第061話 同棲


 俺は家に帰ると、エレノアさんから沖田君に戻り、買い物に出かけた。

 この日はこの家で過ごす最後の日なので、無駄にいっぱいつまみを買い、夕方から1人で飲み始める。


「あー、こうやって1人で飲んでると、あの時を思い出すなー……」


 会社をクビになり、ヤケ酒を飲んでいた時だ。

 将来の不安、クビになった悔しさ、自分のふがいなさ……あの時が人生で最悪だった時だろう。


 だが、深夜に冒険者募集のCMを見て、人生が変わった。

 カエデちゃんと再会したし、錬金術という破格すぎるスキルを手に入れた。


 そんな俺は今や20億円近い金を持ち、明日からかわいい後輩と一緒に住む。

 今、あの時と同じ状況で1人で飲んでいるが、気持ちは天と地だ。


 俺はスマホを見ながら酒を飲んでいる。

 カエデちゃんから逐一メッセージが届くのだ。


『リビングひろーい』

『先輩の部屋にお花を飾っておきます!』

『見て見てー! 部屋が完成!』


 カエデちゃんは写真と共に実況をしてくれている。

 もう電話でいいんじゃないかと思う。


 でも、送ってくれた花の写真はきれいだったし、カエデちゃんの部屋はかわいらしかった。


『お風呂きれーい! 気持ちいい!』


 カエデちゃんはお風呂に入ったらしい。

 でも、今回は写真がない。


『写真を貼り忘れてるよ?』


 カエデちゃんはドジだなー。


『先輩が酔っているのはわかります』


 このメッセージと共に黄色のひよこの写真が送られてきた。


 子供かよと思ったが、かわいいので良しとする。


『明日の昼前に行くからねー』

『そば作ります!』


 カエデちゃんがそばを作ってくれるらしい。


『楽しみにしてる!』

『麺類なら任せて下さい!』


 まあ、茹でるだけだもんな。

 わかる、わかる。


 俺はナナポン誘拐事件の説明は明日すればいいやと思い、カエデちゃんと他愛のないやり取りをしながら酒を飲んだ。


 当たり前だが、会社をクビになった日に飲んだ酒より、数倍も美味しかった。




 ◆◇◆




 翌朝、すべての荷物をアイテム袋に収納すると、大家さんと管理会社の人が部屋の状態を見にやってきた。

 部屋の退去の立合いを終えると、俺は大家さんに菓子折りを渡し、お世話になったことを伝え、家を出る。

 そして、隣の家のインターホンを押した。


 インターホンを押して、しばらくすると、人相の悪いおっさんが出てくる。

 寝ぐせもすごいし、寝ていたのかもしれない。


「あん? って、隣の兄ちゃんか……」


 お隣さんは不機嫌そうだ。


「おはようございます。寝てました?」

「まあな。何か用か?」

「実は今日で引っ越すことになったんですよ。お世話になりました。あ、これ、なんか高いお菓子です」


 俺は紙袋に入った菓子折りを渡す。


「あー、引っ越すのか……わざわざありがとよ」


 お隣さんは菓子折りを受け取ると、礼を言ってきた。


「なんで引っ越すか知りたいです?」

「お前って、たまにウザいよな。この前の子と住むのか?」


 おや?

 わかるらしい。


「そうでーす」

「おめでとさん。最近、うるさかったもんなー」

「あ、聞こえてました?」

「ここ、壁が薄いし、お前ら騒ぎすぎ。いつおっぱじめるかと思ったわ」


 こらこらー。


「カエデちゃんのかわいい声は聞かせない!」

「うっぜ……なあ、お前、俺が怖くないのか?」


 お隣さんが変なことを聞いてくる。


「正直に言えば、怖いです。肉じゃがのおすそわけはないですよ。あれはマジで悩みました」


 肉じゃがをくれるのって女子大生か旦那に構ってもらえない寂しい主婦じゃないの?

 食べて容器を返す時に部屋に入れてくれるんじゃないの?

 俺は教科書でそう学んだ。


「そっちじゃねーわ……まあいい。あれは女が作ってくれたもんの余りものだよ。貧乏で憐れなお前にやっただけ」


 貧乏!?

 憐れ!?


「そんなにひどく見えました?」

「死んだ魚の目をしてたからな……それに一時期ヤバかった」

「ヤバい?」

「夜中に騒ぎ出すし、風呂場で怒鳴ってたろ。『あいつ、斬り殺す』とか、『死にたい』とか……マジでうるさかった」


 記憶にありませんが?


「え? 幽霊? 俺じゃないでしょ」

「いや、お前。ひどい時は壁ドンしてた」

「うーん、覚えてない。酒かな?」


 病んでた時だろう。


「まあ、あの時に比べたら女と騒ぐくらいは問題なかったわ。全然、始まんねーなと思ってたくらいだ」


 聞き耳立てんな!


「なんか色々と迷惑をかけたようですみません」


 逆の立場でも俺みたいなお隣は嫌だわ。


「まあ、気にすんな。元気でやれよ。かわいらしい子だったじゃねーか」

「わかりますー? かわいいんですよ」


 めっちゃかわいい。


「殴りてーな、おい」

「やめてくださいよ」


 暴力反対!


「まあ、殴んねーわ。お前、強そうだし」

「わかります? 実は剣術をやってたんです」

「それで物怖じしないのか…………そうなると、斬り殺すって叫びが怖いな。お前、会社辞めてよかったと思うぞ。その内、事件を起こしそうだわ」


 確かに会社であのクソ上司を斬る想像を何度もした。


「もう大丈夫です。心は癒えました」

「ならいいわ。ニュースでお前を見たら笑えん。まあ、頑張れや」

「ありがとうございます。お世話になりました」


 俺は頭を下げ、改めて、お礼を言う。


「おう! あ、ちょっと待て!」


 お隣さんは俺を止めると、部屋の奥に行く。

 俺は何だろうと思いながらちょっと待っていると、すぐに戻ってきた。


「ほれ、これやる」


 お隣さんは2枚のカードみたいな紙を渡してくる。


「名刺? え? 社長さん?」


 名刺には会社名と名前、役職が書いてあるが、役職が社長だった。


「まあな」

「やーさんじゃないの?」


 ○○組じゃないの?

 まあ、その場合、名刺はねーか。


「そういうもんだ。お前は知らなくていい」

「ふーん……でも、なんで2枚? カエデちゃんには渡さないですよ。粉をかけようとしたら首を刎ねますよ」

「お前はマジでやりそうで怖いわ。いや、この前の女に渡してくれ。お前のジャージを着てた長い黒髪の女」


 エレノアさんね。


「ふーん」


 まあ、あんだけテレビに出ていればわかるか。


「何かあったら言えや。力になってやるぞ。お隣さんの縁で料金は割り引いてやる」

「わかりました。伝えておきます」

「ああ。じゃあな。俺は寝る」

「おやすみなさい。本当にありがとうございました」

「おう!」


 お隣さんは扉を閉めた。


 さて、これで終わりだ。

 行こう……俺の新居に!


 俺はアパートの敷地を出ると、歩いて駅まで向かい、電車に乗った。

 そして、目的地である練馬駅に到着すると、駅を出て、新居のマンションに向かう。


 歩いて数分経つと、マンションに到着した。

 俺は階段を上がり、部屋の扉の前に立つと、インターホンを押す。


「はいはーい」


 インターホンを押し、ちょっとすると、扉が開いた。

 もちろん、扉を開けたのはカエデちゃんだ。

 今日のカエデちゃんは薄ピンクのシャツにスカートをはいている。

 でも、今日のスカートはちょっと短い。


「来ちゃった」


 てへ!


「いや、何をうざい彼女みたいなことを言ってるんですか……普通に入ってきてくださいよ」


 カエデちゃんが呆れている。


「カエデちゃんが着替え中だったらマズいし」

「そんなラッキースケベは起きませんよ。自分の部屋で着替えますから」

「いや、カエデちゃんの部屋に行くかもだし」

「ラッキーじゃなくて、確信スケベじゃないですか……もう! おそばを茹でてるんですからアホなことを言ってないで入って下さい」


 カエデちゃんが中に入っていったので俺も中に入り、自分の部屋に行く。

 そして、荷物を置くと、リビングに向かった。


「先輩、もうちょっとでできますんで座って待っててください」


 カエデちゃんがそう言うのでリビングにあるテーブルに座った。


 リビングはキッチンのそばに食事用のテーブルが置いてあるのだ。

 奥の窓際にはテレビとL字のソファーが置いてある。


 俺が席につき、リビングを見渡していると、カエデちゃんがそばを持ってきた。


「お待たせー。引っ越しそばでーす。自分達で食べちゃいまーす」


 カエデちゃんはそばをテーブルに置くと、俺の対面に座った。


「天そばだね」


 俺のそばにはエビ天が2つほど乗っていた。

 なお、カエデちゃんは1つだけ。

 女の子だもんね。


「作りましたー」

「嘘つけ」


 そばのためにわざわざ揚げんだろ。


「パックから出して乗せたんです。これは作ったと言っても過言ではないです」


 過言だね。

 まあ、いいけど。


「いただきます」

「いただきまーす」


 俺達はそばを食べ始める。


 俺は会社をクビになったが、錬金術という破格のスキルとパックからエビ天を出すことができる料理上手な嫁さん(予定)を手に入れた。





――――――――――――


ここまでが第2章となります。


これまでブックマークや評価をして頂き、ありがとうございます。

明日から第3章を投稿していきますので、今後もよろしくお願いいたします。

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