヨシノさん、他に何かある?」


 俺はヨシノさんに他にないか確認する。


「できたらレベル2の回復ポーションを早めに本部に売ってほしい。上から急かされているし、政府連中も不安がっている」


 ケンカ別れした状態だからな……

 しかも、その後にクレアとハリーと接触している。


「わかった。明日、クレアに電話してみるわ。さっさと契約を済まして、本部長に売りましょう」

「多分、今回は間に私が入ると思うから連絡をくれ。レベル2の回復ポーションはいくらで売るつもりだ?」

「どのくらいの量を買い取ってもらえるのかしら?」

「クレアには100個ほど売るんだったな。だったらこちらも100個でいい。本当は50個でいいんだが、メンツの問題があるから最低でもクレアと同数以上は買い取らないといけない」


 メンツなんてくだらないと思うが、俺的には数が売れるならそれでいい。


「いくらになる?」

「クレアにはいくらで売るんだ?」

「400万円」

「400…………350万にならないか?」


 ケチるなー。

 いや、本部も金がないのか…………


「うーん、まあ、いっかー……」


 クレアだって、最初は320万で買うって言ってた。

 そこに収納用の100キロのアイテム袋をつけて、400万になったのだ。


「じゃあ、それでいこう。私が本部長に話しておく。レベル3の回復ポーションは売らないのか?」

「そっちはオークション」

「オークション、か……また、本部長にパワハラされるんだろうな」


 本部長にパワハラされてんの?

 ヨシノさんも大変だなー。


「まずはオークションで値段を決めたいの。売るのはそこから」


 出回っていない物はまず相場を決める必要がある。

 クレアに1000キロのアイテム袋を10億で売るのもオークションでそういう値段がついたからだ。


「うーん……まあ、わかった」

「基本的にはその流れね。あとは空いた時間に冒険してレベル上げ」


 オークションの準備やら何やらはカエデちゃんやサツキさんの仕事だから俺はやることがない。

 その間にナナポンと冒険だな。


「レベルが上がったらレシピとやらが増えるんだったな。私も付き合ってもいいが、どうする?」

「私とあなたがつるむ姿は人に見せない方がいいわ。これまで通りで行きましょう」

「まあ、そうだな……じゃあ、沖田君だな。横川は?」

「あの子は沖田君を嫌がるからダメね。これまで通り、ナナカさんは私と行くし、あなたとは沖田君が行く」


 これがベストだろう。

 ナナポンって、弱男性恐怖症らしいけど、それ以前に人見知りだし。


「わかった。じゃあ、行きたい時は連絡をくれ。リンは旦那優先だからわからんが、私は空いてるからな」


 今のはちょっとサツキさんっぽかったな。


「じゃあ、そうしましょう」

「ああ。それとすまないが、横川の連絡先を教えてくれ。巻き込んでしまったことを謝罪したい」

「わかった。あとで送る」

「頼む…………じゃあ、私はこの辺で帰るよ。遅くまで悪かったね」


 遅くなったのは俺が眠り薬を盛ったからだけど、それは言わない。


「私も帰るか……あ、ヨシノ、家まで送れ。どうせ車だろ」

「そうだね」


 サツキさんとヨシノさんが立ち上がったため、俺とカエデちゃんも立ち上がり、玄関まで見送ることにした。


「じゃあ、私らは帰る。カエデは明日、休みだったな?」


 サツキさんは玄関で靴を履くと、カエデちゃんに確認する。


「そうです。明日はゆっくりします」

「私も休み。カエデちゃんとゆっくりする」


 まったり過ごそう。


「どうでもいいけど、お前はいつまでサングラスしてるんだ?」

「うっさい。さっさと帰れ」


 ヨシノさんが帰ったら取るわい。


「はいはい。じゃあな」

「おやすみ」


 サツキさんとヨシノさんはそう言って、帰っていった。

 俺とカエデちゃんはリビングに戻り、テーブルの上に置いてあるビールを持って、ソファーに向かい、腰かける。


「何とかなりましたねー」


 カエデちゃんがビールを一口飲む。


「だなー」

「先輩の部屋で何を話してんです?」


 これはちょっと嫉妬というか、疑いが入っているな……


「色々と話したね。まずだけど、レベル3の回復ポーションが欲しい理由は傷痕っぽい」

「傷痕?」

「お腹に痕があった。見られたくないんだろ」


 けっして、おっぱいの下とは言わない。


「先輩にはいいんだ?」

「いや、カエデちゃんでもいいと思う。あれはサツキさんに知られたくないんだと思うわ。身内だし、心配をかけちゃうから」

「なるほど……でも、確かにそういうケガをする人もいますしね」

「カエデちゃんも?」


 もし、傷痕があるならレベル3の回復ポーションで治すべきだ。


「いえ、私はローグでしたし、サツキさんの後ろに隠れてましたのでそういう傷はないです。ですけど、受付をやっているとそういう人を見かけるんですよ。男女問わず、あまり見たい光景ではないですね」


 毎年、犠牲者は出るし、危険な仕事だもんな。


「やっぱりそういうことはあるんだな……俺はやって数年だな。同い年のヨシノさんとリンさんは引退を考えているっぽいし」

「そうだと思います。30代以降は本当に危ないです。最初に先輩に説明した時、一番犠牲者が多いのは先輩みたいな脱サラ組が多いって言ったのは覚えていますか?」


 確かに言われた。

 先輩みたいなクビになった人って言われたけどな。


「覚えてる」

「10代の若い人には補助がつきます。ですが、大人にはつきません。そして、不安や焦りから無理をするんです」


 わかる、わかる。

 俺も不安と焦りがすごかった。


「早めに稼いでドロップアウトだな」

「そうしてください。はっきり言えば、もう引退してほしいとすら思ってます」


 これは冒険者とエレノアさんの両方だろう。


「20億で足りる?」

「生きていく分には十分でしょう」


 まあね。

 余裕だろう。


「わかってる。でも、もうちょいやる。ナナポンがいるし、無理をする気もないし、イキるのもやめた」

「わかっているならいいです。引き時だけは注意してください」

「うん」


 俺は返事をし、ビールを飲む。


「ちなみに聞きますけど、2人きりで話したのはそれだけです?」


 まーだ疑ってやがる。


「ユニークスキルを聞いた」

「ヨシノさんの? どんなのでした?」

「完全記憶だってさ。そのスキルで沖田君とエレノアさんの歩き方を見比べたんだと」

「ユニークスキルって、本当にすごいですね…………」


 戦闘用ではないが、すごいのは確かだ。


「だなー。これがあるのとないのとでは大違いだわ」


 やぱり冒険者として上位に行くには必須なのかもしれん。


「ですねー…………他には?」

「いや、そのくらいかな? あとは金とかポーションの話。ホントにホント」


 色仕掛けには引っかからなかったからセーフ。


「ふーん、まあいいです」

「そんなことより、明日は休みだしさー。今日は飲もうよ」


 もう飲んでるけどね。


「ですね。何かゲームでもします?」

「王様ゲームしようよ」

「いや、2人じゃないですか…………というか、サングラスを取ってくださいよ。エレノアさんってナナカちゃんレベルでサングラスが似合いませんよ」


 そんなに似合ってないのか……


「じゃあ、取るか……」


 俺はサングラスを外し、目の前のローテーブルに置いた。


「あと、沖田先輩に戻ってくださいよー。沖田先輩がいいですー」

「それもそうだな」


 俺とカエデちゃんは一息ついたのでお風呂に入り、お酒を飲むことにした。

 もちろん、今日もカエデちゃんがお風呂に入っている時に廊下で待っていたのだが、脱衣所から出てきたはパジャマ姿のカエデちゃんだった。


 残念。

 まあ、ジト目もかわいいかったけど。

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